第454話 先生、宿題できました
生成されたソネシエの氷剣が最初に斬り飛ばしたのは、彼女自身の左手小指である。
「おっ!?」
出血を凍らさず散るままに放られたその骨肉を、面食らいながらも受け取るジェドル。
彼の対応を確認するより早く、ソネシエはファシムとの距離を詰めていく。
「御命頂戴」
教官だった頃とは違う。少なくとも殺す気でかからなければ、手傷一つも与えられまいとの、気構えから出た言葉だった。
「愚直だな」
対するファシムがそう評したのも無理からぬこと。膂力や技量に開きがある以上、ファシムを正面から迎え撃つというのは、ソネシエにとって悪手にしかならない。以前もそれであっさり吹き飛ばされたのだ。
今もまたあのときと同じように、爆裂魔力の循環収束が込められたファシムの蹴りを、ソネシエが即座に氷剣を破棄・再構築した氷盾が受け止める。
だが今回、ソネシエの体は地に転がらない。炸裂の衝撃を凌ぎ切り、掲げた盾が砕け散っても、彼女は押されていないどころか、すでに槍を手に前進している。
「……ほう」
感心するのはまだ早い。攻めに転じた彼女の武器は、その手の中で瞬間ごとに形を変えてファシムを襲う。
拳や足を合わされて破壊されても関係ない、次の瞬間には新たな刃が彼女の手にある。
攻め手は途切れることなく続き、ファシムに距離を取る隙を与えない。
一月前の手合わせで、ソネシエがファシムに短所として指摘されたのは、一度構築した武器をそのまま変形することが難しいという点だった。
これは固有魔術〈
なのでソネシエは、ファシムのアドバイスに素直に従った。
構築・破棄・再構築のサイクルを極限まで早めることで、連続性を錯覚させるほど継ぎ目のない猛攻が可能となった。
変形に伴う錬成圧による威力増加は見込めないが、元からソネシエの固有魔術は「一太刀浴びせる」ことを主軸としているので、この手法と適性があると言える。
「くっ……」
しかしやはり、彼女一人でファシムを制圧するには地力が足りない。
そもそも最初の爆裂蹴りを受け切ることができたのも、瞬間に二枚の盾を重ねて消費することで、なんとか相殺できたに過ぎない。
徐々に押し込まれ、ソネシエの体にファシムの攻撃が掠り始める。
だからこそ、たまたま居合わせたジェドルには、多少なりとも穴埋めを期待していたのだが……。
「なるほど、こうか」
ソネシエの指を喰った彼は固有魔術を模倣、氷の斧を生成したかと思うと、いきなりファシムに背後から斬りかかる。
ソネシエの双剣を両手で捌く片手間、ジェドルの動きを察知したようで、ファシムは上段後ろ蹴りを放つ。
斧を持っている右腕を狙ったようで、ジェドルは武器を取り落とし、仕切り直しとなる……はずだった。
「なにっ?」
ところがジェドルは振り下ろす直前に斧を放して、横薙ぎに動きを変えた右手の中で、瞬時に山刀を生成し直し、ファシムの蹴り足を脛斬りにしたのだ。
「むっ……」
あの日ソネシエがやるべきだった動きを、今この場でジェドルが実行している。
期待はしたが、それ以上のものを出されても、なんとも歯痒さを覚えるものだ。
自分の固有魔術をいきなり使い方まで完璧に模倣されたことで、ソネシエはひょっとすると生まれて初めてかもしれない、嫉妬という感情に苛まれていた。
「こいつは掘り出し物だ、いいものを見たな。やっぱり今日のオレはツイてるぜ」
二階の窓から中庭を見下ろし、トビアスは誰にともなく独り言ちていた。
今の今までトビアス自身、おそらくファシムや、ソネシエすらそうだろうが、ジェドルのことを凡庸な
生まれてから四半世紀、かなり多種多様な魔族を見てきて、その観察眼には自負のあるトビアスだが、あくまで推測しかできない。
もし仮にこの場に〈苺の聖女〉ミマールサがいたら、一目瞭然だったろうにと悔やまれる。
おそらく素のジェドルは膂力・体術・剣術・魔術等々において、なに一つ特別な才能を持ってはいまい。
にも関わらず彼は今、ソネシエの〈
ジェドルの消化変貌は、相手の固有魔術・固有息吹・固有特性、その他の固有能力だけに留まらず、それらに付随する各種才能とその開花進度まで、そっくりそのまま模倣できると見た。
どうやら彼の固有体質〈
やっぱり面白いな、アイツ欲しいな……などと、高みの見物を決め込んでいたのがまずかったかもしれない。
「んぐ!?」
次の瞬間、ふとその男と眼が合ったトビアスは、一拍遅れて顔が血に染まるのを感じていた。
これは、ツイて……いるのか、どうか……彼には珍しく、とっさに判断がつかなかった……。
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