第7章・聖都編 後半
長い一日がようやく終わりを迎えそうだね。ていうかマジで長すぎない?
第460話 二日目はこんなに長くならないから安心してね。イベントも三つか四つ程度で終わるからね
「ふう、危なかった……」
今のはヴィクターの仲間の中でも、おそらく現時点で最強の男だ。初動で退けられたのは幸運だった。
先ほどの子供たちは駆け抜けずに立ち止まっていて、メルダルツの近くに集まってきていたのだ。
「すっげー!」「おじさん、いまのなに!?」「しろくてでっかくなってたよね!?」「おれしってる! すぷりがんのすぷらいずってやつだよ!」「なんだそれ、かっこいい!」
「あ、いや、私は……」
いちおう既婚子持ち経験のあるメルダルツだが、子供と接するのが久しぶりすぎて、若い頃のようにまごついてしまう。
眼をキラキラさせて見つめてくる少女の一人に、ギャディーヤに殺された娘エレンを投影してしまい、あの子が生きていればこれくらいかなと、とうに捨てたはずの感傷を蒸し返してしまう。
ずり下ろした帽子で顔を隠して、メルダルツは控えめに諭した。
「……私は悪い妖精だよ。あまり私に関わらない方がいい」
「ええっ!? でも、こわいはげおにをたいじしてくれたのに!?」
「いいことを教えてあげよう。悪の敵が正義とは限らない。悪いやつを殴り倒すのは、もっと悪いやつかもしれないんだよ」
「えー、そうかな? わるいやつからたすけてくれるひとは、みんなせいぎのみかただとおもうけどなー」
少女の無邪気な答えに怯んだメルダルツは、それを誤魔化すように帽子を外して、娘をあやした変顔を思い出し、小柄な体で精一杯に威嚇してみる。
「そうだとしても……もう間もなく陽が落ちるだろう。君たちも早くお家へ帰りなさい。じゃないと私のような怖ーいお化けが暴れ出して、悪ーい子供を食べちゃうぞ!」
「ぎゃーっ!」「あはは、このおじさんもこわいーっ!」「ひげおにだ、ひげおに!」「ひげのおじさん、ありがとーっ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ去る子供たちに手を振り返し、しばしにこやかに見送ったメルダルツは、ため息を吐いて帽子を目深に被り直した。
「はあ……なにをやっているんだ私は……」
通りすがりの子供たちに湧いた情で出足が鈍ったことも、それ以前に判断自体を逸ったこともそうだが……見知らぬ女児に何気なくかけられた言葉で、少し救われた気になっているのが特にまずい。
目的や動機、経緯や過程がどうであろうと、尊い行いは曇らない……もしかしたらそれは本当にそうなのかもしれないが、なにも成していない時点で慰めに考えるべきことでないのは確かだ。
この旅が終わるとき、最後に倒す敵が誰なのか……あるいは己を滅ぼす者が誰なのか、今のメルダルツには見当もつかなかった。
隕石おじさんと正面から視線が合ったと思ったら、半透明の白い巨大な拳に阻まれ、空中から街路へと叩き落とされたウーバくんだったが、予感してような着地衝撃に見舞われることはなかった。
ぬるんとしたなにかに、ずぶんと柔らかく緩衝され、しばらくそのまま伸びていると、見知った顔が覗き込んでくる。
「大丈夫、ウーバくん?」
「おれ、痛くない。パグパブ、ありがとう」
「そう? 良かった。どういたしまして」
彼女が油の魔術で石畳を軟化させ、優しく受け止めてくれたのだ。
問題なく体を起こすウーバくんとパグパブに、エモリーリとヴィクターも駆け寄ってくる。
「無茶させて悪かったわね。ほんとなんなのよあのおっさん、なんであんな強いわけ?」
「しかももう姿を消してるよ、あんなのが野良でいちゃダメでしょ……あーお騒がせしました市民の皆さん、大丈夫ですよー!」
「いやもう大丈夫じゃないかも、わたしたち。こんだけ騒ぎ起こしたら、完全にゾーラ当局に捕捉されてるでしょ……」
パグパブの懸念を聞いて漠然と構えるウーバくんだったが、そのバカデカい拳を、ヴィクターの細い指が宥めてくる。
「どうかな。むしろ今のなんか街を救っちゃったくらいなわけでしょ。
考えてもみなよ。過程はともかく結果的に依頼を達成すれば、僕たちは新たな教皇の懐刀、ゴリゴリの体制側に収まるわけだ。
実際、今の時点で状勢は一定以上に錯綜し、厳密な利害関係は神秘の霧に包まれつつある。
僕たちが善玉か悪玉かを決めるのは、意外と誰にも難しいかもしれないぜ。特に今回はね」
「特に今回は……?」
「うん、今回……あっ。そう、まあね?」
ウーバくんには難しいことはわからない。なのでヴィクターがかっこいい仕草で爽やかスマイルを振りまいたにも関わらず、イラッとした様子のエモリーリとパグパブが彼を路地裏に連れ込んだ理由もわからないが、とりあえずついて行って止めてみる。
「いだだだだだ! 折れるそっちは折れるから! ウーバくん止めて、もっと真剣に止めて!」
「お、おれ、止める……」
「なんか様子がおかしいわねあんた!? わたしたちが想定してるのとは別の絵図描いてない!?」
「その、ヴィクターに依頼してわたしたちを集めさせた有力枢機卿の一人とは、また別な筋の意を汲んでるというか、両者の兼ね合いなのかな、どうなんだろヴィクター?」
「穏やかな口調と冷静な質問と並行して全力の関節技かけるのやめてくんない!? パグちゃん自分の腕力わかってないわけないよね!?」
背骨を圧し曲げられそうになっているヴィクターを見ながら、ウーバくんは脳内で書簡を認めた。
前略、親愛なる
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