第496話 こんな感じで進むらしい

 結界内の不可思議空間は草地に謎の花が咲き乱れ、ミレインにあるアクエリカの裏庭と似た感じの雰囲気である。

 お茶やお菓子が並べられたテーブルを囲んで座る聖女たちの中から、一人が席を立ち、アクエリカの方へ近づいてくる。


 癖の強い灰色の髪を長く伸ばし、煙管キセルを咥えた目つきの悪い長身の女だ。

 灰色の背広に黒のシャツ、緋色のネクタイという服装で、上着を脱いで煙管の火を消し、笑みを浮かべながら拳を揉んでいる。


「よう、そこの金髪小僧。アクエリカに護衛が必要だってのはわかる。だがそれならそれで、それなりの腕っ節は見せてもらうぜ?」


 趣旨を理解したデュロンも上着と、ついでに靴と靴下を脱ぎ、草地の一角に揃えて置いた。


「お、裸足になるのか。いいね、あたしもそうしようかな」


 上機嫌に言ってデュロンに倣う彼女に、アクエリカが茶々を入れてくる。


「腕試しは構いませんが、あなたの放出は使わないでくださいね。せっかくのお茶とお菓子が台無しになってしまいましてよ」

「わかってるよ、てめえじゃあるまいし」

「ありましたね、アクエリカが全部びしょ濡れにしてしまったこと」

「あれは酷かったねぇ。エリカちゃん反省してるよね?」

「なんのことかしら〜」

「ダメだわコイツ……」


 やり取りを聞き流しながら草地を踏みしめたデュロンは、拡張活性が使えないことに気づいた。

 妖精界の一部という扱いのため、普通の地面とは組成などが異なるのだろう。


「オマエはいいとこ見せてくれよ、金髪くん」


 言うなり相手が口から落とした煙管を、眼で追ってしまったことは、結果的に正解だった。

 聖女は空中にある、煙管の火皿を蹴りつけて飛ばす。デュロンは煙管本体を右手で、飛び散る刻み煙草を体で受け止めた。


 その隙を突いて接近してきた聖女が、デュロンの腹の真ん中へ突きを放つ。

 重い。殴り合いだけなら、ウーバくんやギャディーヤより上かもしれない。


 拡張活性が使えないデュロンだが、最適調整が戻っているため、腹への集中防御が間に合い事なきを得た。

 もし調子が戻っていなければ、今のでダウンしていてもおかしくない、そんな一撃である。


 続く連打を避けずに受け切り、隙を突いて後ろ回し蹴りを一閃、聖女が後退して躱したところへ、右手の煙管を吸い口から投げつける。

 顔面に突き刺さるかと思いきや、聖女は歯で噛み止め、獰猛に笑んでみせた。


「わざわざ返してくれてありがとよ」

「そりゃどういたしまして」


 ここからどう手を打とうかと考えるデュロンだったが、聖女はおもむろに両手を挙げた。


「よーし、終了。悪かったな、付き合わせて」

「えっ……もういいのか?」

「オマエがイカツいのが顔だけだったら、ここから追ん出してたけどよ。ちゃんと仕事ができるってんならいい……いや、良くはねえがな、仕方ねえだろ。言っても聞かねえんだもんよ、アクエリカって生き物は」

「わたくし今なにか褒められてるわね〜」

「そら見ろ、この調子だ」


 がっくりと項垂れてみせた後、聖女は快活に笑った。


「だから歓迎する。つってもオマエが席に就くのは、さすがになにかこう……」

「絵面がよろしくないわね〜」

「言い方酷いけどな、まあそうだ。だからそっちのちっこい二人はいいとして、オマエはアクエリカの背を守ってやれ。結界の中だからって油断すんなよ、絶対探知不能ってわけじゃねえんだからな」


