第495話 ようやく開会、聖女会

「それじゃ、また後でね」

「はい、待っていますね」


 今日は聖女達がアクエリカの昼休みに時間を合わせて会合を開いてくれるそうで、午前の会議が終わったアクエリカはデュロンたちを引き連れてユリアーナの修道院へ戻り、ミマールサを迎えに行って、全員で〈聖女会〉の会場へ向かうのだそうだ。

 実際、三日目午前の会議も大過なかった。冒頭でエンリケの件にも触れられたが、ユリアーナかアクエリカがすでに計らっていたようで、エンリケは悪魔を憑けられ暴れさせられた被害者という扱いになっており、デュロンとヒメキアはひそかに胸を撫で下ろした。


 なにごともなく正午を迎えて三人で議場から出ると、いつものように廊下で待機していたソネシエ、リュージュ、オノリーヌ、イリャヒのところへ、ちょうどエルネヴァとメリクリーゼが合流するところだった。

 アクエリカと眼が合うと、首尾は上々のようで、エルネヴァはにっこりと頷いている。


「予定通り、お招きに預かる光栄に浴しますわ!」

「よろしい、ではみんなで……」

「ごめんね、ちょっといいかな」


 アクエリカが言いかけたところで、議場からジョヴァンニ・ステヴィゴロ枢機卿が現れて、一行に声をかけてきた。


「どうかされまして?」

「アクエリカくん、悪いんだけどちょっとメリクリーゼくんを借りてもいいかな?」

「といいますと……?」


 メリクリーゼは今、聖女候補であるエルネヴァの護衛という扱いである。その関係かと思われたのだが、ジョヴァンニは笑顔で手を振る。


「ああ、そうじゃない。エルネヴァくんが聖女内定したそうだね、おめでとう。そこに異議があるわけじゃない、お茶会に招かれているんだよね? 楽しんでくるといい。それとは全然別件だよ。アクエリカくんを呼んでもいいんだが、君はちょっと、普段の態度がね……」

「なんだか知らんが反論できなさすぎる……」

「だな……ステヴィゴロ枢機卿、私でよろしければお聞きいたします」

「え〜なにかしら〜、行儀よくするから、わたくしにも聞かせて〜」

「おいアクエリカ、察しろ。ステヴィゴロ枢機卿は〈聖女会〉が開かれることを把握しておられる。そっちに行くだろうからいいよ、と気を遣ってくださってるんだ、お言葉に甘えろ」

「わたくしお言葉に甘えるわ〜」

「そこはノータイムなんだ……」


 苦笑しながら背を向けて促すジョヴァンニ。


「そういうわけだから、まあ、頼むよ。護衛は足りているように見えるし」

「承知いたしました。すまんな君たち、そこのアホを任せる」

「アホってわたくしのことじゃないわよね!? ねえちょっとメリーちゃん!?」


 喚くアクエリカに構わず、足早に立ち去るメリクリーゼを見送りながら、どことなく不安感を覚えたデュロンが尋ねる。


「良かったのか、姐さん?」

「現時点ではなんとも言えませんね。ステヴィゴロ枢機卿は基本的に嘘を吐かないし、聞いた相手が損をする話はしない方なのだけど、彼の怖いところはそこでもあるのよね……」


 ジョヴァンニはメリクリーゼを連れていったが、彼のお付きの聖騎士パラディンであるグレアムもついて行った。そしてその後で同じ方向にトビアスとベニトラ、レオポルトとゴルディアンも、やや緊張した面持ちで向かっていく。同じ用件で呼ばれたと見ていいだろう。


「……少なくともわたくしからメリーちゃんを引き剥がした上で、準最上級の聖騎士たちを嗾けて袋叩きにするという感じではなさそうね。もっとも、逆にメリーちゃんが閉所に誘き寄せられボコられる可能性は残りますけど」

