第498話 茶会は踊る、大尾へ進む
聖女会が始まった。繰り返しになるが席順は円卓を囲む形でエルネヴァ、アクエリカ、ヒメキア、テレザレラ、ケリウル、ユリアーナ、メラニー、カンタータ、ミマールサ、ピッピ、一周回ってエルネヴァという形だ。
聖女やその候補たちが思い思いにお茶やお菓子を口に運び、好きな相手と好きな話をするのを、デュロンはアクエリカの後ろで観察する。
「ほらデュロン、あなたもお腹が減ったでしょう。美味しいお菓子を食べなさい」
「あ、ああ、ありがとう姐さん」
「デュローン、あげるよー」
「ヒメキアもありがとう。美味いなこれ」
「フフ、そうだろう……今回の茶菓は私が用意したのだ。不味いなどと言っていたら、貴様の首を斬り落としているところだったぞ。命拾いしたことを感謝しろ、デュロン・ハザークよ」
「ありがとう、外見や物腰よりもだいぶ繊細なケリウルさん」
「なっ、くっ、貴様、なぜバレて……おのれ、アクエリカああ!」
「今のやり取りに関しては、わたくしに落ち度なかったと思いましてよ……? それより外の子たちも、午後の会議まで空腹のまま待ちぼうけは可哀想だわ。交代で食事やトイレに行ったりなにか買ってきて食べるよう指示するわね」
ケリウルの様子は平常運転のようで、みんなしてスルーしている。
やはりと言うべきか、またメラニーとミマールサが早速揉めているが、これも同様だ。
聖女会は特に議題があるわけでもなく議長が立てられるわけでもない。
普通にお茶を飲みながら取り止めもない近況報告や巷間の噂などを話し合っているだけだ。
そう見せかけて符牒を使い、高度に政治的なやり取りをしているかと思いきや、別にそんな感じでもない。
口にする言葉と受ける印象に対する感情が、一度も食い違う様子がないからだ。
ペディキュアと言ったら普通に足の爪に塗るやつのことだし、猫と言ったら普通にもふもふしたかわいい生き物のことを言っている(ヒメキアが興奮して早口になっている)。
デュロンは一昨夜に寝る前、聖女会に関してアクエリカから聞いた内容を思い出した。
『聖女会は元々、聖女同士の互助会、あるいは情報交換会に過ぎず、というか今も普通にそうなのよね。
聖女というのは役職ではなくて称号だから、なんらの決定力や実行力があるわけではない。もちろんたまには政治の話もするけど、井戸端会議の域を出ない無責任で野放図なものよ。
ただし、聖女と呼ばれる者が集まることそれ自体で、求心力や影響力が自ずと生まれる。総合戦闘力では大きく劣るわたくしたちを敵に回すのは、かの四騎士ですら避けると言われるほどに。
持てる裁量が隔絶しており、さしたる利害もないはずの枢機卿たちが、聖職者かも微妙な者すら多いわたくしたちの顔色を伺うほどに。
少々大袈裟の感はあるけれど、聖女会は一部界隈では「影の枢機卿会議」などと呼ばれているわ。
まあ、それくらい無視できないという程度のニュアンスで捉えておくべきでしてよ。
武も智も権も、大したものではない。もっと言うと崇高な思想や目的を抱えているわけでもない、本当にただお喋りをするだけ。
それでもあの聖女会というやつには、野心に溢れ成り上がるわたくしのような者にとってすら、参会のメリットというか、強みのようなものをいくつか数えることができるの。
分野を超えた独特の集まりゆえ、そこでしか築けないコネクションは確かにある。
重鎮ではない、地位も管轄もないがゆえの、フットワークの軽さと反応の早さ……。
同じ時代に生まれ、異なる経緯を経つつも、同格扱いされることによる、意外なほどに強い帰属意識と結束力……。
あとは、そうね……ただ単に、楽しいのよ。あなたたちと話していて癒されるのとは、また別の栄養素を摂取する感じかしら』
