第451話 獅子は憤怒し、大鬼は倨傲す、狼らの心いまだ知れず、獅子また来たりて倨傲なり

「ダメだ」


 にべもない返答が返ってきたが、レオポルトは不快感を覚えたというよりは、スティングを憐れむようなニュアンスで言った。


「悪いことは言わん、単独で奴を追うなどやめておけ。サレウス聖下は『教会の禁忌』という表現をされているが……儂の理由はもっと単純かつ卑小だ。仮に奴の元へ辿り着いたとして、貴様や儂では、奴を倒すことなどできん」


 露骨にため息を吐き、歴戦の猛者であるバルトレイドの鋭い眼が、スティングをまっすぐに見つめてくる。


「いいか、世間知らずの若造め。これは貴様にヒントを与えるのでなく、諦めさせるために教えるものと思え。

 貴様が察している通り、〈災禍〉の潜在能力は少なく見積もっても四騎士級はある。

 仮に貴様、儂、ここにいるゴルディアンが同時にかかったとしても、奴に手傷一つ負わせられるか微妙なところだ」


 だいぶ候補が絞られた。正直あのときは眉唾物の話半分でしかなかったのだが、例の件の直前にデュロンやメルダルツと挙げた諸説が、その実もっとも正鵠を射ていたようなのだ。


 ヴィクターによると十全な力を振るえない状態にあるという、受肉した救世主ジュナスその人。

 そのジュナスを前回の受肉時(約1600年前)から慕うも、彼の意に沿わぬ行動をたびたび取るという、殺戮天使オスティリタ。

 正体どころか種族すら不明、普段どこでなにをしているか、なにを考えているかわからない、死を司る名無しの青騎士。


 いや、こうなると他の当代〈四騎士〉たちも怪しく思えてくる。

 ジュナスが現状振るえる力の総量が彼らに劣り、ジュナスが彼らを統制できないのなら、彼らのジュナスに対する忠誠は、必ずしもジュナスに対する服従とはなり得ない。


 いずれにせよレオポルトの言う通り、今のスティングが〈災禍〉を探し当て追い詰めたところで、詮無きことというのがわかった。

 はっきり言ってスティングは、〈災禍〉を甘く見ていたことを自認せざるを得ない。

 しかし途方に暮れていても仕方ない。強引に頭を切り替え、まずは礼を口にする。


「お導きいただきありがとうございます、猊下。今自分のやるべきことが見えた気がします」

「フン、身の程を知れたのならなによりだな」

「おっしゃる通りですが、参考までにもう一つだけ、身の程知らずな質問を許していただけますか?」

「ここまで来ればもう大差ない、好きにせよ」


 これはさすがに相手の癪に障るかもしれないと思いつつも、一気呵成に言い放つ。


「以前デュロン・ハザークと会う機会を得まして、色々と話を聞いた結果、気になったのです。彼の両親を死に至らしめた、彼にとっての仇というのは、〈四騎士〉の中の具体的に誰なんでしょうか?」


 案の定、レオポルトは一瞬だけ凄まじい憤怒の気勢と表情を見せたが、強い理性で抑えたようで、椅子から浮きかけた腰を沈め直した。


「……なるほど、それは確かに参考になるだろうな。ハザーク姉弟やベルエフ・ダマシニコフめがどう聞き、どう考えているかは知らんが、近くで一部始終を見ていた儂の認識としては、だ」

「というと……?」

「ハザーク夫妻を撤退不能の状況に追い込んだのが〈白騎士〉、戦闘不能の状態に追い込んだのが〈赤騎士〉。そして妻シェミーズに〈黒騎士〉が、夫ガレナオに〈青騎士〉が止めを刺したのだ」

「なるほど……それは確かに四人全員だ」

「だろう。ちなみに儂はハザークめらに敗北した後、動けぬまま見ているしかなかったわけだが……実は〈災禍〉の正体というのは、今際の際の奴らの口から聞いたものだ」

「なっ……!?」


 自分から乞うておいて、実際に重要な情報が飛び出てきたので、スティングは今さら肝を潰した。

 レオポルトの後ろに立っている、お付きの聖騎士ゴルディアンが特になにも反応しないあたり、これはジュナス教会の一定以上で、とうに共有されていることらしい。


「それは、猊下……俺がこんなことを言うのもあれですが、信じていいことなんですか?」

「苦し紛れの撹乱と取るのは仕方あるまい、儂とて最初はそう思ったわ。だが残念なことに、精査すればするほど辻褄が合ってしまうのだ。現状〈護教派〉などと称して、受肉した救世主を自称する彼奴あやつめを直接撃ったりしてみてはいるのだが……現にちょうど今日の昼頃、また市民から通報を受けて、部下どもを向かわせたものの、綺麗に返り討ちだ。しかも全員が丁寧に再生限界まで殴られた上で放置されるという、完全に手加減を施される始末だ。そういうことを繰り返しているから、慢性的な員数不足に陥るのだが……貴様一人を〈銀のベナンダンテ〉として召し抱えたところで、さほど状況が改善されるわけではない。だが逆にそれが儂の負担になるわけでもないと換言できよう」


 自然と話がスティングの言った「対価」に移っているのだが、そこでスティングはふと気づいた。

 もしかしたらスティングはそもそも、今からレオポルトの軍門に下る必要すらないのかもしれない。

 なぜならもしヴィクターの依頼主が彼なら、スティングはすでに彼の手駒だからだ。

 願ってもない申し出だ。なにか思惑があるにせよ、ここは飛び込む他ないだろう。


 スティングが口を開いた……次の瞬間、先ほどスティングが入ってきた扉が、周囲の壁ごと砕け散った。

 いや、なにか鋭利な刃のようなもので、粉微塵に斬り刻まれたような……。


「おかしいな。かのレオポルト・バルトレイドにしては、警護がずいぶん手薄じゃないか?」


 現れた不遜の化身は、栗色の眼に浅葱色の眼をした若々しい男であった。

 こいつの噂は聞いている。かつてミレインで〈彗星〉〈最強の爪〉などと呼ばれていた、元祓魔官の反逆者、獅子頭人ナラシンハのウォルコ・ウィラプスだ。

 あのアクエリカ・グランギニョルと密かに通じていると、まことしやかに囁かれる彼が、ここに来た目的は言わずもがなだろう。

 どうも今日はツイていないらしい。まとまりかけた話が拗れる予感を、スティングは強く感じていた。

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