第471話 再戦石
あっさり明かしてくれたその素顔に、ウォルコとファシムはもちろん、メルダルツすら瞠目している。
それほど一目見ただけで、そうと言われるまでもなく、誰のなんなのかが瞭然だったのだ。
同時に〈青騎士〉の能力がどういうものなのかも、具体的に二択まで絞られるほど、自ずと理解が及んだ。
この男の正体は、それ自体が重要機密のはずだ。慌てて周囲を見渡すが、幸か不幸か、こちらに注意を向けていた者はいないようではある。
「なるほど、だから〈青騎士〉なのですな」
「いや、別に眼の色で合わせたわけじゃないし、そういう理由で任命されたわけでもない、当たり前だが。しかしなぜか当代はそれで揃ってるんだよな、その方が見映えがするのも事実ではある」
『……少々サービスが過ぎるぞ、青いの……そろそろ次の任務だ、帰ってこい』
どこからともなく足元に現れた黒犬の警告を受け、〈青騎士〉はバツが悪そうに席を立つ。高額ペリシ紙幣をカードゲームのように並べて置き、「ここは俺の奢りだ」という意味だろう、両手を広げて示してみせる。
「了解、聖下……意外と盲点かもしれんが、俺たち〈四騎士〉が次期教皇として、どの枢機卿を推してるかってのも考えてみるといいかもな。ちなみに俺はアクエリカだ、あの女以外有り得ないとすら思ってる。俺とお前らは、少なくとももうしばらくは味方でいられそうだぜ。店主、先にお勘定な」
「サーイエッサーマイロード!」
「もしかして店主は単純にハイなだけなの?」
あるいはやばいおくすりでもキメているのだろうか、と訝るウォルコに向かって、〈青騎士〉がなにかを投げてきた。
受け取るとそれは灰色の魔石で、〈青騎士〉が去り際に説明してくれる。
「お近づきの印ってやつだ。昔は今より夢魔への偏見が強くてな、あいつらが健全アピールのために、種族能力の応用を示すべく作ったアイテムの一種だ。
そいつは〈再戦石〉っつって、枕ん中に入れて眠れば、過去に戦ったことのある相手と、夢の中で何度でも戦り直せるって代物よ。
同僚の赤いのに頼んで作らせたんだが、お前にやる。好きだろ、こういうの」
「好きだよ。でもあんたは使わないの?」
「使ったとも、十年間ほぼ毎晩だから、三千回以上か。さすがに飽きたから、もう要らね」
「〈青騎士〉のお下がりとは光栄だね。大切に使わせてもらうよ」
「あ、ちなみに相手が存命の場合、相手も同じ夢を見るからな。じゃ俺はこれで」
「色々とありがとうございました、青騎士さん」
「いいってことよ」
まるで遭遇自体が嘘だったかのように、恐ろしいほど普通に去っていく青騎士を、呆然と見送る三人だったが、ふとウォルコはサレウスを見て言ってみる。
「そういえば聖下はメルダルツさんの監視のために、こうしていつも黒犬を一匹、俺たちの傍に置いてるわけだけどさ、全然妨害とかしてこないよね」
『……私は死にゆく現教皇として、後継者の選定に関わらないという職責を全うしているのみだ……選挙方法の変更や枢機卿団の総入れ替えすら可能だが、それだけは許されていない……間接的にも影響してはならないというのが私の考えだ』
なんか分別臭いというか、建前っぽい答えだなと思い、ウォルコが顔をしかめているとそれが伝わったようで、サレウスはもう一歩踏み込んでくれる。
『これでも博打は得意な方でな、張る相手なら決めている』
「悪い教皇だね、あんたは」
『そうだな、だから滅びる……私は選択を間違えたのかもしれない』
「ずいぶん弱気じゃないか」
『寿命が近づけば誰でもこうなる……だからこそ、この教皇が予言を授けよう。
ウォルコにファシム、お前たちが選択を誤ることはない。なぜなら二人ともすでに、己のもっとも大切なものを見据えているからだ。覚悟と納得に満ちた行動に、後悔の立ち入る余地はない』
希望的観測に過ぎる気もしたが、仮に気休めだとしてもそう言ってくれるのはありがたい。しかしどうしても気になって、ウォルコは使い魔に尋ねる。
「メルダルツさんは?」
『さあ……』
「さあってあんた」
『……』
「あっ、いなくなった!」
「不安だ……」
「失敬な連中だな、黙ってこの神についてくるがいい」
不服そうなメルダルツの肩を揉んで機嫌を取った後、ポンと叩いて宣言するウォルコ。
「よし、俺はもう寝る。今夜は良い夢が見られそうだ」
ウォルコが今ただ一つ不安なのは、こんなに気合いを入れていては、眠れないのではということだけだった。
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