第493話 敵は聖女会にあり
エンリケが気絶し、起死回生のデュロン暴走モードも不発に終わったのを見届けたヴィクターとパグパブは、尻尾を巻いて隠れ家に逃げ帰るしかなかった。
しょんぼりしても仕方がない、勢いよく扉を開けて入っていくヴィクター。
「お疲れーっ! いやー結局全然ダメだったよ、新しい仲間はまた今度ね!」
「なんでそんな明るいんだテメェ……」
「まああんな卑猥な髪型で湿気った花火みたいなジメッとした性格のお兄さん、わたしたちに馴染めないかもしれないし、別にいいよね」
「パグちゃん、今日ちょっと口悪すぎない!? なんかあった!?」
「なにも。強いて言うならヴィクター係がしんどかったくらいで」
「そんなに嫌だった!?」
「気持ちはわかるわパグパブ、大変だったわね」
「そんなに!?」
「ヴィクター、テメェ……パグに悪い言葉教えやがって!」
「それは僕のせいかな!?」
自分があまりに評判が悪い事実から眼を逸らすと、巨漢が親友を慰めているのが見えたので、そちらに近づいていくヴィクター。
「やあウーバくん、ただいま」
「お、おれ、スティング、なぐさめる」
「ありがと。ほらスティング、元気出しなよ」
「俺はダメだ……覚醒してこの程度ってことはこれが上限ってことなんじゃないか……?」
「そんなことないって。さあ、仲間集めも大切だけど、明日はメインの仕事に取り掛かるよ。スティング、君にも働いてもらう予定だからさ、今日はもう寝なよ」
「うう……そ、そうする……」
「お、おれももうねむる……」
「スティングがウーバくんと喋り方同じになっちゃってるよ……僕はちょっと夜風に当たってくるから、みんな早めに寝なよ」
そう言ってヴィクターは、隠れ家の裏庭に出て、周囲に気配がないのを確かめると、虚空に向かって話しかけた。
「ハイ、マム。今お時間よろしいですか?」
返事はすぐにある。すでに相手の部屋に送り込んである使い魔との
『ハイ、ヴィクター。ごきげんよう。ゾーラに来ているのは知っていたけど、そちらから直接コンタクトを取ってくれるとは思わなかったわ』
「ご迷惑でしたか?」
『いいえ、とんでもない。あなたのような子と一緒に仕事ができて、嬉しい限りだわ』
話半分程度に受け取るとして、ヴィクターはにこやかに尋ねた。
「僕らこの街で大した妨害に遭うこともなく、ずいぶん動きやすかったんですけど、あなたがなにかしてくださってたのかな?」
『大したことはしていないわ。ただちょっと、「今、ヴィトゲンライツ本家と交渉中だから」とだけ言えば、皆さん勝手に手を引いてくれるのだもの、ずいぶん楽だったわよ』
「……そうですか」
『また家名を笠に着ることになってしまったとでも、恥じているのかしら? 生まれたときから持っていたものを、使わない理由がなにかあるかしら? 依存ではなく利用するのなら、それを含めてあなた自身の力なのでは?』
「……そうですね。少しは前向きに考えることにします」
鈴が鳴るように美しい声で笑い、相手は心の距離を詰めてくる。
そういう温度で仕事をするタイプというだけだろうが、ヴィクターとしてはドライにいきたい。
『別に同じ淫魔のよしみ、というわけでもないけれど、少なくとも私は縁を感じているわ』
「僕は厳密に言うと混ぜ物のごった煮が、たまたま淫魔に近い形質を示してるってだけなので、純正なあなたとは違いますけどね」
『意外と強情な子ね。じゃあこうしましょう。同じイニシャルV・Vの仲として、緊密に協働しましょうね』
「それこそ関係ないのでは」
『あなたのことはもう少し洒落の通じる子だと思っていたのだけど』
「僕もそう思っていたし、普段はそうなんですけどね。どうも緊張しているようだ」
『ああ、それは私もよ。企みが暴かれてほしいような、そうでもないような、微妙な気持ちになっている。ともかく、あなたたちと私は利害というか、スタンスがほぼ同じだということは間違いないわね。依頼主とその手駒、みたいな考え方はやめましょう。対等なビジネスパートナーとして、情報はしっかり共有し、この件を成功に導きましょう』
「そこに関しては異論はないね。僕も親愛なるアクエリカ様には、ずいぶんお世話になった。この機会にお礼をしたいと思ってる。神を試すのはご法度だけど、聖女に対してはいいんじゃないかな」
『同感だわ』
ヴァイオレイン・ヴァレンタインがアクエリカと浅からぬ因縁があるというのは、教会関係者なら誰でも知っていることだし、実はヴァイオレインがアクエリカのことを好きで、つまりツンケンしているのは照れ隠しだという認識の者も結構いるらしい。
しかしその奥に潜む彼女のこのめんどくさいメンタリティを正確に把握しているのは、かなり限られた者に留まると思われる。しかしだからこそ、彼女の行動原理を疑わなくて済むというものだ。
「僕らは合図があったらすぐ動けるようにしておきますけど、そっちは大丈夫ですかね」
『準備万端よ。「彼女」が私の言うことを聞かなくなる可能性も考えたけど、昨夜もきっちり私の手引きに従って、必要な仕事を熟してくれたし、問題ないわ』
