第465話 このブラコンはもはや病気のレベル
突然の襲撃だった。
しかしこちらの戦力に対しては、いささか寡兵と言わざるを得なかった。
メリクリーゼ、イリャヒ、リュージュに、外出から帰ってきたソネシエを加え(ギデオンはすでにパルテノイに呼ばれてミレインに帰っている)、守りは盤石、ヒメキアとエルネヴァに返り血の一滴すら届かない。
それはいいのだが、念のため部屋の一番奥で二人を庇っていたオノリーヌは、そもそも刺客たちが血の一滴も流していないことを訝しく思っていた。
奴らは斬られ、燃やされ、凍らされ、あるいは殴り絞められ倒れると、制服の制帽の中からは、粉末状の物質がドサリと溢れるのみだ。
状況終了に際し、薄気味悪く遠ざける皆に先んじて、オノリーヌがそれに触れてみる。
「気をつけてくださいよ。それ自体が毒物などということもあるでしょう」
「そうだね。しかし……この場合それはないと思う」
イリャヒの忠告に返事をしつつ、指先と嗅覚で検める人狼。
「なぜです?」
「やる気がなさすぎるのだよ。おそらくこれは襲撃自体がブラフだ。メリクリーゼ女史がいるのだからして、こんなもんじゃ掠りもしないというのは、考えるまでもなくわかるだろう。
吸血鬼が死ぬときの灰じゃない、これはただの土だ。鉱物群に魔力を込めて動かすという、
にも関わらずこのいい加減な手口。この場合は損耗ゼロで、仕掛けたという事実のみを得たかったのだと考える」
「つまりただの脅しということか?」
リュージュの問いに、オノリーヌは肩をすくめてみせる。
「もちろんそれもあるだろうが……なんというかね、やはり猊下の存在かね。『試しに襲ってみたけど、なんだ、今夜ここにアクエリカはいないのか! わあ、知らなかったや!』と言いたそう……そんな意図を嗅ぎ取ったのだよ」
「つまり、この人形どもを操っているのは」
「教皇庁内部の人物である……可能性がある。高い、とは言えない。猊下が宿舎から出られ、そのまま帰っておられないのを見ていれば、極論近くの市民でもありうるからね。そしてもちろん猊下でなく、エルネヴァやヒメキアが狙いという線もある」
「関係ないな。すべての脅威は、私が斬る」
キリッとしたかっこいい台詞で〆るメリクリーゼだったが、直後に頭を抱えて叫んだ。
「……と言いたいところだが、ああもう! あいつが不用意に外泊などしているせいで、ややこしくなっているじゃないか!? 向こうに危害が及んでいないならそれでいいとしたいが、敵の意図がわからんのはもどかしい! いてもいなくても迷惑な奴だな、あのバカ蛇は!」
「師匠、落ち着いて。いずれにせよ最終的に、わたしたちができることは、敵を斬るだけ」
「そ、そうだな。結局それだものな」
「そうですとも。私にできることも敵を燃やすだけですから」
「であるな。わたしも殴ったり絞めたり、その他植物でなんやかんやして、とどのつまりブチのめすだけであります」
「なんだ、みんな同じなんじゃないか。しかしやはりベルエフさんが育てた部下だ、頼もしいぞお前たち」
「いえいえ」「そんなことは」「光栄の至り」
ベタベタ褒め合っている戦闘要員たちを横目に、エルネヴァが小声で言ってくる。
「オノリーヌ、あなたが頼りですのよ。強いのは良くても、脳が筋肉な方が多すぎですわ」
「うーん……かく言うわたしも、どちらかというと筋肉寄りだと心得たまえよ」
「まあ魔族ってだいたいそうですわね……」
明確にそうじゃないと言えるのは、この場ではただ一人だった。
「みんなー、あったかい飲み物を用意しました! これ飲んで落ち着いてね!」
「ありがとう。ヒメキアは天使」
「あ、あたし天使じゃないよ!」
「ヒメキアは癒しですわ」
「ヒメキアの言う通りだ。さっさと精神を鎮静させて、明日に備え早めに寝るべき……」
オノリーヌは自分が吐きかけた正論を飲み込み、いきなり現実への理解が及んで、脂汗が滲み過呼吸になり、涙まで出てきた。
リュージュとソネシエに背中を撫でてもらっていると、ようやく喋れるようになる。
心配するヒメキアがくれたホットミルクを一気飲みして、最後の一口を吐き散らかしながら夜空の向こうへ吠えた。
「ンンン本当に本当にわたしの弟は大丈夫なのかね!? 今この瞬間にも、ドスケベ聖女二人の餌食になっているのでは!? そう考えると心がまったく休まらんのだよ!!」
「このブラコンはもはや病気のレベル」
「まったく大げさなんですよね」
「さっきソネシエがいなかったときのあなたもだいたいこんな感じでしたわ」
「はは、そんなまさか」
「いや待て、落ち着けオノリーヌくん。私の知る限り、ユリアーナは本当にちゃんとしたタイプの聖女だぞ」
「ちゃんとしたタイプの聖女のみで聖女を構成することを上申したい」
「それは私も思う」
「しかしですね、その方も好みの少年の前では豹変していきなり服を脱ぎだす可能性は」
「うーん、私も彼女のすべてを知っているわけじゃないので、なくはないな」
「ギャオオオオ!!」
「兄さん、オノリーヌで遊ぶのはやめて。獣のように発狂している」
「わはは」
「わははでなく」
「すまん、今のは私も悪かった」
「お、落ち着いてよオノ! 寝るまで話し相手になるから!」
「アクエリカがいないんだ、ベッドを使ってくれていいぞ。みんなでオノリーヌくんを癒してやってくれ」
「あのベッドすごい大きさですよね、縦じゃなく横に並んで眠れそうです。私以外の全員で使ってもいいのでは?」
「さすがにそれはギチギチですわ。しっかりしてくださいなオノリーヌ、どうすればデュロンさんの抜けている間、彼の穴を埋められますの?」
「弟の抜けている穴は弟でしか埋められない。添い寝の温もりというのもありがたいのだけど少し違うのだよ。思春期特有の距離感というのがあってそれを誤ると弟は弟としてのリアリティを失う、すなわちあえて温もりを感じないというところに逆説的に温もりがあるとでも表現すべき」
「うわーっめんどくさいことを言い出した……レミレ呼べないか? あいつなら一発で寝かしつけてくれるのだがな……」
散々ゴネるオノリーヌだったが、結局ヒメキアとソネシエに挟まれて横になっているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。やはり天使の効能は抜群であるようだ。
それはそれとしてマジのマジで、デュロンは大丈夫なのだろうか……?
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