〈聖女会〉開催

第491話 聖女の集まりにこんなことを言うのもなんだが、鬼が出るか蛇が出るかって感じだな

 二人の様子を遠巻きに見ていたユリアーナが、訳知り顔で顎に指を添えて呟いている。


「ほう……なるほどね?」

「ユリアーナさん、今アンタまたちょっとアクエリ姐さんみてーになってんぞ」

「はっ……私としたことが……かわいいカップルを見るとついアクエリ化してしまうんですよね」

「ちょっと待って、アクエリ化ってどういう意味? 悪口じゃないわよね?」


 聞こえないはずの蛇の耳を宥めるユリアーナに、元気なひよこが挨拶する。


「こんにちは、はじめまして! あたしヒメキアっていいます!」

「あっ、これはご丁寧にどうも、私はユリアーナという者です。あなたが例の不死鳥人ワーフェニックスちゃんですね、とってもかわいい、食べちゃいたいです」

「ユリアーナさん、アンタマジで気をつけろよ。アクエリ化は一度進行したら取り返しがつかねーんだぞ」

「一度このわたくしに対する認識を擦り合わせておく必要があるようね?」


 会食が始まり、ユリアーナが他のテーブルを回り始めたので、ここぞとばかりにメリクリーゼに説教されるアクエリカを静観しながら、デュロン、ヒメキア、エルネヴァはひたすら料理に舌鼓を打った。

 ユリアーナが面倒を見ているのは子供たちの他に、招待したらしいゲストたちだ。アクエリカの護衛チームだけでなく、近所から集まってくれた市民たち、そしてレミレとギャディーヤが連れて来た、二人と親しいというゾーラの祓魔官エクソシストたちである。


 任地は違えど同僚ということで、デュロンもいちおう挨拶してみるのだが、どうにも態度が余所余所しい。

〈銀のベナンダンテ〉はいちおう公式には存在しない秘密部隊扱いだが、何度か言及しているように、教会内部の者たちには、自ずと薄々以上にバレている。


 正式に任官していない者も多いため、そもそも同僚扱いしてもらえなくとも文句は言えず、デュロン自身も神学校の初等部から、これでも結構陰口を叩かれたり、いじめの類を受けてはきた。

 それでもなるべく打ち解けて友達になろうとはしてきたし、どうしてもネチネチ垂れてくる奴は普通に殴ったりもしたわけで、まあ慣れているというか、懐かしい扱いではある。


 ……いやしかし、話はもう少し複雑なようだった。彼らゾーラの祓魔官は、こうしてレミレとギャディーヤに誘われてきているわけだし、レミレやギャディーヤとは普通に談笑している。

 そのことに気付いてしょんぼりしているのが顔に出ていたようで、いつの間にか近づいてきていたギャディーヤがデュロンとヒメキアの肩をポンと叩き、腰を屈めて耳打ちしてくれる。


「悪ィなァー、やっぱ縄張意識ってのもあるようでよォ。他所の同族に出くわした猟犬が、緊張気味に威嚇してるんだと思ってくれりゃいい。別にお前らのことが嫌いってわけじゃァーねェから、そこは安心しなァ」


 ホッと息を吐く二人の頭を撫で、他のテーブルに去って行くギャディーヤと入れ違いにユリアーナが戻ってきて、不貞腐れているアクエリカに味方をし、メリクリーゼの説教を止めてあげている。

 やはり大天使な聖女様というのも間違いではないようだが、そんな彼女も戸惑うことはあるようで、このテーブルに就いている五人に相談してきた。


「あの、さっきレミレちゃんに『わたしのママになってください』って言われたんですけど、どうしたらいいでしょうか……? 私未婚ですし、子育て経験もないんですけど……」

