第468話 今度は敗けてくれるかな?

 ジェドル、スティング、ウーバくんにも練習させてみたのだが、どうも無骨な連中は苦手なようで上手くいかず、結局〈第四勢力フォース・フォース〉が擁する使い魔作成・運用能力の保持者は、ヴィクター(ムササビ、またはモモンガ。自分でもどっちかわかんなくなってきた)、エモリーリ(フクロウ)、そしてパグパブ(カエル)の三人となっている。

 使い魔の使い手との視聴覚や音声発信だけでなく、使い魔の他の使い手との同期リンクという拡張技術も存在するらしく、今回はそれがあった方が良かったかなとも思ったのだが、結果的に必要なかった。


 なぜならエンリケ・ホプキンスは、パグパブと同じく両生類、サンショウウオを使い魔にできる男だったからだ。

 そいつらを水場に潜入させれば、容易に窃視や盗聴が可能となる。


 といっても今回標的にしているのは、〈鏡の聖女〉ユリアーナの魅惑の肢体ではない。

 エンリケも覗きを働く意図はないようで、興奮するどころか、顔面蒼白で震えている。


 ヴィクターだってもし好きな女が知らん男と混浴していたら、切歯扼腕で怒髪天だが、今はエンリケの判断力を鈍らせるために、心を鬼にして煽るしかない。


「そのデュロンって男は、ミレインじゃ有名な送り狼でね。狙った獲物は逃がさない、最低のクズ野郎なんだ。

 年上巨乳全裸美女に水場で迫られるのを月一ノルマにしてるなんて舐めた噂も聞くね。ユリアーナさんとなにしてるのか知らないけどさ、この後あいつが彼女との間に起こすことを止められないなら、同期リンクを切ることをおすすめするね」


 エンリケは苦渋の表情で、しかしヴィクターの忠告に従い、浴場に向かって伸びている見えない魔力の糸を、素直に断つのが感知できた。

 憤怒と憎悪と嫉妬に苛まれ、もはや口も利けないエンリケの背中を、ヴィクターは優しく叩いて、たまには夢魔インキュバスらしい誘惑の言葉を口にしてみる。


「気持ちはわかるよ。ユリアーナさんは悪くない、デュロン・ハザークをブッ飛ばせば済む話だ。でもここは慎重に行こう。あんたも結構やるようだけど、相手は腐っても若手エース級だ、まともにぶつかりゃいいとこ五分だね」

「なら、俺はどうしたら……」


 自分から縋り始めた、いい傾向だ……という内心をおくびにも出さず、ヴィクターは爽やかな笑みを浮かべて、落胆で下がったエンリケの肩を親しげに組み、マッシュヘアーの巨鬼グレンデルの、少し尖った耳元で囁く。


「おっと、焦るなよ兄弟。僕としてもユリアーナさんとは仕事上ちょっとした縁があってね、この事態は看過できない。だけど仕掛けるのは明日だ。また夕方になったら、あいつはグランギニョル枢機卿にくっついて、この修道院にノコノコやって来るだろう。ちょっと時間をくれれば、僕たちは君があいつに殴り勝てるような準備ができる。だからここは我慢だエンリケ」

「わ、わかったよ、ヴィクター。元々彼女が、俺なんかに興味がないことはわかってる。だからこれは単なる俺の逆恨みだ、いくらでも待てるさ」


 悲壮に微笑むエンリケの様子を哀れに思ったのか、さっきからずっと冷たい眼でヴィクターを見ていたパグパブがエンリケの方を向き、優しい声で言い聞かせた。


「エンリケさん、今大丈夫だから、同期リンクを繋ぎ直してみて」

「パグパブちゃん頼もしいな」

「ヴィクターちょっと黙って」

「はいはいごめんよ」


 ヴィクターも浴場の外にモモンガちゃんを飛ばしてみると、デュロンとユリアーナはとうに風呂から上がって服を着て、修道院内のまったく別々の方向に立ち去るところだった。

 監視を前提とした偽装とは思えず、普通にそれぞれの部屋に寝に帰るのだろう。

 というかもちろんヴィクターは、デュロンがユリアーナにコナをかける度胸があるなどとは微塵も思っていない。


 だがなるほど、事態に取り返しがつく方が、善後策を練る意欲も湧くだろう。

 絶望でやぶれかぶれになって、白昼の街中でアクエリカ護衛チームを襲撃、みたいなことをやらかされても困る。

 僕もまだまだ心理掌握が未熟だなと、ヴィクターはパグパブの指針に沿って軌道修正を済ませておく。


「どうやら今夜はまだお風呂だけで済ませるみたいだね。好都合だ、明日の午後は見物だぜ。あいつが二度とここの敷地内にすら入って来れないようにしてやろうじゃないか。いいかい、君にとって地の利があるここで、奴がもっとも油断する瞬間に付け込むべく待ち伏せするよ。もちろんユリアーナさんを始めとする職員さんたちや、子供たちを巻き込まないようにも配慮する」

