第444話 強さランクってやつのやっぱり一定の基準がある方がいいと思ったわけですね

 メルダルツが二の句を継ごうとした矢先に、追いついてきたドガーレが口を挟んだ。


「旦那方、あそこまで平身低頭することはなかったんじゃないですかね? 正直見ててダサかったっす」

「うむ……私はともかく、君たちは彼女の魔術に対抗できていたように見えたね。あのまま押し切って、撃退することもできたのでは?」


 正直メルダルツ自身も同感だったので、その旨をそのまま伝えたのだが、ウォルコとファシムは露骨に呆れ返りつつ、二人とも教鞭を取った経験があるからか、丁寧に講釈を垂れてくれる。


「これだからなあ、なまじ力を持っちゃってる一般市民しろうとは困るんだよな……オスティリタの存在を知らないのは仕方ないとして、対峙した時点で彼我の実力差ってやつをある程度は悟ってくれないと、この先命がいくつあっても足りないよ?」

「いいか、貴様らにはわかりにくいだろうが、いちおう我々の尺度で説明しておくぞ。

 神学校を中等部まで順当に卒業し、普通程度の最速で祓魔官エクソシストに任官するのがだいたい十五歳だ。正直なるだけならわりと誰でもなれる。

 そこから顕著な才能を示すか、幼少期に過酷な鍛錬でも経験しており、遅くとも三十歳くらいまでに、一つの現場を一人で任されるレベルの練度に仕上がると、若手の中でもエース級などと称される。

 甘く見積もればドガーレがここだし、メルダルツの知っている中ならデュロン・ハザーク、スティング・ラムチャプなどがこのあたりだ。ヴィクターの仲間もヴィクター以外はおおむね該当するだろう」


 どこからか良い感じの木の棒を見つけてきたウォルコが、ファシムの発言を街道の土にメモしていく。



 若手エース級……ドガーレ、デュロン、スティングなど

 普通の祓魔官

 一般市民

 雑魚……ヴィクター



「そうやって頭角を表した者が……必ずしも戦闘の実力のみを評価されるわけではないのでややこしいが、単純化してさらに煮詰まると彼らの指揮官、祓魔管理官エクソスマスターに昇格するものとしよう。

 俺とウォルコはせいぜいここ止まりだ。先ほどの迎撃も、二人がかりで瞬間的に数発の固有魔術を撃ち込んで、ようやく相殺できたに過ぎん。あのまま本格戦闘に突入していれば、俺たちは間違いなく全員擦り潰されていた」


 メルダルツとドガーレが認識を改めたのを確認したようで、ファシムは説明を続ける。


管理官マスターを経る必要はないが、祓魔官の中でも水際立った実力を示した者が、その最高位である聖騎士パラディンに任命される。

 メルダルツ、貴様は単発の攻撃力だけならここに匹敵するが、対応力の低さゆえ、我らとさほど変わらない。

 この際なので正直に言うが、貴様は強い種族に生まれついたゆえ、これまで強者として振る舞えていただけだ。自惚れは無駄死にを誘うと心得ろ」

「うむ……肝に銘じよう」


 メルダルツが素直に返事したのがそんなに奇妙だったのか、ファシムはほうけたような表情を見せた後、気を取り直して説明を再開した。


「その聖騎士の中でも、最強の四人とされるのがかの〈四騎士〉だ。あいつらは竜や巨人を相手に平然と大立ち回りを繰り広げるし、全員が貴様の隕石を容易に防ぎ、全員が単騎でギャディーヤ・ラムチャプを完封できる実力を持っていると言えば、メルダルツ、貴様にも理解できよう。

 噂には聞いていたが、さっき実際に対峙して確信した。オスティリタはここに該当する。まかり間違っても我々の敵う相手ではない。わかったな、ドガーレ?」

「ダサかったとか言ってマジすんませんっした!」

「いや、そこを怒っているわけではないのだが……」


 ふと疑問に思い、メルダルツは地面に板書しているウォルコに尋ねた。


「その〈四騎士〉が天井なのかな? そこより上はいないのかい?」

「その上っていうとねえ……在野にもなかなかいないよね。竜や巨人の上澄みとか、各国の王族クラスが該当するけど、ジュナス教会って組織の中だと……」


 ウォルコの視線を受け取り、ファシムが話の先を引き取る。


「あるとすれば……いや、あってほしいという信仰を含めて、俺はこう書くしかないな」


 ウォルコから良い感じの木の棒を借りたファシムは、尊きその名を畏れ多くも記した。


「こんなところか」

「だね。仮に等級を付けるなら、こんな感じになるかな」



 SSS級・神……救世主ジュナス様

 SS級・四騎士級……オスティリタがたぶんここ

 S級・聖騎士級……かなり甘く見てメルダルツがここ

 A級・管理官級……ウォルコ、ファシムなど

 B級・若手エース級……ドガーレ、デュロン、スティングなど

 C級・普通の祓魔官

 D級・一般市民

 E級・雑魚……ヴィクター



「つまり……私は本物の神になればいいということかな」

「違ーう、全然違う! 実力弁えて行動してほしいって言ってんの!」

「本当に度し難い男だな……」

「すまない、冗談だよ。軽挙妄動は慎むとしよう。そうだ、思い出した。確かドガーレくんの知っている隠し穴から市内へ隠密侵入するのではなかったかな? 是非そうしよう。蛇の道は蛇というが彼の場合は豹が好む獣道ということになるのかな。我らもはや日陰に生きる身ゆえ、音もなく潜行しようじゃないか」

「貴様が余計なことをしなければ、とうにそうしていたはずなのだが……」

「ほんとに連れてって大丈夫なんすかこのおじさん」

「いやでもどっちみちスティングを追ってゾーラ市内に来るわけでしょメルダルツさん。野放しにして横から巻き添えで撃たれることを考えたら、味方でいてもらう方がいくらか無難だと思うけどね」

「消極策ではあるが、やむなしか……」


 だいぶ失礼なことを言われている気がするが、気にせず来た道(というか、かなりクレーターになっているが)を戻るメルダルツ。

 手前の古井戸がそうだと聞いて、ひとまず中を覗き込む。


「いちおう訊いておくけども、これゾーラ当局には把握されてないのだよね?」

「あー、違うんす、大旦那。その井戸はあくまでフェイク兼、目印ってとこっすかね。実際はこっち」


 言って、ドガーレが周囲に敷かれた石畳を探ると、一部が外れて梯子付きの縦穴が現れた。納得を示す他の三人に先んじて、ドガーレが入っていく。

 彼に続きかけ、ふと振り返ったメルダルツは、訝しげに見返してくるウォルコとファシムに好奇心で問うた。


「悪魔は?」

「「ん?」」

「いや、悪魔憑き状態はどうなのだろうかと思ってね。肉体・魔術ともに強化されると聞くが、格上を喰えるほどではないのかな?」


 二人はなんともいえない苦い顔を見せたが、質問には答えてくれる。


「俺たち自身の経験から言うと、さっきの表で一段階は上がるかなって感じだよね」

「なんだ、そんなものか」

「早とちりめされるな。最低でも一段階ということだ。素質や適性、条件や状況によっては、たまさか……」


 それ以上を口にすることは、彼の信仰に反するのだろう。

 ファシムはみなまで言わず、ただ天を指差した。

 最上、あるいは……いずれにせよ、意味は同じだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る