第483話 ネズミ花火は嫌いだぜ
なんとも都合が良すぎて気味が悪いなというのが、デュロンの正直な感想だった。
感情の昂進に伴う威力増大ゆえか、エンリケの放つ爆裂系の固有魔術は、かなり鮮烈なものだった。
それもただまっすぐ飛んできたり、軌道になんらかの規則性があるものであれば、普段のデュロンなら嗅覚感知で発動前兆を読み取り予測を立て、また何度か見て慣れさえすれば、容易に避けて接近できるだろう。
だがエンリケの両掌が吐き出す火の玉群は地面をめちゃくちゃに跳ね回り、なんの脈絡もなく明後日の方向から飛んできては、デュロンに当たって爆発していく。
これは俗に制御不能型と呼ばれる固有魔術の一種だ。
おそらくエンリケ自身にも照準を定めることができないというタイプなのだが、逆に言うと術者の意思すら介在しないため、相手からすればどこからどう飛んでくるかまったくわからないという、デメリットがメリットに化けうる特性がある。
事実、デュロンは次から次へ襲う無鉄砲な弾幕に対し、土砂降りの雨に打たれるがごとく、なすすべなく立ち竦むだけだ。
全身の皮膚にかなりの火傷と裂傷を負いつつも、まだ笑えている自分に自分で驚きさえする。
仮にエンリケの魔術が直線一本槍だったとしても、どの道今のデュロンはろくに反応できず躱せもしない。
どうせ回避が困難な不調時に、わざわざ回避が困難な攻撃をぶつけてくれるとは、都合が良いとしか言いようがない。
いや、それもまた認識不足かもしれないと、デュロンは考えを改めた。
地面で起爆するたびに土が相当深く耕されているので、エンリケの固有魔術はやはり相当な強度を持っている。
だが若手の祓魔官に混じっても余裕で通用するだろうその破壊性能も、デュロンに対しては再生能力の補填範囲に納まる、表層的な損傷を与えるに留まっている。
シャルドネ救出戦でスリンジの〈
ソネシエ救出直後に、珍しく優しいイリャヒが言ったことを、デュロンはなんとなく思い出していた。
なるほど確かに、突っ立つだけの木偶というのも、それほど悪いものではない。
耐久力頼みで強引に突き進んだデュロンは、エンリケの憤怒に満ちた面貌に向かって、我ながらいまいちキレのない、力任せのパンチを放つ。
キレると逆に集中力が増すタイプなのか、エンリケはそれを精確に見切り、前腕を掴んで止めてくる。
どうも今日はツイてないようで、アトランダムに跳ね回る爆裂弾は、かなりの割合がデュロンに直撃してきた。
エンリケも自分の固有魔術を自分でも食らい、結構ダメージを受けているはずだが、依然壮健なままだ。
なるほど確かにエンリケは強い。気性の不安定さを除けば、このまま勧誘したいくらいだ。
予備動作が不可能な至近距離での停滞だが、デュロンはすでに裸足になっている。
「わりーな……たぶん互角くらいとは言ったが、それは素の俺とアンタが戦った場合の話だ」
ラムダ村でスティングの錬成圧を見ていて良かった。振りかぶって突き出すのではなく、変形自体で前進する技術を学べた。
拡張活性の発動により、デュロンの肉体は密度を保ったまま膨張を始める。
拮抗していた腕力が、徐々にデュロン優位に傾いていく。
踏ん張り耐えるのは結構だが、その粘りがそのまま溜めとなる。
デュロンは前腕も倍ほど太くなり、ついに握れなくなったエンリケの掌が滑って抜ける。
デュロンの拳骨がエンリケに到達したときには、すでに二人の体格差は覆った後だった。
「ぶはっ！」
わずか数センチの距離から打たれる突きに、その威力を想定できなかったのだろう。
吹っ飛ばされて転がったエンリケは、圧し折れた鼻を押さえて見返すしかできない様子だ。
例によってデュロンたちにちょっかいをかけたかったのだろうが、一般市民を嗾けるのではこんなものだ。
どうせならパグパブとしっかり戦り合ってみたいものだと、振り返ったデュロンは思わず瞠目した。
