第459話 この神が奏でる鎮魂歌を止めてみろ
やたら高い魔力出力と引き換えなのかもしれないが、
しかしメルダルツはこの一月ほどで意識して鍛えたことで、そこそこ知っている相手の魔力なら、まあまあの距離まで感知できるようになった。
「あの辺りだな……」
見晴らしの利く坂の上から街を見下ろす彼は、どういうわけだか格調高めの宿屋街の一角で、ウォルコとスティングが戦い始めたらしいことを察していた。
状況がよくわからないが、魔族同士のやることだ、偶然鉢合わせして揉めたとか、どうせそんなところだろう。
「……おや? これはもしかして……」
今、おそらくスティングの周囲には、いつも彼とともに逃げ回る仲間たちがいない。
ウォルコと対峙しているのなら他に意識を割く余裕があるとは考えにくいし、このままいきなり隕石をブチ込んでやれば、あっさり殺せるのではないか?
『……』
その邪念を察したかのように、彼の傍らに教皇サレウス一世の使い魔である黒犬が現れた。
例の件以来、常に一頭がメルダルツの行動を監視しているのだ。
あの決闘裁判の判決は「メルダルツのギャディーヤへの手出し無用」という、結果的にだがサレウスの意向を汲んだものであった。
今、メルダルツはゾーラにやって来てこそいるが、ギャディーヤの動向を把握してすらいないため、これに抵触する恐れはない。
「……」
しかしもし今あんな市街地の真ん中へ隕石を落としたら、さすがにサレウスが黙っていないだろう。
スティング一人へ裁きを下すのに、関係ない無辜の市民を何千人と(あとついでにウォルコも)巻き込むのは、メルダルツとて良い気分はしない……のだが。
「まあ、いいか」
という感じはある。本懐を遂げられるなら、文字通り後は野となれ山となれである。
ギャディーヤ自身を殺す最終段階へ到達できないのは口惜しいが、代わりに奴にはこの先一生、己の業を肩代わりした愛する甥の凄惨な死を噛み締めてもらう、それで良しとしよう。
残る問題は発動速度だが、乱心を察した黒犬がメルダルツに踊りかかって喉笛を噛み千切るより、〈
帽子の下で歪んだ笑みを浮かべたメルダルツは、誰がためか鎮魂歌を指揮すべく、指先を天へと振るった。
その数十秒前。攻撃の有効範囲内に入っていたからだろう、ウーバくんと一緒に街路を歩いていたエモリーリは、隕石の落着に遭う予知を得ていた。
「えっ、嘘!? 今ここで!?」
慌てて周囲を見回すと、案の定と言うべきか、いつも高台から見下ろしてきているのだが、そのときも坂の上に立ついつもの背広姿を確認した。
頭がおかしいことはわかっていたが、ここまで倫理観が欠如しているとは思わなかった。
確かに今スティングは単独行動を取っているはずなので、絶好のチャンスを得た隕石おじさんが、なりふり構わなくなっているというのは理屈ではわかる。
だがそうは問屋が卸さない。いい機会だ、ちょうどそろそろ目覚ましママをやらされるのにもうんざりしていたところである。
スティングが悪いわけではない。猫を追うより魚を除けよなどと言うが、猫でなくおっさんなら容赦する必要はないだろう(そういう話ではないが、この際なんでもいい)。
「やっちゃえ、ウーバくん! あのクソジジイ、ブッ飛ばしてやんなさい!」
「りょう、かい」
ウーバくんも隕石おじさんを敵と認識してはいるようで、エモリーリの指令は即座に通った。
風を纏って飛び立つ巨体が、瞬く間に坂の上の小さいおっさんに肉薄していく。
間に合うか、とエモリーリは固唾を呑んだ。
メルダルツの指先が彼の頭上を指し示す直前、彼の意識は裁きを下す神としてのものから、平凡な中年妖精としてのものへ、にわかに引き戻されていた。
「わーっ、こえーっ!」「そらとぶはげだ!」「はげおにだー!」「にげろにげろーっ!」
十歳前後と思しき子供たちが、なにかに追い立てられている様子で、怖がりながらもどこか楽しそうに、わいわい悲鳴を上げつつ坂を登ってきたのだ。
「……」
メルダルツがそちらの方向を一瞥すると、原因はすぐに理解できた。
緑のローブを纏った禿頭の巨漢が、竜巻の魔術に乗って高速接近してくるのだ。
そのことを認識している間に、隕石招来の機はすでに逸している。
ローブの巨漢の行き先は、他ならぬメルダルツに違いない。
対処を強いられる彼は、掲げかけていた手を胸の前まで下ろし、
「ぐむっ」
相手は二メートルを軽く越える巨漢だが、メルダルツの巨霊化は最大で五メートルほどの半離脱幽体を纏うものだ。
一発で街路の只中へ叩き返すことに成功する。
間一髪だ……という感想はしかし、おそらくあちらも同じものを抱いているはずだった。
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