二日目はせめて多少は穏やかに

第470話 限界相席食堂

 時計の針が零時を示した。早めに寝たいのだが、そうもいかなさそうだ。


「向こうもこちらに気づいたようだ。ちょっと挨拶してこよう」


 あっけらかんと言って近づいていくメルダルツを、ウォルコもファシムも、呆気に取られて止められなかった。

 黒フードと二言三言交わしたメルダルツは、ウォルコたちの方を振り返り、ニコニコしたまま手招きしてくる。

 仕方なく二人は席を立ち、後ろの案内役ガイドに言い置いた。


「来いってさ。じゃあねヒョード、明日もまた頼むよ」

「明日も俺たちが生きていればな。お前はその辺でナンパでもしていろ」

「え、あ、そっすか、お疲れっす……」


 ほんと大変っすね、という彼の呟きに、まったくだ、と心中で答えるウォルコだが、それをおくびにも出さず、努めてにこやかに話しかける。


「すみませーん、ここ相席いいですかー?」

「いいとも。ウォルコくん、この神が許す」

「あんたに訊いてないんだよ、酒や宴は司ってないでしょ。ていうか相手考えて発言してよ、この時点で俺たちの胃腸はもうボロボロ」


 黒フードは低い笑い声を漏らし、上機嫌に答えた。すでにかなり呑んでいるようで、テーブルの上には空き瓶がいくつも転がっている。


「まあそう堅いことは言うな、この場は無礼講だ。店主マスター、一番高い酒を頼む」

「イエスマイロード!」

「返事がもう尋常じゃないんだよなあ……失礼しまーす」

「失礼する」


 頭のいかれた狂紳士が、なぜかすでに黒フードの隣の席を占めているので、ウォルコとファシムは自然と対面に腰を下ろすことができた。

 黒フードは急に頭を抱えるが、大したことではなかった。


「しまった、手順を間違えた。先に『あちらのお客様からです』をやっておくべきだった」

「当代〈四騎士〉は親しみやすさを前面に押し出す方向なのかな?」

「ほんとグイグイ行くよなあこのおじさん……改めてお訊きしますが、あなたは〈青騎士〉で間違いないですよね?」


 この際なので勢いで尋ねてみると、相手は呆気なく認めた。


「そうとも、俺こそ〈青騎士〉だ。先に言っておくが、お前たちを見つけたからといって特段どうこうするつもりはない。今のところお前たちとの利害は、そう大きく食い違ってはいないようだからな。別に同じ〈青〉のよしみというわけでもないが」


 当たり前といえばそうだが、ウォルコとファシムが誰を担ぎ上げるべく行動しているかも、確信的にバレている。

「俺たち」が具体的にどの範囲を示すかもわからない以上、迂闊な発言は禁物だ。

 一気に口数が減る二人に代わり、相変わらずにこやかなメルダルツがさらにグイグイ行く。


「ときに〈青騎士〉閣下、十年ほど前にラムダ村という場所を訪れたことはありませんでしたかな?」


 あっ、とウォルコは声を漏らしかけて堪えた。これは処理を間違えると爆発するやつだ。

 さすがにこの場で〈青騎士〉と一戦交えるというのは勘弁してほしい、勝敗以前に生き埋めで死にかねない。


 実際こうして正対してみた上で、ウォルコの見立てはこの三人がかりで攻撃したところで、この男のフードを外させることすらできるか怪しいというものである。

 ファシムも一緒に冷や汗を流すが、幸い〈青騎士〉は首を捻って唸るばかりだった。


「はてなあ……十年前というと、俺自身大きな画期を経た時期だから、わりとはっきり覚えているつもりだが……当時はほぼここゾーラ近辺にいたはずで、どこかの村へ行ったという記憶はない。それはプレヘレデ国内の場所か?」

「いいえ、ラスタードですな」

「だったらそれはたぶん俺じゃないな。俺の騙り者か、まったくの別者だろう」

「そうでしたか、出し抜けに失礼しました」


 こうしてなんらかの疑いをかけられることにも慣れているのか、冷静な否定が返ってきたことで、ウォルコとファシムはホッとした。

〈青騎士〉の答えが真っ赤な嘘である可能性も否定できないが、もはやこの場をやり過ごせるならなんでもいい。


 やがて店主が持ってきた高そうな酒を、〈青騎士〉自らが無骨な手で注ぎ回り、どうもニヤニヤしている様子で促してくる。


「さあ、この出会いに乾杯だ。それともまさか俺の酒が飲めないわけじゃないよな?」

「いただきまーす!」


 さっきウォルコがヒョードに絡んでいるのを聞かれていたらしい、少なくとも耳は良いようだ。

 半ば自棄になるウォルコを皮切りに、全員が杯を傾けた後、〈青騎士〉が感慨深げに口を開いた。


「しかし、なんだ……ことここに至り、こういうことを言うのもなんだが……お前たち二人が野に下ったのは、俺としては正直惜しいと思っている。あのときのガキどもがここまでデカくなるとは、月日の流れってのは速くて嫌んなるね」

「……在職時の我々を、どこかでご覧になったことが?」


 ファシムの慎重な問いに、ジュース感覚で次を注ぎながら、ざっくばらんに答える〈青騎士〉。


「お前ら二人とも、最初はゾーラからだっただろう。在職時というか、訓練時代から知ってるぜ。たぶんお前らが十五とか十八とか、それくらいの……ああ、そうか。当時の俺は、今とは容姿も声も違ったからな。うーん……お前らが最終的に俺たちの敵に回る可能性は低くないが、減るもんじゃなし、一度見せておこうか。ほれ」


 びっくりするほど無造作に、〈青騎士〉は数秒だけフードを外してみせ、すぐに戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る