第487話 あんちくしょうの名を呼んだ
ユリアーナの牽制でたたらを踏んだエンリケのド真ん前に、隕石が落下するようにクレーターを築いて、デュロン・ハザークが綺麗な三点着地をキメた瞬間をはっきりと目撃し、ヴィクターは正直なところ嫉妬で歯噛みしていた。
轟音を立てて地面を踏み砕き平然としている、あの頑丈な足腰一つ取っても、平凡以下の雑魚魔族たちが、どれほど望み焦がれていると思っているのか。
恵まれた肉体を両親から生得していながら、なにがスランプだ、腹立たしい。
現に普段サイズのデュロンがエンリケに向かって始めた
最初の数秒間はユリアーナがデュロンの背中の少し後ろ……突きの予備動作で腕を引いた時に肘が当たる位置にシールドを展開して優しく跳ね返し、反動で威力を増加させるというアシストを行っていた。
だがユリアーナがそれをやめても、デュロンが繰り出す連続攻撃の圧力は衰えない。それどころかますます加速しているように見える。
あの単純馬鹿め、どんな心境の変化があったか知らないが、もう復調しやがった。
それも元に戻ったわけではない。狼の悪魔フォルツ憑依直後の、素でファシムを倒せる絶好調まで上がっている。
誉めるべきは心因性の不調というヒメキアですらどうにもならない難事を、ものの数分でクリアしてみせたユリアーナセラピーか。
さすがにメリクリーゼ以外でアクエリカともっとも親しいとされている女だ、伊達や酔狂で聖女の称号を冠しているわけではない。
爆雷の渦を突き抜けて垂直移動し、今も全身に浴びているが、悪魔憑きの魔術はデュロンの連撃を止められない。
やがて殴り敗けたエンリケがもんどり打って吹っ飛ばされるという、先ほどの再現を見せられる羽目になる。
潜在能力はいざ知らず、現時点の実力でエンリケがデュロンを倒すなど、たとえ悪魔が憑こうと、やはり土台無理だったのだ。
祓魔官の精鋭は強靭で、さらにユリアーナ、その上アクエリカにまで出て来られたら、勝ち目などあるはずがない。
「くっふふ」
そう、そんなことはわかっていた。ただちょっとチャンスがあるかなと思っていただけだ。
さあ、セカンドプランを始めよう。そちらがメインだというのも、いつものヴィクターだ。
【ああん、もう終わりなの!? ちょっと術者、アタシまだ全然遊び足りないんですけど!?】
活動限界時間を迎え、エンリケの肉体から出てきたマヌアユンマが、お誂え向きにアンコールをくれる。
いいとも、もとよりそのつもりだ。遊び足りないのはこちらも同じこと。
悪魔が異界に去る寸前、ヴィクターは〈はじまりの
「延長頼むぜ、バニーちゃん」
「えろいお店に行ってるおじさんみたいだよヴィクター」
「パグちゃんなんでそういうこと言うの!? 僕のこと嫌いなの!?」
うさぎは鼻をヒクヒクしながら、血有魔術〈
ウォルコやファシムやメルダルツと違い、元々貧弱なヴィクターが何ヶ月間貧血になろうと、逃げ足が多少鈍るだけ。
血の気が多い
可処分魔力は有効活用すべきだろう。ヒメキアに敗けるのは癪だが、悪魔召喚の生贄としても優秀なのだから。
だいたいデュロンの悪魔依存症は、悪魔憑きと対峙することでなく、悪魔に憑依されたことで起こったはず。
だったらそちらをダイレクトに与えてやらないといけないだろう。善意の荒療治ということにして、壊れても知ったこっちゃない。
覚悟だの決意だの、口先で囀るだけならオウムやインコにだってできる。
本当に克服したかどうか、実際にやってみせてもらおうじゃないか!?
異状を察したユリアーナが、ヴィクターを撃ってきているがもう遅い。
なんのためにパグパブを連れて来たと思っている、聖女対策に決まっている。
「せい!」「あっ!?」
ユリアーナの固有魔術〈
パグパブの固有魔術〈
デュロンが強い、大変結構。なら悪魔憑きという最強状態で好きなだけ暴れてもらおう。
ユリアーナでも止められない、アクエリカはまだ来ない。厄介な他の仲間も今はいない。
パグパブに殿を頼んで、ヴィクターはエンリケを急き立て、命からがら逃げ果せるというシナリオだ。
もちろんエンリケには後で、苦肉の策としてデュロンに悪魔を憑けて暴走させたと、説明すれば事足りる。
そんな些事が頭に入らないくらい、エンリケの脳裏には悪魔憑きデュロンの威容が刻まれるだろう。
あんな化物にユリアーナを任せておけんと、野に下っても執着することは間違いない。
後はアンネのメソッドで固有魔術を覚醒させるなり、ヴェロニカのメソッドで肉体改造を施すなり、それこそ悪魔憑依運用前提で鍛えさせるなりすれば、スティングやウーバくんがまとも枠に入るほどの、〈
まともな奴は普通に仲間にすればいいし、ヤバい奴はそうやってもっとヤバくすればいい。
ジュナスやメルダルツのことは知らないが、この場ではヴィクターこそが彼らを試す神だ。
彼はヒメキアやファシムの真似をして、憎い、本当に憎たらしい、あんちくしょうの名を呼んだ。
「デュロン・ハザーク! デュロン・ハザーク! そうとも、デュロン・ハザークだ!!」
鰻の悪魔マヌアユンマは、取って返して喜んで、最上級の依代、彼の精神世界へと飛び込んでいった。
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