第490話 ぬまちのまじょがなかまをよんだ!
あまりに唐突な告白に、デュロンもアクエリカも絶句するしかない。
そんな中、ユリアーナはやはり冷静で、真剣な表情と答えを返した。
「ごめんなさい。私にはもう、心に決めた人がいるんです。あなたのお気持ちを受けることはできません」
途端にエンリケは気の抜けた笑みを浮かべ、腰を抜かしてへたり込む。
半ば予期していたその様子から、デュロンも彼の心持ちを理解できた。
これを機に彼なりに、どうしても自分の気持ちにけじめをつけておきたかったのだろう。
結果きちんと振られることができた。今の彼なら、これも前向きに捉えられるのだろう。
「よ、良かった……いえ、良かったというのも変ですけど、俺はこれで良かったんです。変な夢を見るから、変な輩に付け込まれるんだ。ユリアーナ様は大天使な聖女様だって、院の子たちが言ってるじゃないですか、あの子たちの言う通りでした。
あなたへの憧れは捨てません。ただこれからはあなたを慕う男ではなく、あなたを崇敬する一人のジュナス教徒として、この修道院の支えになりたい。それでも……構いませんか?」
「もちろんですとも。もとよりあなたに邪なものを感じていたら、近づかせてすらいませんよ。今まで通り、お仕事に支障のない範囲でお手伝いに来ていただけるなら、私もスタッフたちも、なにより子供たちが喜びます」
これで本当の意味で一件落着だ。さしものアクエリカも、そこに関してはわりと本気気味に心配していたようで、大きく息を吐く。
「良かったわ~、丸く納まって。言ったでしょう、彼は男前の部類だって。別に顔だけの話じゃないのよ、性根の形もちゃんとしているでしょう?」
「ほんとかなー、アンタ筋肉の触り心地とかの話しかしてなかった気がするが」
「本当よ? あのときも言ったけど、わたくしたちってほんと慕情を向けられやすいの。地元の男に片思いされるたびいちいち河岸を変えていたら、いつまで経っても永住の地を見つけられませんことよ。ちょっと痴情が縺れた程度で、コミュニティを崩壊させるようじゃ、魔性としても三流よね~」
「だからなんでアンタはそうやって、いちいち敵を作るような言い回しをするんだ、あんまり酷いといよいよ庇い切れなくなんぞ」
「そこをなんとかするのがあなたの仕事でしょう?」
「そこをなんとかするのは業務内容に含まれてねー」
肝心のエンリケはというと、なぜか興奮した様子で、以前とは別方向の熱量を、曇りのない瞳に湛えている。
「ユリアーナさん、俺は石工なんです!」
「ええ、もちろん存じていますよ」
「これからはユリアーナさんの布教に力を注いでいきたいと思います! 手始めに石像を、ゆくゆくは神殿を……ああ、なんて晴れやかな気分なんだ。憑き物が落ちたとはこのことなのかもしれません。あのヴィクターという少年は大切なことを気づかせてくれました、彼にも感謝すべきかもしれない。もう迷わない、なにを疑うこともない。なんだか俄然、創作意欲が湧いてきました! 今日のところはこれで失礼します! 色々とありがとうございました、また今度!」
「あっ、えっ、ちょ……」
完全に吹っ切れた様子で、清々しい笑みを浮かべたエンリケは、ガタイに似合わないなにかキラキラしたオーラを振り撒きながら、軽やかな足取りで家に帰っていった。
「あれ……もしかして前よりヤバい感じのやつが爆誕してねーか……?」
「お、おかしいですね、そんなはずは……」
「安心したわ~、やっぱりユリアーナもこっち側なのね~。いいのよ~、こっちの水は甘いわよ~」
「やめてください、アクエリカとミマールサの側はネチョネチョのグチャグチャだって知ってるんですよ!?」
エンリケもまたこの件を通じて、己の斧を拾ったのだろう。