 確かにそういうケースがあったのを、自分たちで調べたので知っている。

 二人して靴下と靴を履き直している間にアクエリカたちは席に就いており、エルネヴァとヒメキアもカチコチに緊張しながら椅子を宛てがわれていた。


「ししし失礼いたしますのっ!」

「そう硬くならないでいいのよ〜、気楽な集まりなんですからね〜」

「あ、あたしもいいんですか、アクエリカさん!?」

「あなたも座りなさいな〜。先にこちら側から紹介しておきましょうか。皆さん、知っておられる向きも多いかと思いますが、こちら、聖女としてほぼ内定をもらっています、エルネヴァ・ハモッドハニーよ。二つ名はどうなりそう?」

「あ、ええと、〈あずさの聖女〉と呼んでいただけることになると、そう聞いておりますわ! その暁には皆様、どうかよしなによろしくお願いいたします!」


 こういうときはさすがのエルネヴァで、スッと立ってサッと挨拶している。

 聖女たちから拍手が返ってきたことで、満足の表情を浮かべるアクエリカが、今度は自分の反対隣を指し示す。


「そしてこちらがヒメキアよ。彼女についても皆さん、ある程度はご存じかと思います」

「ああ……」「まあね……」「だわさ……」「です……ね……」「うむ……」


 神妙な表情と好奇心の視線を集められたヒメキアは、お辞儀をするのが精一杯だった。

 顔が真っ赤になった彼女の背中を撫でて落ち着かせながら、アクエリカが反対の手で後ろを指し示す。


「そしてこちらがデュロン・ハザークね。彼について語るのはやめておきましょうか。ここにおいてはただの護衛、それでいいわね?」


 デュロンとしても〈予言の子〉のくだりを蒸し返されたり、死んだ両親の話をされるのはいたたまれないし、この場に関係ないだろう。

 無言で了承する聖女たちを見回すと、アクエリカはポンと手を叩いた。


「さて、それでは現役聖女の皆さんに順に名乗ってもらいましょうか。まずはわたくしから、ご存じ〈青の聖女〉アクエリカでしてよ〜」

「ご存じなのはそうなんだが、ご存じとか言われるとそれはそれで腹立つな……」

「はい次、今わたくしに茶々を入れた女!」


 先ほどデュロンの相手をした聖女が、煙管に火を点け直しながらぞんざいに名乗った。


「うるせえなコイツ……あたしはテレザレラ・ノテグリージョ、〈あくたの聖女〉とか呼ばれてる者だ。どうぞよろしく」

「よくできました〜。脳が筋肉なのに自己紹介できて偉いわね〜」

「次からアクエリカを一発殴るのを挨拶として慣例化しねえか?」

「あら野蛮〜。テレザレラは種族は竜人ドラゴニュートで、ラグラウル族の現族長のお孫さんなのよ。この前の〈ロウル・ロウン〉を仕切っておられたヴァルティユ・グリザリオーネさん、ほらラヴァリールちゃんのお姉さんね、あの人の三つ年下なんだけど、実力は大体あの人と同じくらいと目されていて……」

「いや別に言うなとは言わねえけどよ、せめてあたし自身に言わせろや!? 他者ひとのプライバシー止めなかったら全部言い切るつもりかてめえは、そういうとこだぞ!?」

「そういうところがどうだというのかしら〜」

「そういうところが嫌われる原因だっつってんだよ!」

「う〜んちょっとなにを言っているのかわからないわね〜」

「これ以上なく明瞭だったよな!?」

「はい次、その隣の人〜」


 テレザレラの右隣はヒメキアなので、必然的にテレザレラの左隣で凛々しい横顔を見せていた聖女が、ため息混じりに口を開いた。


「ケリウル・リクタフトゥ、異名は〈いくさの聖女〉。種族は見てわかると思うが闇森精ダークエルフ……以上だ」


 褐色の肌と尖った長耳が見間違えようもなく露出する、剃髪した頭の形すら美しい。

 ただライム色の髪は耳の周りだけ一房程度残されており、そこだけ耳飾りや髪飾りが煌びやかで、ストイックな中の凝縮・洗練された洒落っ気であることが伺える。


 オレンジ色のシンプルなフード付きのチュニックを着ており、眼は虹彩がダークオレンジ、白目が黒く、初対面では威圧的な印象を受けるが、闇森精にはたまに見られる特徴に過ぎない。