「じゃあダメじゃねーか」

「メリーちゃんの固有魔術は知っているでしょう、壁斬って脱出くらいはできるはずよ」

「師匠なら大丈夫」

「ほら、お弟子さんがこう言っているわ。こちらはこちらの予定で動きましょう」


 ソネシエの頭を撫でながら外へ向かうアクエリカに、結局デュロンたちも従った。


 ユリアーナの修道院に戻ると、ユリアーナと一緒に、ミマールサがニコニコ手を振っていた。


「エリカちゃぁん」

「あらミマちゃん。珍しいわね、あなたが待ち合わせに自分から来るなんて。正直まだ寝てるかなと思ってたのよ〜」

「今回ばかりは、あたしもやる気満々だよぉ」

「良いことです。それでは揃いましたし、アクエリカの時間も押しているでしょうから、出発しましょうね」

「ごめんなさいね〜、午後の会議が始まる三十分前には戻りたいと思ってるの〜」

「いいんだよぉ、承知の上だよぉ。護衛ちゃんたちもよろしくねぇ。ユリちゃんがいるから、〈四騎士〉一人くらいなら凌げるかもねぇ」

「また縁起でもないことを……」


 呆れるユリアーナの隣で、ミマールサの眼が爛々と輝き、デュロン、ヒメキア、ソネシエ、エルネヴァを眺め回し始めた。


「なるほどねぇ、あたしから隠すわけだねぇ。かわいい男の子と女の子がよりどりみどり……じゅるっ」

「ミマールサ、ステイ、できればハウス」

「ハウスはひどいよぉ!? ユリちゃんやめて、お化粧崩れちゃうよぉ!」

「あなたすっぴんでもかわいいんですから、お化粧より化けの皮が剥がれないよう気をつけてくださいよ」

「わぁ、ユリちゃんにも褒められちゃったぁ♡ ユリちゃんは今夜の宿って決まってる?」

「普通に帰って寝ますけど……だからそういう本性を出さないでって言ってるんですよ」


 なるほど、ミマールサが大体どういう系統のちゃんとしてない聖女なのかがわかった。

 アクエリカの先導に従い、市民の注目を結構集めながらもゾーラの街中をゾロゾロと歩いた一行は、なんの変哲もない路地裏の一角としか思えない地点で、おもむろに立ち止まった。


「はいはぁい、あたしあたしぃ! あたしがヤりまぁす!」

「構いませんが、ちゃんとやってくださいね」


 なにかわからないがユリアーナから許可をもらったミマールサは、なにもない場所にしゃがみ込み、空間そのものを撫で回し始めた。


「ここかなぁ? この辺がいいのかなぁ? ここがええのんか? ハァハァ」

「ミマールサ?」

「ちゃんとやってるよぉ! 今ヒダを捉えてるんだからぁ!」

「ならいいですけど、あなたがヒダって言うと卑猥な意味に聞こえるんですよね……」


 なにをやっているんだろうあの変質者は、とデュロンが訝っていると、アクエリカとユリアーナが一行に解説してくれる。


「あなたたちもギデオンとパルテノイの過去について、ある程度は聞き及んでいるでしょう? 二十年前のミレインにあったのと同じような、複数の妖精が空間制御能力によって構築する、認識阻害付きの結界……その中に今回わたくしたちが集まる会場があるのよ」

「正確にはミマールサと、中にいるもう一人の子が共同で張った基礎に、私とアクエリカと、残りの四人……全員の魔力を込めまして、先に中に自分の使い魔を入れておくんです。そうすることで私たち八人だけが結界内の空間を認識し侵入することができる……正直ここまでのセキュリティが必要かは疑問なんですけどね」

「あ、八人以外は認識できないだけで、出入り自体はあなたたちもできるから、安心してくださいね」


 慎重すぎて悪いということもないのだろう。やがてミマールサがなにもない空間に向かって卑猥な仕草をしながら下品な声を出した。


「おほぉ♡ 見つけちゃったよぉ、弱いとこぉ♡ これは結界ちゃん、ご開帳だねぇ♡」

「ミマールサ、心に化粧をしなさい」

「ユリちゃん言い方ひどくない!?」

「開いたみたいね〜、じゃあ入りましょうか。ごめんなさいね〜、議場でしているみたいに、中に入る子たち以外の子たちは、外で待機してもらうことになるの。ちょっと遠巻きな感じで自然にたむろしててもらうと助かるわ〜」