彼の場合は
前に進んでいるかはわからない、脇道に逸れているかもしれない。
しかしそれでもいずれにせよ、変化していくことだけは、避けることができないのだ。
デュロンの快気祝いがしたいとユリアーナが言い出し、夕食は庭でホームパーティを開いてくれることになった。
安全が確認されたことで子供たちがわらわらと出てきて、テーブルや椅子を用意しながら、デュロンにも話しかけてくれる。
「ちんぴらー、おまえ、りょうようにきてたんだなー」
「え? あ、まー、そんな感じだな……」
「ちんぴらさん、キケさんの悪魔を退治してくれたって聞いたよ! ありがとう!」
「お、おう、まーな。あー、あの人はちょっと疲れてるみてーだから、今日はもう帰ってったぞ」
「そっかー、ざんねん」「キケさん大丈夫かな」
「つーか快気祝いったって、別に体が悪かったわけじゃねーんだ。ここまでしてもらうとわりーんだが……」
「いいじゃないですか。ナーバスになるのも不調は不調です、治ったのをお祝いしましょう」
ユリアーナに笑顔で言われてしまうと、なにも返せなくなる。これも聖女の威力か。
一方アクエリカは自分の家であるかのように部下たちを招待していて、訪れた姿に子供たちが騒ぎ出す。
「うわー、来たぞ!」「ぬまちのまじょがなかまをよんだ!」「こわーい!」
「だから誰が沼地の魔女!? わたくし自身含めて、みんな優しいお姉さんお兄さんが……」
「アアアアアクエリカアアアア!! ヴォアアアアア!!」
「ぎゃーっ!」「おにがきた!」「おにばばだー!」「鬼婆二人目ー!」
「ああっ!? 誰が鬼婆だ、無礼なガキどもだな!?」
「落ち着いてメリーちゃん、子供の言うことよ、なにをそんなに気を荒げているの?」
「お・ま・え・に、怒ってるに決まってるだろうが!? 今日は会議が終わった後即私からバックレただろ、イリャヒから聞いたぞ!?」
「え~意味がわからないわ~、わたくしドン引き~。わたくしとデュロン二人で外泊するのが気に入らなかったのでしょう? もう、このやきもちさんったら♡ こうしてみんなでこっちに来てもらったら、護衛上の懸念がなくなるわけでしょう? わたくしのことが大好きで心配なのはわかりますけど~、ちょっとカリカリしすぎなんじゃない? もっとチーズや小魚を食べたら?」
腹立ちすぎて言葉を失うメリクリーゼの肩を、ユリアーナが悟りを開いた表情でポンと叩く。
「メリクリーゼ、もうやめましょう。争いはなにも生みません、特にアクエリカに対しては」
「ユリアーナ……昨日からこのアホが世話になって本当にすまん……というかお前、よくこんなのと友達なんかやっていられるな……」
「メリクリーゼこそ、よくアクエリカと仕事上のパートナーなんかやっていられますよね……私だったらストレスで死んでしまいそうです……」
「アクエリ姐さん、結構言われてんぞ」
「あわわわわ、わたくしの耳は蛇の耳~。き~こ~え~な~い~」
もう蛇は蛇ということで仕方ない。
メリクリーゼに続いてやって来たエルネヴァが、デュロンに手を振ってからユリアーナに挨拶している。
リュージュ、イリャヒ、オノリーヌがニヤニヤしながら、通りすぎざまにデュロンの腕を小突いていく。
最後にソネシエがデュロンを見て無言で頷き、ヒメキアはニコニコしながら近づいてきて、ぎゅっと手を握ってくれた。
「デュロン、元気になったんだ!」
「おう、ありがとう。心配かけて悪かったな、ヒメキア」
「ううん。あたしが治してあげられたらよかったんだけど……」
いや、どうだろう。ヒメキアに癒された部分も、多々あったのではないだろうか。
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