 だからといって馴れ馴れしく無遠慮であっていい理由にはならないのだが……。


「ケリウルはね〜」

「おいアクエリカ……」

「眼の色が違うからわからないかも」

「『以上』と私は言ったよな?」

「あ〜あなたたちは会ったことがないから」

「そしてその話はするなと、前から念押ししていたはずで……」

「ああもううるさいわねケリウル、わたくしは今ケリウルの話をしていましてよ!」

「だったら私こそ口を挟む理由があるだ……」

「〈白騎士〉の妹なのよ〜」

「ッ……! 貴様、どさくさに紛れてスッと言いおって……!」


 マジ気味の殺気を向けてくるケリウルだが、デュロンたちも聞かなかったことにはできず、アクエリカがいけしゃあしゃあと続ける説明を受けるしかない。


「あらもう、そんなに怒らないで。ケリウルは二つ名の通り、わたくしたち聖女の中でも特に戦闘能力が高いのだけど、上には上がいるものでして、彼女の姉マキシル・リクタフトゥは、わたくしたちとはレベルの違う天才なのよ〜。そこはもう割り切ってしまえばいいのに、ケリウルはいまだに強いコンプレックスを克服できないでいるわけ。これも一種のシスコンかしらね〜」

「姐さん、ここは一回マジで謝ってくれ。俺もアンタの失言で命散らしたいわけじゃねー」

「あらそう? ごめんなさいね〜、でもほんとのことだから〜」

「手伝いましょうかデュロンくん」

「ユリアーナさん、マジで助かる」

「あ痛っ!? このわたくしの額がテーブルにり込みましたよ、どうしてくれるの!?」

「もっと減り込みゃいいのによ」

「テレザレラ酷くない!?」

「すまんユリアーナ、私も取り乱しすぎた……ブツブツ……ここでアクエリカを殺すメリットは少ない、ここでアクエリカを殺すメリットは少ない……」

「やべーよ、ケリウルさんめちゃくちゃ自分に言い聞かせて理性保ってんぞ、アクエリ姐さんあと百回くらい謝っといてくれよ」


 しかし蛇は案の定また余計なことを言う。


「ねえケリウル、あなたどうしてさっきから、この子たちに横顔しか見せないの? 失礼だとは思わないのかしら?」

「この流れで礼儀を説けるエリカちゃん、心臓強すぎないかなぁ」


 しかしケリウルは、今度は特に怒った様子もなく答えてくれる。


「決まっているだろう、私は横顔に一番自信があるからだ」

「えー……」

「たとえば爬虫類が正面から似顔絵を描かれたとして、これが君の顔ですと紹介されて彼らが納得するか? 横から見られた方が絶対にカッコいいのに、と苦情を付けたくなるだろう。私もそれと同じで、初対面の相手に対してはできるだけハンサムな角度を保ちたい。顔のキリッと感は、私が姉に優っている、数少ない点の一つだからな……」

「最後に弱気の虫が出ちゃったわね、ごめんなさいね本当に、イジるつもりはなかったのよ」

「顔の愛嬌という意味では姉が上だしな……」

「いやいやほんと全然そんな……わかるわ〜、わたくしも一番自信あるのは横顔かしら〜」

「あたしは横顔はあんまり自信ないかなぁ、鼻低めちゃんだからぁ。ケリちゃんもっと誇っていいよぉ、彫刻みたいに綺麗だよぉ」

「くっ……すまない、違うんだ……私はそんな慰めが聞きたかったわけじゃない……すべては私が弱いのが悪いんだ、誰か殺してくれ……」


 いつものことらしく、ケリウルの左隣で大天使な微笑みと後光が輝き、スルッと流してしまった。


「はいじゃあ次行きましょうか。〈鏡の聖女〉ユリアーナ・ソルトリビュラ、水神精ナイアデス、はい次どうぞ!」


 こんな感じで進むらしい。後ろで見ているだけなのに、デュロンは早くも疲れてきた。

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