第500話 あなたたちを救ってあげられなくて

 テーブルの上の置き時計が午後一時を過ぎたあたりで、アクエリカがおもむろに立ち上がる。


「ではわたくし、このあたりでお暇するわね。あとは皆さんでよろしくやってくださいね〜」


 徒歩での移動時間を考えれば、念のためこれくらいが潮時ではある。

 実質的に四十分くらいしか談笑を楽しめなかったはずだが、それでもアクエリカは結構満足した様子をしてるので、これで良かったのだろう。が、聖女たちの反応はというと……。


「ケッ、途中退席する大物ムーブかよ」

「忙しいアピールご苦労様なんだわさ」

「アクエリカのくせに生意気なのよね」

「慌ただしいし、口が悪い、品がない」

「別に誰も止めません……し……ね?」


 総スカンにもほどがある。平たく言うと早よ行けと言われてしまっていた。

 なおも懲りずあざとく泣き真似をしてイラッとさせているクソ蛇女にも、しかしやはり辛うじて二人の味方がいる。


「エリカちゃぁん、またお茶しようねぇ」

「そもそもアクエリカがゾーラまで来る機会が少ないわけですし、次はミレインでやりましょうか」

「だからなぜこいつの都合に合わせてやらんとならんのだ」

「次はアクエリカ抜きでやらねえか?」

「まあまあ、みんな落ち着いて。この後アクエリカへの悪態で盛り上がればいいだけよ」

「いいですね、それ……お茶が捗ります」

「この女、面と向かってなに言っても全然効かないから、陰口を叩いておくくらいがちょうどいいのよさ」


 ある意味めちゃくちゃ愛されている……というのは、さすがに好意的に捉えすぎかもしれない。

 ミマールサとユリアーナが苦笑する中、ヒメキアとエルネヴァも慌てて腰を上げた。


「あ、あたしも行かなきゃです!」

「あ、あたくしも失礼いたしますわ!」

「いやいや、あんたたち二人は残っていってもいいのよさ?」

「そうだぜ、もっと菓子とか食ってけよ」

「お茶のおかわり、いりません……か?」

「ゆっくり寛いでいってほしいのだがな」

「なんなら音楽の一つでもいかがかしら」


 待遇が違いすぎてもはや笑えてくる。珍しくキリッとした表情をするヒメキアと、キリッとした表情をし慣れているエルネヴァが、断りを入れていた。


「あたし、アクエリカさんを護衛するっていうお仕事があるので!」

「うわなにこのひよこかわいい」

「使命感に燃える少女……素晴らしいと、思います」

「これは確かに次期聖女ちゃんだねぇ」

「アクエリカなど守る必要はないのに」

「さすがにひどくなくって?」

「もうアクエリカ外してヒメキア入れようぜ。なあ、エルネヴァはいいだろ? 別にアホの部下ってわけでもねえんだし、終わったら宿舎まで送ってくからよ」

「アホというのが誰かはともかく……そういうわけにもいかなくてよ」

「ええ。こうして厚遇していただいているのは嬉しいのですけれど、あたくしはあくまでまだ内定した候補でしかありませんわ。これ以上は皆様に甘えるわけに参りません、本庁へ戻ってメリクリーゼさんと合流いたします」

「真面目……美人……あとかわいい」

「やっぱり決まりは基本守らないといけませんよね」

「聖女というのはかくあるべきよね」

「アクエリカOUT、エルネヴァINだわさ」

「はいはい、わたくし退出いたします。わたくし以外のみんなで和気藹々とすればいいのよ!」

「そうするが」

「早よ行けや」

「ひど〜い。出るわよ、エルネヴァ、ヒメキア。あなたたちはあんなふうにならないでね」

「な、なんとも言いかねますの……」

「聖女さんたち、優しかったです!」


 先に結界の端へ消えていく三人を見送るデュロンも、改めて聖女たちに挨拶していく。


「そんじゃ、またどっかで」

「ああ……次はお互い、本気で殴り合ってみてえな」

「私も貴様の耐久性を試してみたいぞ」

「私もさすがに、毒を食らわせるのは遠慮するけど、機会があったら、固有魔術を受けてみてくれるかしら?」

「うう……デュロン、くん……死なないでください……」

「こえーな! なんかこの人らのサドのスイッチ入れちまったかもしんねー」

「デュロンくんモテモテだねぇ♡」

「もうちょい別のモテ方をしてーもんだ」

「いいねえ、戦闘タイプの姐様ねえさま方は。そうだ、デュロンくん、あたしと友達バトルをしてほしいのよさ。友達の多さを競うバトルなのよさ。勝負のつけ方は集団での殴り合いだけど」

