第482話 やっぱ拳で話し合わねーとな

 デュロンがエンリケに続いて外へ出ると、ちょうどガキどもが畑仕事を終えて、入れ違いに建物へ入っていくところだった。

 訝しげに見てくる子たちも何人かいるが、エンリケに言い含められているのだろう、大人しく通り過ぎていく。


 だだっ広い畑を真ん中あたりまで歩くと、やがてエンリケは立ち止まって振り返り、無理して繕った笑顔を向けてくる。


「話というのは他でもない。単刀直入に尋ねるね。君はユリアーナさんのことをどう思っている?」

「どう、とは……」

「俺にこういうことを訊く権利はないかもしれない。でも勝手に納得して勝手に引き下がれるなら、そうした方がいいとは思わないかい?」

「なにを言ってるのかさっぱりわかんねーが……」

「そうだな、まだまどろっこしかったかもな。要するに遊びか、真剣かってことさ。どうしても答えたくないなら構わないよ」


 どうも妙な誤解を受けていることはわかってきた。しかしカマをかけられていてドツボに嵌まる可能性もある、デュロンはあくまで慎重に受け答える。


「なら正直に言うが、俺にとってユリアーナさんは、直属の上司の親友でしかない。なにを勘違いしてるのか知らねーが、アンタが考えてるような関係じゃねーことだけは確かだ」

「ああ、ハハ……そっか、そうだよね。俺一人が見たってだけなら、むしろ俺だけを吊るし上げれば済む話だものね」


 嫌な予感はすぐに当たった。エンリケが後ろを向いて手を振ると、近くにある木立ちの陰から、これまたなおのこと見知った顔が二つ、満を持して登場という感じで、やけに軽快な足取りで歩いてくる。驚くデュロンの機先を制し、銀髪のへなちょこ野郎が口を開いた。


「ほーらほらほら、だから言ったじゃん、絶対しらばっくれてくるって! こういう奴なんだよね、デュロン・ハザークって男はさ!」

「テメ、ヴィクター、性懲りもなく……おい、こいつは」

「ダーメダメ、ダメだよエンリケさん、狼の言葉に耳を貸しちゃ! こうやって純朴さを装い、最後はペロッと食べちゃうっていうのが、こいつらの常套手段なんだから! ここにいるパグパブちゃんも、その手口でやられちゃった一人なんだよね!」

「なっ……!?」


 デュロンだけでなくエンリケも、その真っ赤な嘘が初耳だったようで、二人して鉱喰精鬼ドグワールの少女を振り返ると、かつてデュロンが教会に勧誘した無垢な少女はいずこへか、板についてきた悪党が涙ながらにでっち上げる。


「わ、わたしのときもそうだったの……表面上は優しそうだから、つい油断して、地元の温泉だったってこともあって、混浴とかしちゃって……そんなつもりじゃ、なかったのに……」

「オイ!? テメーふざけんなよ、サイラスが来た途端、見てるこっちが恥ずかしくなるくれー真っ赤んなって逃げてったくせに!」

「は、はあ? ちょっとななななに言ってるかわかんないんですけど、サササイラスって誰なのかな」

「エンリケさん? このしどろもどろんなってるピュアッピュアにウブな女の言うことなんか信じてねーよな?」


 これは勝ったなとすら思ったのだが、あいにくエンリケは額に青筋を立て、拳を握って憤怒の視線をデュロンに向けたままだ。


「な、なんてことだ……その子は確か、幼馴染の従弟と将来を誓い合う仲なんだろう? それを引き裂いて、君はのうのうと笑っていられるっていうのかい?」

「うわダメだ、俺の言ってること全然届いてねー……引き裂いてねーよ、むしろくっつけてやったくらいで!」

「自分が与えた悲劇から立ち直った関係を、自分のおかげだと開き直るのか!? どれだけ性根が腐ってるんだ君は!?」


 まずい。今まではわりと恩恵ばかり受けていたのだが、デュロンはチンピラっぽい、良く言えば押しの強い見た目をしていることの、しっぺ返しを食らうのはほぼ初めてだった。どうもこういう場面にはやたら慣れているようで、余裕綽々で近くの切り株に腰掛けたヴィクターが、いけしゃあしゃあとブチ上げる。


「デュロンくんさあ、どんだけ言い訳したって無駄なんだよねえ。僕たち見ーちゃったんだー。それともあれかな? 君は物心ついた頃から母親がいないから、ユリアーナさんにはそういう感情を求めて、甘えてただけだと?」

「うわ、それはそれで気持ち悪……どの道最低だよデュロンくん。わたしのときだって、初めてじゃなかったんでしょ?」


 確かに年上全裸美女に水場で迫られるのは五回目だったが、そういう意味ではない。

 とりあえずエンリケの視界から外れた瞬間デュロンに向かって舌を出してくるヴィクターとパグパブに関しては、個別に機会を設けて一発ずつブン殴ってやりたいが、今はそんなことを考えている場合ではなさそうだ。


「よくわかったよ、デュロン・ハザーク。君がどういう男なのか」

「待て、エンリケ、アンタなんもわかってねー、マジで。俺以前にその二人がどういう奴らか知らねーだろ?」

「ああ、知らないとも。俺が知ってるのはこの眼で見た、君の行状と心証だけだ」


 ぐうの音も出ない。行動で信を示すべき祓魔官が、それで疑われていては世話もない。

 弁解の言葉が尽きたデュロンは、閾値を超えたことでスッと冷静になり、頭の回路を切り替えた。


「そうかよ……じゃあもういい、つーかちょうど良かった。アンタとは一度殴り合っておきてーと思ってたとこだ」

「君たちが教会の暴力装置と呼ばれることは承知しかねていたが、君に関しては本当にそうだな。手段じゃなく目的に置いてしまっている時点で、君に聖職を名乗る資格はない。そして俺には、君を一発殴る権利くらいならあるだろう!」

「いいぜ、俺より強けりゃな。これ以上の御託は要らねー、かかって来なよ」


 ことここに至り、エンリケのデュロンに対する印象は、誤解を解かねば上向かないし、多少悪くなったところで大した違いはない。

 今からエンリケには喧嘩で勝つが、それはそれとして、ヴィクターとパグパグに口喧嘩で敗けたままというのも、後で姉貴に叱られる。

 エンリケと敵として適切な距離を取りつつ、デュロンは傍で傍観する悪党どもを指差しながら言った。


「戦う前にエンリケ、一つだけアンタの知らねーことを教えてやる」

「……聞くだけは聞こうか」


 相手が信じようが信じまいが、それはどっちでもいい。言いたいだけの嘘を言ってやるのが重要なのだ。


「ヴィクターとパグパブには一つだけ共通点がある。ベッドの中で従姉弟のパンツを被って、匂いを嗅ぎながら眠るところだ」


 一瞬なにを言われているかわからなかったようだが、二人揃って叫び出す。


「「はあ!?」」


 続く抗議の声は、エンリケが放つ固有魔術の轟音で掻き消された。

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