第497話 聖女、聖女、また聖女
ユリアーナの左隣に座っている聖女が、いささか億劫そうに声を上げた。
「次は私です……ね……メラニー・キースクワイス、〈
喪服と思しき黒いロングドレスにモーニングベール、長い鎖付きの丸眼鏡を着用した、長い黒髪に暗青色の眼、陰気な表情の女だ。
眼が充血し頬に真新しい涙の跡があることからも、最近身内でも亡くしたのかと思ったが、デュロンの疑問にアクエリカが答えてくれる。
「弔哭精の基本性質については、広く知られている通りですけど、メラニーはその中でも特別感受性の強い子でして。いくつか極めて重要な死を予言したというのが一つ。そしてそれよりいかなる死に対しても等しく涙を流せる、その清らかな心根を評価され、聖女に認定されたという部分が大きいわね。あと固有魔術もやはり特殊なものなのだけど、ここでは割愛するわ」
確かにメラニーの体には、強い悲しみを意味する、果実系の酸っぱい匂いが染み付いているのが、デュロンにはわかる。
「ご紹介に預かりまして、大変恐縮というか、お恥ずかしい限り……です……弔哭精の模倣、または源流であるとされる、いわゆる『泣き女」の役割しか、ほとんど果たしていないわけです……し……ね……」
「最近の彼女はあらゆる者の死を悼みすぎて、とうとう絶滅した人間さんたち一人一人を弔うべく、常に喪服を着るようになったそうよ」
聖女としての職業意識が高すぎる。そして、アクエリカはメラニーのそんなところが嫌いではないようで、優しい笑みを浮かべて話しかけ続ける。
「あなたの喪が明けるのはいつになりそうなのかしら?」
「わかりません……私に決められることでは、ない……です、し……」
その迂遠で曖昧な物言いにもどこか神秘的なものを感じられ、なるほど聖女として崇められるのもわかる気がする。
そもそも
しかしそんな彼女を良く思っていないのか、あるいは単にアクエリカに褒められていることへの嫉妬なのかはわからないが、二つ隣の席にいるミマールサが、ボソリと呟くのがデュロンにも聞こえた。
「ケッ……お高く止まっちゃってさぁ……お涙ちょうだいのメンヘラ優等生ちゃんがよぉ」
「なにか言いま……死ね……ミマールサ」
「今あたしに死ねって言ったぁ!? やめてよ、あんたのそれ洒落になんないんだからぁ!」
「死にま……死ぬ……ミマールサ」
「やんわりとあたしを死なそうとしてるよね! エリカ先生ぇ、メラニーが悪口言いますぅ!」
「うるさい……ぶりっ子女……私にそういった力があったらマジで死んでほしいですし……」
「てめぇぇ、言っていいことと悪いことがあんだろぉぉぉ!? 本性出しやがってぇぇ!!」
「本性を出して少年少女にドン引きされているのはお前ですし……子供相手に股開くしか能がない変態バカ女のくせに、猫被るのすら下手糞とか洒落になってないですし」
「こいつ罵倒するときだけハキハキ喋るのマジムカつくんですけどぉぉぉ!?」
「はいはい……もう喧嘩は構わないけど、私を挟んでやるのはやめてもらえるかしら」
立ち上がり身を寄せるミマールサとメラニーの間で、二人の圧に押し潰されそうになっていた聖女が、呆れて苦笑しながら冷静に引き離している。
「ちょうどいいわ、私にも名乗らせてね。カンタータ・レシタティーボ、異名は〈
オリーブ色のシックなドレスを纏い黒のストールを首元に巻き、長い黒髪を後頭部でまとめ額を出している。
くっきりとしたアイシャドウのせいもあって目力が強い美女だが、上品に輝く唇に浮かべた柔和な笑みが、一際大人びた印象を感じさせる。
「カンタータはわたくしやユリアーナと同じく二十八歳ですけど、やはり一番落ち着いているのは彼女よね」
「というか私たちが落ち着いていないというか子供じみているというかですね……」
「カンタータの『功績』でもっとも目覚ましいのは、当時ジュナス教会と敵対していたとある小国の王様を、宮廷音楽家として潜入していた彼女が毒殺したという件かしらね」
「マジかよ、今度俺にも食わせてみてくれよ」
「えぇ……そ、それはどういう……」
「デュロン、カンタータが普通に引いてるわ。あなたはどうしていつもそうなの?」