「それなんだけどね。アクエリカ様のことだ、こっちの動きを読み切って躱しちゃうんじゃ? って懸念がやっぱりあるんですけどね」
苦言を呈してもヴァイオレインは不機嫌になるどころか、ヴィクターのアクエリカに対する理解度の高さゆえだろう、むしろ活き活きとしてくる。
モモンガの眼を通して見える妖艶な笑みも、変態のものだとわかっていなければ、すこぶる魅力的なのに。
『確かに昨夜の襲撃は意図が露骨すぎたから、エリカちゃんに限らず、勘のいい部下でもいれば察してるかもしれないわね。でもいいの。仮に「彼女」が〈聖女会〉の一員、聖女の一人だとバレていても……いいえ、それが誰かまでわかっていたとしても、アクエリカが予想できないタイミングで仕掛けることができるわ。
一つ、重要な前提条件というのがあってね、アクエリカがそれをわかっていない限り、必ず無防備な瞬間が生まれることになる。私には、すでにそうなるビジョンが見えているわ』
「ならいいんだけど」
いまいち歯切れの悪いヴィクターに、ヴァイオレインはその「前提条件」を教えてくれる。
「……なるほどね。さすがアクエリカ様、ある意味めちゃくちゃ愛されてるじゃん」
『そういうことになるわね。別に私がそう仕込んだわけじゃないのよ、いつの間にかそうなっていたの。
エリカちゃんの身柄については「彼女」に任せるとして、あなたたちに頼む役割というのはもちろん……』
「僕たちが冠するこのチーム名の通りだ。予定より一年早いけどね、勝手に始めちゃいましょっか。我らがアクエリカ様がゾーラ教皇になれるかどうかの、分水嶺ってやつをさ」
『そうしましょう。こんなところで落ちるようなら、エリカちゃんは私の愛するアクエリカ・グランギニョルではないことになる。「彼女」にはエリカちゃんの殺害すら許可しているわ、でもエリカちゃんなら乗り越えられるはずよ。万難排して進撃し、最後は私の首を捻じ切りに現れるはず! ああ今から楽しみだわ♡』
まったく意味のわからん性癖だが、ヴァイオレインという女はそういう仕組みで動いているのだから仕方がない。
それよりヴィクターには大きな懸念が残っていたので、遠慮なくそれを口にする。
「一つだけ確認なんですが、もし本当にアクエリカ様があなたたちの手にかかって死んじゃったとして」
『万が一ね』
「万が一の話です。そしたらもういいやみたいなことにはならないですよね? ちゃんと僕たちを最後まで抱え込んでくれますよね?」
『なんだ、そんなことを心配していたの? もちろんその場合は責任を持って、死んだエリカの弔い合戦として、この私がきっちり教皇選挙を勝ち抜いて、エリリンのお墓に「勝ったわ」と報告に行くわ。それでエリにゃんも浮かばれるはず』
愛称がどんどん馴れ馴れしくなっていくし、そもそも弔い合戦という言葉をそういうふうに定義するのを初めて聞いた。
しかしトンチキな物言いに反して、ヴァイオレインは恐ろしいほど現実がよく見えている。
「この私と違って、デュロン・ハザークを始めとするアクエリカの部下たちも、彼女が裏から動かしているウォルコやファシムも、あの子に対してそう大きな愛着は抱いていない……少なくとも、今はまだね。アクエリカが死んだら、そっくりそのまま取り込めるはずよ。なぜなら彼らの目的はアクエリカを教皇にすることではなくその先、〈銀のベナンダンテ〉制度の撤廃にこそあるから。メリクリーゼがネックになるけど、そこはまあヴァレリアンをぶつけるのが丸いでしょうね。なんなら〈四騎士〉全員……うーん、〈青騎士〉以外は味方につけられると思う。これで敗けたらさすがに嘘だわ』
「そこに乗っかれるってんなら、さすがに文句なんかないですよ。むしろ僕らの方が不相応になっちゃうぜ」
『ふふっ、まあそう言わずに。最初に交わした契約通り、その折にはあなたたちにも、相応の地位や財産を約束するわ。その場合はこの私が〈銀のベナンダンテ〉を撤廃するわけだから、抜けたい子を引き止めるようなことも当然しません。あなたは私の左腕になってくれる?』
「白騎士や黒騎士を差し置いて? せいぜい足の小指くらいにしかなれませんけど、それで良いなら、是非とも」
『決まりね。まあ、そういうことにはならないから安心しなさい。私はアクエリカに返り討ちスーパー謀殺ターンを食らって晒し首にされるから、そのときは私のお墓参りをしてね』
「依頼主としてものすごく不安なことしか言わないのに、策自体はちゃんとしてるのがほんとめんどくさい人だなぁ。乗りますけどね!」
デュロンたち〈銀のベナンダンテ〉と同じくヴィクターたちも、同じ条件さえ示してもらえれば、いくらでも他の枢機卿に乗り換えられるのだ。
もっともアクエリカに対して最悪の裏切りを仕掛けさせようとしているヴァイオレインが、自分に対する裏切りを覚悟していないとも思えない。
とにかく明日全てが決まる。
伸るか反るかの大博打は、ヴィクターのもっとも好むところだ。
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