そう言って珍しく儚げに微笑んでから、いつもの調子に戻り、『眠いわ〜、デュロン一緒に寝る? わたくしのベッドに潜り込んでもいいのよ〜』とヘラヘラしていた。
蓋を開けてみればお世辞にも性格の良い連中ばかりとは言えない。しかしだからこそアクエリカは外面でなく内面を晒すことができるのだろう。
などとデュロンが考えているうちに、いつの間にかエルネヴァが目力の強い二人……テレザレラとカンタータに挟まれて固まっていた。
「よお、聞いたぜエルネヴァ……お前、技術の伝達ができるんだってなあ」
「私たち聖女の一歩目は魔女にならないこと、つまり能力を悪用されないことにあるのよ……あなたは立派な聖女になれるかしら?」
「しょしょしょ、精進いたしまぷっ!?」
「おっとお、唇噛んじまったなあ……まあ飲め飲め、すぐに楽になるからよ……」
「緊張することはないのよ……さあこれで心も体も解れるはず……」
「……姐さん、あれ大丈夫か? あの二人酒でも入ってる? それかやばいおくすり系?」
「放っておいていいわよ、あの二人はただああいう怖いお姉さんなだけだから」
「聞こえてんぞアクエリカ、誰が夜道で会うと逃げられるタイプの聖女だって!?」
「そこまでは言ってないけど、眼を開いて笑うだけでサイコ呼ばわりされるのは私とあなた、あとケリウルくらいよね……」
「おい今誰か私を悪く言ったな? 髪型がスタイリッシュ落ち武者だと? 狩るなら狩るがいい、私は逃げも隠れもせんぞ!」
「あの人実は逆にスゲー明るいんじゃ?」
「頭が眩しいと聞こえたが!? 死のう!」
「いややっぱめちゃくちゃめんどくせーわ」
その間ミマールサとメラニーはずっと飽きもせず煽り合っている。やはりヒメキアの言う通り、実は仲良しなのではと思ってしまう。
やがてヒメキア、ユリアーナとなにごとかを喋っていたピッピが、ふとアクエリカの方を見て尋ねた。
「そういえば、これ訊いていいのかね。今日はメリクリーゼはどしたんだわさ?」
「彼女はね〜、ステヴィゴロ枢機卿に呼ばれてどこかへ連れて行かれたわ〜」
「ああ、あの〈灰〉の……いいのよさ? 絶対になんか企んでると思うけども」
「あの人の手は、どうせわたくしには読めないもの。なにか起きてから対応するわ」
「あなたが後手に回らざるを得ないとは、相当以上の奸物なんですね……でもメリクリーゼに使い魔は付けているでしょう?」
口を挟んだユリアーナに、アクエリカは顔をしかめてみせる。
「そうだけど……ああ、嫌だわ。今はこちらに集中したいのに、どうも雲行きが怪しくなってきましてよ」
先頭切って回廊を歩くジョヴァンニ・ステヴィゴロとグレアム・ダイヤローズの背中を見ながら、背筋を伸ばして進むメリクリーゼ・ヴィトゲンライツの肩を、トビアス・グーゼンバウアーが軽く叩いてきた。
「そう殺気を出さないでよ、メリクリーゼさんやい。オレたちだってあんまなんも聞かされてないんだからさ。一緒一緒」
「儂らは貴様らよりは聞かされてはいるが……やはりステヴィゴロ枢機卿の考えは読めん」
口を挟んできたレオポルト・バルトレイドも唸るようにそう言うばかりだし、彼らのお付きを務めるベニトラ・ドーメキやゴルディアン・アックスフォルドも肩をすくめるばかりだ。
そこでようやく立ち止まったジョヴァンニが振り返り、感情の読めない笑みを向けてくる。
「説明不足でごめんよ。しかし誰にも損はさせないつもりだ。さあ、
そこはとうに主が戻っている、ゾーラ教皇の執務室だ。
意識を割り振っているはずの相棒を、メリクリーゼは顧みるが、青い有翼の蛇は、頼りなくのたくるばかりだった。
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