「形象は鰻、属性は雷」
水盆に血を垂らすヴィクターの傍らでは、ウォルコが連れていたのとよく似た、真っ白なうさぎが鼻をヒクヒクさせている。
具体的な詳細はわからないが、血中の魔力をより効率的に運用するとか、そういった機構を含んだ使い魔というのはわかる。
「第二十九の悪魔マヌアユンマ、エンリケ・ホプキンスに憑依せよ！」
顕出を飛ばして依代を直接指定された、ウォルコのときのように割って入って横取りする隙もない。
頑丈なデュロンを殺すもっとも簡単な方法とは、限界を超えた超出力で圧倒することに他ならない。
しかし問題は、エンリケの固有魔術が大幅強化を施される点ばかりではなかった。
悪魔が放つ強烈な魔性に魅入られたように、デュロンは立ち尽くすばかりだった。
修道院内の割り当てられた寝室で休んでいたアクエリカは、扉をノックする複数の荒々しい音に眉をひそめた。
「なによ～、いいとこなのに～」
仕方なく内鍵を開けてやると、農作業を終えたばかりの小汚いクソガキどもが、ワッと雪崩れ込んでくる。
用件は大体わかるが案の定、ガキどもは思い詰めた様子で口々に訴えてきた。
「はじをしのんでおねがいする！」
「恥の前にまず礼儀を覚えなさいな～」
「ぬまちのまじょ、おれたちのいらいをきいてくれ！」
「沼地でも魔女でもなくってよ！？ あ・お・の・せ・い・じょ、世界一の美女アクエリカ様！ 何回言ったらわかるのかしら！？」
「あーん、せかいいちのまじょアクエリカさまー、あたしたちをたすけてくださいー」
「棒読みだし美女だっつってんでしょうに、あ～も～態度が腹立つ～。お引き取りくださいなクソども～♡」
無理矢理押し帰そうとしたところへ、ちょうど廊下に通りかかった修道女たちは、しかしガキどもを諌めるでもなく便乗して囀ってくる。
「子供たちが失敬を働いて申し訳ございません、グランギニョル猊下！」
「しかしどうか我らの迷える隣人をお導きください！」
「はいはい、わかってますってば。わたくしのかわいい使い魔ちゃんで、表の状況はすべて把握してますよ～」
だがガキどもはまだ騒ぐ。ガキは騒ぐ生き物なので仕方ない、アクエリカは器が大きいのでもう少しだけ聞いてやる。
「キケさん今日はなんだか様子がおかしかったの！」「すごくけわしいかおをしてたんだ！」「ちんぴらをつれてそとへでてったんだぜ！」「きっと悪魔にとりつかれてるんです！」
「ん……あ～ま～確かに取り憑かれてるみたいね」
といってもそれはつい今しがたのことで、ガキどもが考えているのとは因果と前後が逆なのだが、似たようなものなので訂正しないアクエリカ。
いよいよ興奮極まる請願者たちの後ろから、ふと彼女に声を掛けてくる女がいた。
「ごめんなさいねアクエリカ、彼らも悪気はないんです」
「大丈夫でしてよ～」
「じゃあ私ちょっと行ってきますね」
「は～い、頑張ってね～」
廊下を玄関の方へ歩いていくユリアーナを見送ったことで、シスターズとクソガキッズはアクエリカを見て絶句してくる。
その反応は心外だ。デュロンにくっつけている使い魔に意識を戻しながら、アクエリカは冷静に諭した。
「わたくしのチンピラ狼ちゃんはともかく、あなたたちの院長さんを侮りすぎなのではなくって？ 彼女がどんな功績で聖女に認定されたか、〈鏡〉の二つ名がなにを意味するのか、まさかまったく知らないわけでもないでしょうに」
幸いただの偶像として盲目的に崇拝しているというわけではないようで、アホどもはやや得心がいったように頷く。
旧友が実力を評価されているというのは悪い気がしない。少しだけ機嫌が直ったアクエリカは、話は終わりということで瞑目した。
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