そんなに変なことを言ったかなとデュロンが訝っているうちに、次の聖女が元気に名乗る。
「はいはぁい、ミマールサ・ヨクトヘンミマ、種族は
「ついでに言うと美少女や美少年と見ると見境なく手を出す淫乱クソ女ですし……」
「なぁんか言ったかなそこの垂れ乳妖精!?」
まったく表情は変わらないが、ビキビキブチブチィ! と擬音が聞こえるほどの憤怒の体臭を放ったメラニーが勢いよく立ち上がり、分厚い喪服の上からでも見て取れるほどの大きな胸を叩いて主張した。
「
「ただデカいだけの牛ちゃんは態度もデカいよねぇぇ!? どうせその厚着を脱いだら、胸だけじゃなく脇腹や腰回りにも余計なお肉ちゃんが付きまくってんでしょぉ!? どぉ見たってトータルのスタイルの良さも私のが上だしぃぃ!」
「むしろお前のその全身細いのに乳だけデカいという体型が不自然なのですし……古来よりの裸婦画を見れば、本来理想とされる成年女性の肉付きがわかるというもので……まあ
「千切ったろかこのタコがぁぁぁぁ!?」
「
ギリギリ、と額を突き合わせる二人の様子を他の聖女たちが静観しているのが不思議だったが、アクエリカが説明してくれる。
「
「あー、なんか聞いたことあるな……」
「といってもここまで仲が悪いのは、この二人特有のものなんだけどね……」
「仲が悪いってことは、逆に仲がいいってことなんじゃないかな?」
「「誰が」ぁ」……!?」
「ひっ」
「悪いがヒメキア、この問題は色んな意味でデリケートなんだ」
「ご、ごめんなさい……」
しょぼんとなってしまったヒメキアを、最後まで紹介されなかった聖女が慰める。
「まあまあ、そう落ち込むでないのよさ。君の言っていることもあながち的外れじゃないと、あたしは思うんだわさ」
不思議なことが起きた。彼女に話しかけられただけで、ヒメキアがほんわか安心して笑ったのだ。
人懐っこいヒメキアのこと、そう珍しいわけでもないが、いつもの彼女なら知らない人に対しては、まず「でも、誰ですか?」と戸惑いが先んじるはずなのである。
「メラニーとミマールサも、そう顔を突き合わせるたびいがみ合うものじゃないだわさ。せっかく同じ聖女の称号を関する者たちの、貴重な集まりの席なのよさ」
注意された二人も、直前までのヒートアップぶりはいずこへか、一気に毒気を抜かれて大人しく椅子に座り直す。
その様子を笑顔で見守った八人目の聖女は、改めてデュロンたちに向けて名乗ってくる。
「申し遅れたわね、あたしはピッピ・プチポワという者なのよさ。種族は
「彼女のこの『誰とでもまあまあ仲良くなる』という能力を侮り敗けていった、長期的視座を欠く者はこれまで山ほどいたわ。友達が多いというのがいかに優れた資質か、戦闘で単独での最強を名乗る者がいかに虚しく……どうしたのデュロン?」
クリーム色のショートヘアに山吹色の眼、小柄な体躯と童顔に似合わぬ立派な山羊の角という、ピッピの容姿を丹念に眺め回していることに気付かれたようで、アクエリカの問いに答えるデュロン。
「いや……つかぬことを伺うようだが、アンタどこかで俺と会ったことないか?」
「あら〜デュロン、聖女会でナンパかしら?」
「ふふ、いい度胸してるのよさ」
「あっ、違っ、そういうんじゃ……」
「だからそういう能力なのよ、ピッピは。あなたほんと期待を裏切らないわね」
「デ、デュロン……」
「ヒメキア、誤解なんだ、ほんとにただ親近感を覚えただけなんだ。くそっ、確かに邪悪!」
「いや今のはオマエがドツボにハマっただけに見えたけどな」
「やるねぇデュロンくん♡」
「クスクス、困ったものね」
「見た目通りの獣性を秘めた男だったのか」
「スーパー送り狼タイムです……か?」
「私が呼び起こしてしまったようです」
「信じていましたのに」
聖女とその候補たちは早くもデュロンのイジり方を覚えてきてしまっているようだった。
ざわつく一同に対し、注意を引くために置いてあるのだろう、小さなテーブルチャイムを鳴らしたピッピが、気さくに宣言した。
「さ、それじゃそろそろ第……何回目だったか忘れたからまあいいとして、〈聖女会〉、始めちゃうのよさ」
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