第467話 女性の性欲過剰を意味する言葉の語源になってる種族なんですが私自身はドスケベとか少年性愛とかじゃないですからね!? ほんとですよ!?

 金や銀は軽く柔らかいので、伐採に使う斧の素材としては適さない。

 それらは換金にしか使えず、それらを選ぶことは木こりを辞めて遊び暮らすことを意味する。


 金の斧と銀の斧を得た後でも、正直な木こりは返してもらった鉄の斧を振るい、木こりであることをやめないだろう。

 つまり鉄の斧を簡単に手放す嘘つきの木こりは、本質的に木こりではないという、木こりであること自体が嘘である事実を示している。


 これは昔オノリーヌが示した見解で、デュロンはこれを気に入っているが、今求められているのはデュロン自身の考えだ。

 果たしてユリアーナは解答そのものでなく、そこへ至る道筋、意味、理由を問うているのがわかる。


「その心は?」


 デュロンは彼女の眼をまっすぐに見つめたまま、頭の中を整理していく。


「金の斧は未来の俺だ。俺の上司で親代わりの男が言ってるんだが、俺の全盛期は早くても十年先らしい。地力で最強目指すには、まだ全然手が届かない。

 銀の斧は異端の俺だ。禁忌の外法に頼っても、なにがなんでも今勝ちたい。極論ずっと悪魔を憑けときゃ、それが俺の一番の有効活用法なのは違いない。


 だけど理想に縋っても合理に縋っても、結局どうにもなりゃしない。時間を速めることはできないし、無理が祟れば早死にするし、つまるところ無駄だ。

 今こうして停滞してるのも、俺の気の小ささに由来してるってのはわかってる。惨めになることも苛立つことも、才能溢れる仲間たちを羨むこともある。


 ただ俺はやっぱり今の普通の、なにも特別な力のない、頑丈なだけが取り柄の俺自身が、これで結構好きなんだ。だから落ちたのなら、ただ拾い直したい。

 折れても曲がってもいない、まだ大して使い込んでもいない鉄の斧を、より重く硬く、より速く巧く振るえるように、強くなった己を拾い直したいんだ」


「拾えますよ、あなたなら。鉄の斧だけでなく銀の斧も、そしていつか金の斧も」


 思いのほか即答が返ってきたので、デュロンはことさらに面食らった。

 ユリアーナがにっこりと微笑んでいるのは変わらないが、彼女の肌が発する匂いから険が消え、最初に会ったときと同じ、優しく柔らかいものに戻っている。

 ゆっくりと湯の中に座り直した彼女は、おっとりと首を傾げながら手招きしてくる。


「ごめんなさいね、いきなり不躾な態度を取り、妙なことを尋ねて。あなたが私の思っていた通りの男の子なのがわかって安心しました。さあ、せっかくお風呂場に来たんですから、そんなところに立っていないで、入ってきてください。汗を流して温まらないと、風邪を引いてしまいますよ」


 安心したのはデュロンの方だ。こうなると面映さが勝るが、まごまごしていると逆に変な意味が生まれてしまうため、素直に従った。

 大丈夫、しっかり混浴するのはレミレとパグパブに続いて三回目だ……と自分に言い聞かせるデュロンは、隣で穏やかに口を開くユリアーナの、浴場に反響する声に傾聴する。


「残念ながら私も未熟なので、心の眼というのを持っておらず、パッと見ただけではわからないんです。あなたがアクエリカに惑わされ盲従するだけの意志なき操り人形なのか、それとも自ら望んで彼女を担ぎ上げる精兵なのか」

「無理もねーよ……あの人この街にいた頃も、散々誑し込んで放ってったって聞いたぞ」

「ふふ、そうです。私やミマールサ、あとヴァレンタイン枢機卿なんかもその一人です」

「えっ、あの冷静そうなお姉さんも?」

「そうなんです。あの人もアクエリカ党なので気をつけてくださいね」

「うわヤベー、聞きたくなかった……ぜってー拗らせてるパターンだろ……」


 ユリアーナは紅潮した顔でにっこりと笑い、改めて真摯にお願いしてくる。


「デュロンくん……アクエリカを支えてあげてくださいね。知ってるかもしれませんが、彼女あれで結構寂しがり屋なんです」

「ああ……」


 なんとかいい感じの顔と声を作るデュロンだったが、そろそろ引力に逆らうのが限界となり、視線がユリアーナの顔から少し下がって、思ったことがそのまま口から出る。


「いやしかしデッッッカ……アクエリ姐さんの言ってたことほんとだったな……」

「ちょっと!? どこ見てなに言ってるんですかこの少年くんは!?」

「しょうがねーだろ目の前にあるんだから、なにも言わねーのもそれはそれでムッツリみてーになっちまうじゃねーか。つーかマジでアクエリ姐さんよりデカいんじゃねーの」

「……待ってくださいね。それはアクエリカのおっぱいを生で見たことあるって意味ですか? デュロンくん? どういうことなのかお姉さんに説明できますよね?」

「うわまた後光で擂り潰すモードに入りかけてる、やっぱこえーよこの人」

「アクエリカの世界一美しい裸は聖域なんです、見ていいのは私だけなんです。なんなら代わりに私の裸を見せまくったら、あなたの記憶を塗り替えることができるでしょうか? ちょっと試してみましょうか?」

「だから愛が重いんだよ、なんであんたたちはみんなそうなんだ!?」


 乱心したユリアーナが体に巻いているタオルをかなぐり捨てようとするのを止めるのに忙しく、なにか不自然なものを見たような気がしたものの、デュロンはそちらへあまり真剣に注意を向けることができなかった。

 ユリアーナが落ち着くのを待ってから、改めて壁の方を振り返ってみたのだが、すでにそこにはなにもなく、気のせいとして処理するしかない。

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