第455話 豪運の枢機卿トビアス・グーゼンバウアーに関する一考察
やりづらいな、というのがファシムの正直な所感だった。
一般的な
今のジェドルは、わずかな会話で垣間見えた粗野な性格とはかけ離れた、美しくすらある洗練された動きで踊りかかってくる。
まるで二人のソネシエから挟撃を受けているようで、さしものファシムも捌くので精一杯という感じだった。
ときおり反撃として自滅覚悟で超至近距離の〈
そしてそれはジェドルの魔力量も一時的にソネシエ準拠となっていることを意味していて、高い魔術抵抗力でガッチリ守られている二人に対し、生半な外傷のみで魔力切れや再生限界を狙うことは考慮に入れない方がいい。
ジェドルの消化変貌が終わる制限時間を待ってもいいが……格下二人にここまで手こずらされた上で、トビアスを守る聖騎士に単身挑むというのは、どうにも割に合わないというか、現実的ではないと言えよう。
潮時だ、と判断するファシム。もとよりこの場で今すぐトビアス暗殺、などと大それたことはまったく考えてもいない。ちょっとだけ仕事をして、その結果だけ見て帰れば、ひとまずの威力偵察としては十分と思える。
ファシムがなけなしの風聞を集めて得た、トビアスの固有魔術〈
平たく言うとトビアスの〈運否天賦〉は、「トビアスが危機に陥った際、そのときその条件下で物質的・力学的にギリギリありうる出来事を偶発させてトビアスの身を守る能力」とでも定義できる。
もう一つ言うと、トビアスが被る平常時の不運も非常時の強運も、彼自身に対して作用するものであり、周囲の味方をまとめて守るといった機能は存在していないようなのだ。
無敵の豪運というわけでないのなら、いくらかやりようはある。
ファシムの固有魔術〈
要は〈運否天賦〉の機構に自然と選択肢を絞り込ませ、トビアスの都合の隙間をすり抜けるような条件を設定して撃てばいいのだ。
まず悪い例を示すなら、接触起爆トリガーをなんのひねりもなく「トビアス・グーゼンバウアー」に設定するというのが挙げられる。
これは対処の自由度が高すぎるため、どんな避け方をされても文句は言えない。
極端な話、「ファシムが偶然足を滑らせて狙いが逸れる」「ファシムの頭上に偶然鳥のフンが落ちてきて気を散らされる」などで済んでしまいかねない。
じゃあこうだ。「対象」を漠然と「生体」に設定、トビアスに向かって不意撃ちした。
なにも妨害現象が起こらなければ、当然だがこのままトビアスに命中する。
事前の情報通り戦闘自体は苦手なようで、トビアスはまだ反応すらできていない。
そもそも窓が狭く、左右に避けることはできなさそうに見える。
この条件下でトビアスが〈透徹榴弾〉を回避するためには、「誰かが間に入って身代わりになる」という、簡単な解答が既存してしまっている。
ソネシエかジェドルが急に飛び上がるという奇天烈な動きをするよりも、よほどもっともらしい結果が用意されている。
主を庇うベニトラが負うダメージは、大したものにはならないだろう。
だが最上位級の
魔力感知で察したようで、ソネシエとジェドルが手を止めて、魔力榴弾の行方を眼で追う。ファシム自身もそうしている。
ベニトラも同様だ、トビアスの背後から彼女が飛び出てきて、トビアスをぞんざいに押し退けようとする瞬間を、ファシムの動体視力は捉えていた。
ファシムの狙い通り、トビアスの眼前で、彼の代わりに生体が爆ぜる。
だがそれはこの場にいた誰でもない、しかし見知った後ろ姿であった。
「ぐ……かはっ……!」
どこからともなく空中を飛んできて、オーバーオールの逞しい背中に爆裂魔術を食らったその男は、血を吐きながら中庭に落下してくる。
そのわずか数分の一秒間、ファシムの頭脳は混乱から抜け出すべく、無駄に高速回転していた。
なぜだ? 彼は今ゾーラにいないはず……いや、ちょっと待て……よく考えたらなぜソネシエがこんなところを一人で歩いている?
つまり……こういうことか?
なにかの目的でソネシエが出歩く
↓
心配したイリャヒがゴネ散らかす
↓
ベナンダンテではないという理由でギデオンがハザーク姉弟かヒメキアに
↓
ギデオンは自力の捜索でソネシエを見つけるが、同時に偶然トビアスと眼が合い、
↓
〈透徹榴弾〉の射線とギデオンの移動動線の焦点でギデオンの移動能力が中断されつつ被弾、もってトビアスの危機管理成立
理解を後追いする形で、ファシムの眼前には頓死が迫っていた。
落下するギデオンの体を目眩ましとし、即座に二階から跳び降りてきたらしいベニトラが、すでに彼女の固有魔術である、黒い影の剣を発動している。
ファシムの方も反応鋭く、翼を展開して一気に飛び立つが、抜く手も見せぬ早業で、後れた右足を斬り落とされた。
再生能力で補填できる欠損よりも、対峙する脅威の全貌にこそ戦くファシムは、南の空へ全速力で逃げ去った。
なるほど、あれは厄介だ。トビアスを落とすなら、本気の対策が必要になる。
アクエリカのことだから、すでになにかしら考えてはいるだろうが、トビアスが敗けるビジョンを、ファシムの眼はまだ見ることができない。
代わりに警戒して振り向くが、深追いはしない主義のようで、ベニトラは険しい顔で見返してくるだけで、それ以上動く様子はない。
一方、斬り落とされたファシムの足首を咥えたジェドルが、ファシムと同じ臙脂色の翼を展開して、東の空へ逃げ去るところだった。
「フフッ……やれやれ、どいつもこいつも」
付近の路地に降り立ち、隠し通路へ戻る出入り口を探すファシムは、惨めに敗走したにも関わず、口元の笑みを禁じ得ない。
まったく、下の世代があそこまで育っているとなると、もう笑うしかないではないか。
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