「あー気にしなくていいぜ、あの人はそういうタイプの変態ってだけだから」

「ミレインの変態を育む土壌豊かすぎません!? そんなだからあなたたちゾーラの子たちに敬遠されてるんじゃ!?」

「まったくですわ、風紀が乱れていますの! それはそうとユリアーナ様、あたくしのママにもなってくださいませんこと!?」

「エルネヴァもちょっとヤバくなってんな、つーかママって概念をカジュアル化しすぎだろ」


 とはいえエルネヴァの場合は本物の母親を幼くして亡くしているそうなので、心の拠り所を求めるのは仕方ないとも思える。

 私で力になれるなら、とユリアーナがまた後光を出してくるので、色々な話を打ち明けていくエルネヴァ。


「……というわけで、ここ二日間の審問をなんとか乗り越え、あたくしもほぼ聖女に内定したのですけど」

「良かったじゃないですか! ねえアクエリカ、明日の集まりに彼女も連れて行きませんか?」

「もとよりそのつもりでしてよ~」

「勝手さが天元突破してたせいで逆に用意が良くなってやがる……しかしめでてー話じゃねーか」

「エルネヴァさん、すごい!」

「ありがとうございますの。ですがあたくしでやっていけるか、少し不安な面もありまして……」


 アクエリカを叱り飛ばすのを一旦中断し、チキンを齧っていたメリクリーゼが、気遣わしげに口を挟んできた。


「なんだエルネヴァ、もしかしてあのことを気にしているのか?」

「ええ、その……」

「ああ、もしかして審問中になにか言われたんですね?」

「は、はい……審問官のうちお一人が、あたくしの始祖が人間であることを俎上に載せられまして……」


 嫌なことほど爆速で察せられるようで、アクエリカが空になったグラスをテーブルに叩きつけた。


「あ~あ~なるほど、みなまで言わなくていいわエルネヴァ。いるのよねいまだに、そういう頭の堅い時代錯誤な輩が、特に上層部には。いったい今生きているわたくしたちのうちどれほどが、彼らの考える『純粋な魔族』なのでしょうね、やんなっちゃうわ~」

「姐さん酔ってる?」

「いいえ~これはぶどうジュースよ~、シスターさんおかわりください~」

「あーこれは酒が入ってるとかどうとか関係ない、純粋にこいつの性格の悪さが発露してるだけだな」

「ですね、いつものやつです」

「アンタたち慣れすぎだろ、それあんまいいことじゃねーぞ……」


 修道院のスタッフさんからジュースを注いでもらったアクエリカは、また一息で飲み干して話を続ける。


「ほらよくなんの才能も実力もない無駄に齢だけ食ってるジジイババアが言うでしょう?」

「もうのっけから表現が不穏すぎるんだが、そんでメリクリ姐さんもユリアーナさんもこういうときに限って全然止めねーし」

「まあまあ聞きなさいなデュロン。あなたも耳にしたことがあるはずよ、『古いものはいいものじゃ、残していかないといかん! 伝えていかないといかん!』とかいう思考停止の戯言を。あれって要するに『老害のワシらをもっと大切にしてよー』って意味なのよね、彼らアホだからその無意識を自覚できてるかはわからないけど~」

「また調子出てきたよこの人」

「よしこの辺で止めておこう」

「いだだだだ!? 関節技で止める必要はなくないかしら!?」

「気にしなくていいんですよエルネヴァさん。そういうことを言う方もいらっしゃいますけど、最終的にはあまり関係ありませんから。それが証拠に私も一族の始祖が人間さんですけど、この通り正式に聖女認定を受けていますからね」

「そ、そうですの? あ、ありがとうございますわ」


 気も置けず血も知る間柄のようで、アクエリカがユリアーナを例に取る。


「ユリアーナの家系図を遡っていくと、人間から水神精ナイアデスに転化したオリヴィア・ソルトリビュラという女性が祖として挙げられるのよね。エルネヴァにとっての、吸血鬼に転化し実家を追われてハモッドハニー家を興したという、ゲルトルーデ・ゴルト様が、ユリアーナにとってのオリヴィア様に該当するわけね」

「人間を祖に持つ魔族というのは、人間としての祖と魔族としての祖がいてややこしいが、おおむね後者を基準に考えていいだろうな。いずれにせよ何百年か、千年以上か、なんならジュナス教発祥前の場合もある、今さら差別する意味もあるまい」


 メリクリーゼに優しく後押しされたエルネヴァは、本来の自信を取り戻したようで、胸を張った。


「この新たな聖女エルネヴァ・ハモッドハニー、叶うならぜひお招きに預かりたいですわ!」

「よく言いました! ますます明日が楽しみになってきましたよ」

「そうね~、エルネヴァがねっちょねちょのぐちょぐちょにされるのを早く見たいわ~」

「あたくし急に不安になってきましたのん!? 取って食われたりしませんわ!?」

「もう、またアクエリカが余計な嘘を言うから!」

「うふふ~、わたくし明日に備えてもう寝るわね~、おやすみ~」

「自分勝手の化身かお前は!?」

「ほんとに行っちまったよあの人……」

「アクエリカさん、疲れてるかも……」

「いや、どうでしょう……だとしてもたぶん、興奮してなかなか寝られないと思います」

「遠足前のガキじゃねーか」

「まあ〈聖女会〉はあいつにとって、教会組織の中でほぼ唯一心を許せる同窓会のようなものだ、はしゃぐ気持ちもわからなくはない」


 メリクリーゼがアクエリカに対して、珍しく優しいコメントを発したので、デュロンも明日集まるという聖女たちがどんななのか、俄然興味が湧いてくる。

 ただおそらく振れ幅としては、アクエリカとユリアーナが両端なのだろうけれど。

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