第486話 この身一つの力にあらざれば
ユリアーナの固有魔術〈
ドラゴスラヴの〈
耐えつつ進むのが現状無理なら、耐えるのと進むのを別個で段階的にやらせればいい。
ユリアーナはデュロンを背後から抱きすくめて、彼の鼻先で天を指差してみせた。
それだけで意図が伝わったようで、頷く彼を手放すと、エンリケに向かって一歩跳躍する。
彼が行く先のなにもない空中に、ユリアーナが魔法陣のような円形の魔力シールドを展開し、タイミングよく踏ませる。
わずかに弾く程度の斥力を得て、デュロンの体が大きく浮いた。
〈
梯子を外すような真似はしない。次の一歩、また次の一歩にも即席刹那の足場を用意する。
それをどんどん繰り返していくと、魔法の床で形成される、空へと続く階段を、デュロンが登っていくことになる。
「フウン、なるほどね♡」
球形電磁爆裂結界の外縁に沿うように、三次元の移動を見せる彼の様子から、その意図が伝わらないはずもなく、悪魔は鼻息を吐いてみせる。
「悪魔憑きの身体能力もまた、基本的には依代のそれに準拠する……アタシもそうだけど、このキノコ頭クンも翼なんかの飛行器官を持っていない。魔術の射程を伸ばすことは期待薄な以上、狼クンからの接近を待たなきゃ叩き落とすのは難しそうね。でーも」
ニチャア……と粘度の高い笑みを、自分より大柄で筋肉質な男が浮かべてくるのは、ユリアーナとしてもけっして気分のいいものではなかった。
「アタシがアンタを押し潰せば、狼坊やは可哀想なことになりそうね♡」
言うが早いか、爆雷の雨を巻き散らしながら、マヌアユンマ憑きのエンリケが、ユリアーナに高速接近してくる。
「ええ、そうでしょうね」
そんなことはわかっているからこそ、それをさせないに決まっている。
〈
「ぶふっ!?」
結界構築型といっても、エンリケのそれはあくまで範囲内に入れば蓋然的に被弾を免れないというだけで、空間を区切る以上の意味はない。
大してユリアーナの平凡な防御・支援タイプの爆裂魔術は、一瞬ごとに任意の防壁を仮想できる。特にまっすぐ突っ込んでくるだけなら、都度止められない道理がない。
天への階段と敵への妨害、二つを同時並行で展開できない道理もまたない。
右手のすることを左手に知らせない程度の造作だ、やってやれないこともない。
そうして悪魔の進行を阻んでいるうちに、デュロンが奴の真上に到達した。
合図は必要ないだろう。なんの予告もなく、ユリアーナは彼の足場を取っ払った。
「ッ!!?」
なので驚きで呻いたのは人狼でなく悪魔である。
デュロンの足場作りに割いていたリソースを、ユリアーナは地上に結集し、十枚ほどの多重展開で、悪魔憑きへ斥力を叩きつけたのだ。
といってももとより攻撃用の魔術ではなく、威力もたかが知れたもの。
マヌアユンマに強化されているエンリケの屈強な体を、わずかに後退させるに留まる。
だがその数歩に意味があった。エンリケの頭が踏み砕かれるのが忍びないというのもなくはない。
だがそれ以上に……かわいい少年くんが精一杯かっこつけようとしているのだ、場所の一つくらい空けてやらねば。
ユリアーナが次々に展開する斥力シールドを駆け登り、エンリケの頭上十数メートルの高さに達しながら、デュロンが思い出していたのは、ガルボ村でザカスバダクに挑んだときのことだった。
切り株に腰掛けて遠巻きに見ているヴィクターとパグパブの姿からではない、単純にこの俯角ゆえだ。あいつらをブン殴ってやりたいが、そうしたところでエンリケの悪魔憑きが解けるわけでもなく、ユリアーナが放置しているのも仕方がない。
考えてみれば、なんと思い上がっていたことだろう。
悪魔の力を渇き欲するだなんて……それではまるで悪魔の力を除けば、全部一人で勝ってきたかのようではないか。
ウォルコやファシムに入れた一撃目は、どちらもオノリーヌとヒメキアが状況を御膳立てしてくれた上でのものだった。
ヒメキアがいなければデュロンは暗渠でサイラスに毒殺されているし、ギデオンを倒す「最後の二択」を読まれて敗けていた。
〈ロウル・ロウン〉はデュロンの優勝に終わったが、ハッキリ言ってリュージュに助けられた場面の方が多い。
ソネシエは生意気なちびだが、相棒として組むことの多いデュロンを、いつもフォローしてくれているのはわかっている。
〈三番街の悪霊〉を祓ったのはデュロンか? 違う、イリャヒだ。デュロンは置き物になって倒れていただけ。
化身状態のジェドルに、デュロンだけで対処できたか? いいや、サイラスの助力がなければ最後の最後で詰んでいた。
ホレッキやナーナヴァーの援護射撃がなくても、ギデオンと組まなくても、ザカスバダクを倒せたか? そんなわけがない。
ドルフィやブルーノを連れて行かなくても、〈
ベルエフやアクエリカ、メリクリーゼやドラゴスラヴに、見えないところでどれだけ助けられている? 見当もつかない。
ちょっとまぐれで強敵を倒した程度で、力に溺れる、呑まれるなどちゃんちゃらおかしい、おこがましい。
最強を目指すのと一人で戦うのは、前者は「強さの水準」、後者は「戦う状況」、元々全然別の話なのだ。
いったいなにを気負っていたのか。そもそもすでに仲間に頼りまくっているのだから、これからも頼りまくればいい。
その中でちょっと美味しい活躍ができれば、皆に合わせる顔もあるだろう。
なので空中で足場が途絶えたときも、デュロンはすこぶる冷静に、眼下の標的を見据えることができた。
やらなければならないことがわかりきっているというのは、本当に楽でいいものだ。
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