「了解であります」「承知したのだよ」「右に同じ」「はい!」「おう」「どうかごゆっくりお楽しみくださいませ」


 全員の返事を聞いたアクエリカはにっこりと笑い、中へ連れて行く子たちに声を掛けた。


「エルネヴァ、緊張しないでいいのよ」

「わわわわかりましたわ!」

「それとヒメキア、あなたも来てね?」

「あ、あたしもですか!?」

「あー、なんかそんな気してたわ……」

「デュロン、あなたもね♡」

「あー俺も……は?」

「あなたも中に入ってほしいの、デュロン」


 なにを言っているのだろうと見返すのだが、アクエリカは普通に笑顔だ。思わずため息が出てしまう。


「はあ……姐さんよー、ルールやマナーを無視しすぎだろ。『聖』はもうしょうがねーとしてせめて『女』だけでも守ろうぜ?」

「『聖』も守ってますけど〜? 別に〈聖女会〉だからと言って、護衛まで全員女でないといけないとは、誰も明言してないのよね〜」

「不文律ってあるだろ……頼むわ、アンタたちからも言ってやってくれ」


 残る二人の聖女に水を向けるが、ニコニコと同調するばかりだ。


「いいんじゃないですかね?」

「いいと思うよぉ」

「なんでこういうときだけ反対してくれねーんだよ!? めちゃくちゃ場違いになっちまうだろうよ、やだよ入りたくねーよ!」

「デュロンは変態」

「ほらもう俺なんも悪くねーのに、すでに罵倒されてるしよ!」

「ユリアーナ」

「はい」


 言っている間にデュロンは〈爆風緩衝ブラストバッファー〉で尻を押されて、開いた結界の中に無理矢理放り込まれた。

 続いて雑に飛んでくるヒメキア、エルネヴァを慌ててキャッチし地面に下ろしているうちに、アクエリカ、ミマールサ、ユリアーナも入ってきて、結界の端は再び閉じた。


 外に残った連中のリアクションも気になるものの、今はそれどころではない。

 中で先に待っていた五人の聖女たちが、当然極まりない抗議を口々に発し始めたからだ。


「……ちょっと待て、なぜ男を入れている?」

「アクエリカの部下かしら? いえ、ならいいと言っているのではなくてね?」

「そもそも護衛を連れてるのがてめえだけなんだよ、調子コイてんな枢機卿猊下よお?」

「内定されたばかりの聖女候補というのも……厳密にはどうかと思いますし……ね」

「さすがは掟破りの常習犯といったところなのよさ」

「貴様の時間に合わせて集まってやっているというのがまず気に入らないんだが、この上まだ我儘わがままか? お貴族様は一味違うな?」

「ユリアーナ、ミマールサ、てめえらもちゃんとそいつを制御しろや!?」

「うんにゃ、二人を責めるのは筋違いってもんだわさ。蛇使いは荷が重すぎるのよさ」

「教会上層部がどうにもできていないものを、私たちがどうにかできるわけでもないものね」

「もういいのです、諦めましょう……いつもこうです……巻き込まれた子たちに罪はないのです、し……ね……アクエリカ……死ね」


 もう火を見るより明らかだった。最後なんかボソッとだがハッキリ死ねと言われているし。


「あ、アクエリカさん……」

「姐さん、アンタ……聖女さんたちにすら嫌われてんのかよ!? ていうかアンタもしかして、部下以外ではユリアーナさんとミマールサさんしか味方いないんじゃねーの!?」

「あら〜そんなはずないわ、わたくしはほら、老若男女にモテまくり〜だもの」

「心酔・崇拝しているのは、味方とは違う気がしますけどね……」

「あははぁ……いつも通りのエリカちゃんって感じだねぇ」

「幸先悪すぎですの」


 まったくだ。そもそも入らされたのが想定外だったが、もう帰りたくなってきた。

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