第452話 一機ありゆえ勝機ありと見た、これは決して単なる精神論ではないぞ

「とはいえ……」


 派手な侵入を受け、外の部下たちも全員が薙ぎ倒されているだろうに、レオポルトは顔色一つ変えず、ウォルコを一瞥しただけで話を続けた。


「いかな仮初であろうと、儂の手駒に弱卒は要らん。貴様のような特例ならなおのことだ」

「おーい、無視かな? 結構いい感じに登場したよね、俺!?」


 わちゃわちゃした手振りでアピールするウォルコを、もはや見もせずぞんざいに指差しながら、スティングに通達するレオポルト。


「ちょうど貴様の実力も少しは見たいと思っていたところだ。こうしよう、スティング。貴様がこの男を倒せたら……つまり殺害・撃退・捕縛いずれかを達成すれば、貴様は儂らとともに〈災禍〉討伐を目指す……それもなんなら儂が貴様を一方的に支援する形でも構わん」


 なかなか破格の条件だ、スティングとしては異存はない。

 一方、ウォルコの笑みは獰猛さを増し、額に青筋が浮かんでいる。


「おいおい、俺もずいぶん舐められたもんだ。役者不足だとは思わないのか、スティング?」

「あんたこそ役不足だとは思わないのか、ウォルコさん。俺にはあんたが聖騎士パラディンと戦う準備を整えてきたようには見えないんだけどな」

「お前だってそうだろ。なんなら俺と共闘でもしてみるか?」

「あんたがいいなら」

「俺はやだな」

「なんだこいつ……」


 一触即発の雰囲気となる二人を、宥めるのでなくさらに嗾けるために、バルトレイドが仲裁してくる。

 立場上怪しい輩に踏み込まれること自体には慣れきっているのだろう、もはやそこに対しては怒りすらない様子だ。


「まあ待て若造ども、一旦整理しよう。

 スティング、貴様の目的は一貫している。難度こそ高いが儂から〈災禍〉の情報を得るか、討伐に関する協力を取り付けられれば、ひとまず文句はなかろうな。その話は今したところだ。

 ウォルコ、貴様はスティングの言う通り、儂の陣営に対する妨害工作を、働けるだけ働いて帰るつもりだろう。勤勉な不届者の貴様に対し、ヴィクターめの右腕と呼ぶべき男を潰す機会をやろうと言うのだ、今日の収穫としては十分なのではないか?

 そして儂にとって、ウォルコ、無償で貴様を無力化できる旨みが、決して小さくないことは理解できよう。貴様の身柄からアクエリカの情報が見込めるというだけではない。やりようによっては一発で……いや、これはわざわざ教える必要はないか」


 最後は思わせぶりに言葉を濁したものの、要するに三者三様のメリットがあると言いたいらしい。

 とうに心が決まっているスティングを見て、ウォルコはため息を吐き、レオポルトに言った。


「まさかこのままここで始める想定でもないだろう。場所だけ変えてもいいね?」

「構わん。だがもちろん遠隔で把握はするぞ」

「好きにしてくれ。それじゃスティングくん、移動しようか」


 無警戒なわけでもないだろうに、無防備に見せるウォルコの後を、スティングは振り返り気味に追っていく。

 その様子を少し笑いつつ、ウォルコの声が尾を引き響く。


「大丈夫、あの二人はいわゆる生粋の武者ってタイプだ。追い打ち、不意打ち、騙し打ちの類はまずしないし、お前との口約束もおそらくは守る」

「本当ならありがたいな。ところで、どこでるんだ?」


 横顔で振り向いたウォルコの眼光は、すでに完全に肉食獣のそれだった。


「さすが枢機卿猊下が選ぶお宿だ、ここもジュナス教関連施設と呼んでいい充実度だからね。さっき入って来るときに見たけど、一階に結構広い礼拝堂がある。お前が眠る棺は、俺が選んでやるよ」




 ウォルコとスティングが去ると、レオポルトはゴルディアンに指示した。


「昼間、にやられた連中は、そろそろ全快している頃だな。全員集めて遠巻きに包囲させろ」

「やはり共倒れを待ちますか」

「そう上手くいけばいいのだがな。まあ互いにタダではやられまい。

 スティングが勝てば、奴の望みを叶えてやろう。あの若さ、しかもただの農夫がもしウォルコ・ウィラプスを一対一で破れるとすれば、丁重に遇して然るべきだろう。

 ウォルコが勝てばその瞬間に踏み込ませて、疲弊した二人をまとめて袋叩きで確保だ。

 いずれにせよ多少の損耗は織り込むが、いずれにせよ両者を引き入れられる。これは正直言ってかなり美味しい」

「了解、配置完了しました。しかし、どうなんですかね。実力差を考えると、ウォルコがスティングを圧倒して終わり、としか思えないんですが」

「わからんぞ。ウォルコの血色を見ただろう、かなり青白かった。奴は普段からあんなものか?」

「いえ、在職時の奴を見たことがありますが、子供かというくらいの紅顔だった記憶があります」


 再生能力を常備している魔族たちにとって、今日はなんだか調子が悪いなということはほぼないと言える。

 一般市民ならまだしも、管理官級マスタークラスの強さがあろうウォルコが、戦闘に支障が出るほど消耗しているとすれば、普通の原因ではない。銀で傷でも負ったか、あるいは……。


「そしてなによりスティングの方だ。あの齢で自力救済、それも〈災禍〉に対する復讐を企む胆力は見上げたものよ」

「猊下……」


 ゴルディアンの声に当惑気味のニュアンスを感じ、レオポルトは眉をひそめて反問する。


「なんだ? いや、やめろ、みなまで言うな」

「すでにちょっとスティングのこと本気で気に入りかけてますよね?」

「やめろと言った」

「なんならウォルコに敗けても〈災禍〉の正体教えてやっていいかなくらい考えてません?」


 レオポルトは椅子の肘掛けを思い切り叩いて吠えた。


「だったら悪いか!? ここへ単身乗り込んでくることしかり、今時あの気骨はなかなかおらんと思わんか!?」

「あの……自分、前から思ってたんですけど、ステヴィゴロ猊下とかグランギニョル猊下とかと比べて、レオポルト様あんまり枢機卿向いてないんじゃないですか?」

「ゴルディアアアン!? もう少し言葉を選べんか!? この時期に縁起が悪すぎるだろう!? 少なくともトビアスの阿呆よりは枢機卿らしさに溢れとるわ!」

「あの人を比較対象にしちゃう時点でどうなんですかね……」


 ようやくレオポルトは枢機卿っぽい、苦み走った悪辣な笑みを浮かべ、枢機卿っぽい台詞を吐くことに成功した。


「もうよい、儂も使い魔で観測する。こういう余興の一つもなければ、こんな豪奢な席になど座っとれんわ」


 やっぱ儂向いてないのかなという思考を振り払い、レオポルトは強引に視点を使い魔の同期リンク先へ切り替えた。

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