「了解だ、色々ありがとう。俺も……なんだかどっと疲れた。今夜は帰って寝るとするよ」


 いささかなりとも落ち着いた様子で弱々しく手を振り、見せたエンリケの背中を見送った後、ヴィクターはいちおう求心力の保持に勤しんでみる。


「いやー、気が進まないなー。胸が痛むよー、ほら僕って純愛派だからさ」

「また心にもないことを……なーんかやっぱりかわいそうな気がするんだーよーねー。ふんふんふん」

「いたたた! ツンツンやめて、君の指でツンツンするやつすごく痛い! 力入れすぎ!」

「ヴィクターは他者ひとの恋路を邪魔しまくりだけど、馬に蹴られても再生能力で死なないってだけでしょ」

「それは否定しないけどさ。ユリアーナさんは種族が水神精ナイアデスなわけじゃん。勝手に惚れた男が勝手に踊ってくれるってのも、お誂え向きなんじゃない? いやードラマチックで羨ましい!」

「わー最低……お仕置き要る? 要るよね?」


 いきなり拳を振り上げるパグパブを、ヴィクターはわりと必死で止めた。


「ちょっと待とうか? パグちゃん? 話戻すよ。それはどうかなと言っておこうか。エンリケの固有魔術には、彼の精神が持つ不安定さが現れてるんだけど……相手が自分を異性として意識してないことがわかってるのに、陰から見守り支えようとしてるんだよ。これ女性としては、シンプルにしつこく言い寄られるのとどっちがマシ?」

「さあ、それは個々それぞれかと……いいよ、ちょっとストーカー入ってるくらいなら」

「えっ? ああ、そっか、君は追いかけるよりも追われたいタイプだっけ。粘着されるのも好きってこと?」

「違う……ちょっと変態っぽいくらいならさ、仲間に入れるのに支障はないってこと」

「あー、そっちね! 急に性癖晒したのかと思った!」

「ヴィクター、一回殴っていい?」

「もう結構何回も殴ってるのに、さらに!?」


 最近手が早くなってきて怖いのだが、冗談だったようで、パグパブはただただ呆れ気味にため息を吐く(ヴィクターとしてはどっちかというとそっちの方が傷つく)。


「仲間にするにあたって、通過儀礼的なバトル系のイベントがあった方がいいっていうのも、わからなくはないよ。わたしとジェイちゃんのときもそうだったよね」

「うーわこれはかなり根に持ってるね、しょうがないけどさ」

「それはいいんだけどさ、エンリケさんはデュロンくんに勝てるかな? なんだか調子崩してるみたいだけど、それでも念のためわたしたちの誰かを当てた方がいいんじゃないの?」


 ちなみにパグパブやエンリケが使い魔越しに得た肉体履歴も、ヴィクターは固有魔術で閲覧済みである。

 デュロンの言葉を借りるなら、ヴィクターは髪の色そのまま、銀の斧だと自負している。

 外法邪道に裏技は、アクエリカよりオノリーヌより、ウォルコよりアンネよりも長けていなければならない。


「当節の魔族たちにとっちゃ常識だろうけど、魔力は思念の力と言うね。ことこのユリアーナさんを守るという状況と条件に限っては、パグパブよりジェドルより、スティングよりウーバくんより、エンリケの方が高い爆発力を発揮すると見た。愛の力なんて言っちゃうと陳腐だし気持ち悪い……なんて言うと、僕の元相棒が怒るかなあ」

「なんだ。ヴィクターもこれで結構、ロマンチストなんだね。ちょっと安心したかも」


 口元を隠してクスクス笑うパグパブに、特に言い返す気にならず、肩をすくめたヴィクターは、視点を敵に移して言った。


「別に〈四騎士〉でも当てようってんじゃないんだ。リハビリの相手としては良心的な方だろうよ、むしろ感謝してほしいくらいだね」


 さてデュロン・ハザーク、今度は敗けてくれるかな?

 完全記憶の只中で、不敵に笑んだ宿敵へと、ヴィクターは同じ表情を浮かべて問いかける。

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