「アンタも発想が充分戦闘タイプじゃねーか! なにが悲しくて、集めた友達同士を殴り合わせなきゃならねーんだ!? 仮に勝てたとしてあんまり嬉しくねーぞそれ!」


 最後にユリアーナが苦笑しつつ、デュロンを急き立ててくれる。


「さあ、行ってください、デュロンくん。私と約束したこと……覚えていますね?」


 そう言って小首を傾げて目配せしてくるのに対し、デュロンが首肯してみせるのはいいのだが、他の聖女たちが呆気に取られている。


「ユリアーナ、オマエ……なんだ、そのエロい感じ? 大丈夫なやつか?」

「アクエリカと近しいせいで、あの女に悪影響受けてるんじゃ……」

「いえ、なんでもアクエリカのせいにするのはどうかと……ミマールサのドスケベが感染うつって青少年に手を出してしまった疑いが」

「メラニーちゃぁん、なぁんか言ったかなぁ♡ 青少年に手を出すののなにが悪いの!?」

「いや普通にいかんのよさ……聖女が変態女の集まりだと思われたらマジでヤバいのよさ」

「デュロン・ハザーク、貴様……ユリアーナになにをされたか知らんが、忘れろ! 秋の夜長に見た淫夢だったことにしてくれ!」

「ちょっと待ってください、私ほんとになにも変なことはしてませんよ!? ただ一緒にお風呂……いえ、今のなし! いや、なしっていうか違うんです、誤解です!」


 これ以上長居すると取り返しのつかない巻き込まれ方をしそうなので、デュロンは聖女たちから詰問を受けるユリアーナを見捨てて去る。

 結界から出ると外での待機組が揃っており、最後に顔を合わせてから一時間も経っていないのに、なぜかホッとするデュロン。


 その一瞬の隙を突いたわけでもないのだろうが、はいきなり現れた。


「「!!」」


 デュロンが反射的に鉤爪を生成し一振りするのと同じように、アクエリカを挟んで反対側では、ソネシエが氷剣を振るっている。

 制服制帽の木偶人形が、切り口から内容物である土を撒き散らすところだった。


 デュロンも報告を聞いている。一昨夜、アクエリカとデュロンがいない教皇庁付属宿舎の部屋を襲撃したという敵たちと、おそらく同一の存在だ。

 魔力を込められ動かされるまではただの布を被った砂袋であるため、周囲の建物に配置されていても、感知能力が及ばなかったのだろう。


 だとしたら術者はどこだ? いや、それよりも先にもう一つ問題がある。

 デュロンの爪は一体の右腕を、ソネシエの剣は別の一体の左脚を斬り落としたのだが、切断面から漏れる土はやがて止まり、新たな手足が生えてきたのだ。


 報告より性能が高い。術者が本気を出してきているのだろう、特に耐久性が上がっているようだ。

 リュージュが手持ち植物の硬い根を伸ばし、数体に突き刺して、養分を吸い取らんとする。土の塊に対しては効果覿面だ、込められている魔力まで奪える代物だと聞いている。

 同時にイリャヒが青い炎を放ち、別の数体を包み込む。材質がなんだろうと関係ない、彼の固有魔術はすべてを焼き尽くす。


「「!?」」


 ……はずだったのだが、どうも様子が違う。

 生命息吹バイオブレスで活性化された植物たちは、木偶人形に接触するとすぐに、逆にエネルギーを吸い取られたかのように枯れ果てる。〈青藍煌焔ターコイズブレイズ〉が制服制帽に吸い込まれるように、一気に火勢が衰え消える。


 材質がただの土、ただの布ではないようだ。しかも後から後から増援が訪れ、デュロンらはすでに二十体ほどに囲まれている。

 一昨夜の報告でも同数だったと聞いているものの、なにぶん質が違う。今回のものは甘く見ても、一体一体がデュロンやギデオンと同程度の膂力を持っている!


「落ち着いて! ソネシエはエルネヴァを、オノリーヌはヒメキアを守りなさい! 残りの三人が攻撃に専念!」


 冷静に指示を出しつつ、アクエリカも水の魔術で対抗しているが、相性が悪い……というよりは、当然といえばそうだが対アクエリカで組んできているようで、土人形は水を容易に吸収してしまう。

 物量で斬撃に訴えてもデュロンやソネシエのときと同じで、打撃に用いてもほとんど効果がない。


 正確に言うと、デュロンもブン殴ってみてはいるのだが、手応えが悪い意味でサンドバッグそのもの、おそらく多少のダメージを与えることはできているのだが、破壊には程遠い。

 そして一体をそう長々と相手にしているわけにもいかず、徐々に徐々に袋叩きにされていくデュロンたち。


「……、ぐっ……、くそァ!」


 せめてなんとかアクエリカに近づきたいのだが、奮戦する彼女の姿を視界に捉える程度で精一杯だ。

 そしてなにを思ったのか、彼女が明後日の方向へ水の刃を振るうのが見えた。


「なっ……!?」


 それがヒメキアを庇うオノリーヌに向かって伸びた、土人形の腕を斬り落としたと気づいたときには、もう遅かった。

 防御が疎かになったアクエリカの胴体に、四方から木偶の剛腕が突き刺さる。


「……ッ!」


 声もなく呻き、血を吐いたアクエリカは……ふとデュロンと目が合うと、およそ彼女らしからぬ、弱々しい笑みを浮かべて口を動かす。

 ご、め、ん、ね……そう言っているように、デュロンには見えた。


「オイ……ふざけんな」


 怒りとともにもう一つ、表現できない感情がデュロンの満身に溢れ、腹の底から力が湧き上がる。

 右脚に掴みかかる木偶の一体を右手で捻じ上げ、左脚に取りすがる一体を左手で抑え込みながら、なんとか前進を試みるが、さらに襲い来る数体に視界まで塞がれ、背後からも取り付かれて引きずり、結局膠着に陥った。


「テ、ん、メー、ら……邪魔ぶっこいてんじゃねーぞ、たかが土嚢ごときが、偉そうに……! テメーんの水漏れでも塞いで死んでろ、どけカス、要らねーんだよ……!」


 やがてダメージの限界に達したのか、両手にそれぞれ弾けて軽くなる感覚を得る。しめた。後ろのヤツを蹴りつけ、前のヤツを振り払って叩きつけ、ようやく開けた視界では……リュージュとイリャヒが似たようなことをしており、すべての木偶人形が破壊され、土を溢すだけの袋と化していた。


 慌てて周囲を確認するデュロン。エルネヴァ、ソネシエ、ヒメキア、オノリーヌ、全員無事だ。

 ただアクエリカの姿だけが、すでにどこにもなかった。

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