第443話 この旅はまだ終わらない
己の肉体を半ば離脱した幽体で鎧のように覆い、その巨躯と霊威をもって絶大な攻撃力と防御力を一時的に実現するというものだ。
固有魔術との併用が可能なため、メルダルツはこうして〈
しかしどうも今回は相手が悪かったようだ。
メルダルツが招来した隕石がもたらす絶大な衝撃波も、彼女の念動防御の前には、それこそ細腕の投石とさほど違わない。
そして、守りに徹する際の強度を仮に両者同程度としても、運用・応用範囲の柔軟性は天と地である。
メルダルツが体長五メートルほどの白き巨人の様相を呈し、霊体の腕を振るうのが精一杯な一方、防御を解いたオスティリタは、その膨大な魔力を掌に収斂させ、礫と化して放ち来る。
「あなたがどうかは知りませんが、異端の紳士よ」
メルダルツの魔力感知が幻視したのは、迸る地上の箒星。
「罪なき天使のこの私は、あなたに石を投げる権利があるのです」
もしこいつがギャディーヤの兄を殺したすべての発端で、こいつをこの場で討ち果たせたなら、この旅はここで終わりでもいい……などと、一瞬でも血迷ったのがまずかった。
これでは本当に終わってしまう、それもまったく意に沿わぬ形で。
道半ばで地獄に堕ちることを、メルダルツは夭折した娘に胸中で詫び、降り注ぐ裁きの光に眼を閉じる……。
……その寸前で、正面に割って入った二人の男が、閉ざす死の息吹を猛烈な爆炸で切り裂き、霧と散らして、メルダルツの意識を白昼の現世に留めてくれた。
「次から次へと……なんですかあなたたちは? 異端の味方は、異端でいいんですよね?」
明らかな不機嫌を見せ、自らの念力によって天を突くオスティリタの怒髪は、見る者が見ればそれだけで卒倒しかねない気迫を放つ。
しかしウォルコとファシムはまったく怯むことなく、堂々と彼女と対峙し……一切の躊躇なく、彼女の眼前に跪いた。
「申し訳ございません、天使様!」
「仰せの通り我ら異端の身なれど、神の威光を忘れたことなど片時もあらず!」
彼らの位置から手が届いていれば、二人がかりで強引にメルダルツの頭を下げさせたのだろうが、それができないゆえか、背中越しに指差しながら主張する二人。
「あの不信心者めが大変なご無礼を働きましたこと、奴に代わって陳謝いたします!」
「しかしどうかお慈悲をば頂戴いたしたく存ずる次第……それというのも
「そ、そうだったんですね……ごめんなさい、私の方こそ、配慮に欠けていたかもしれません」
意外と話が通じる相手のようで、オスティリタは殺気を消して慌てるだけでなく、金色の眼に涙すら浮かべている。
どうやら「身内を殺されると悲しい」という認識は理解できるようだ。
だがやはり普通とは価値観が乖離しているようで、彼女はこう続けた。
「あっ、もしかして先ほどのお話は、私が彼の娘さんを知らず殺してしまったかもしれない、という主旨だったんでしょうか? 私が異端として裁くような村に住んでいたのなら、それはその子が悪いということになるんですが……」
なるほどそういう温度感なのか、と納得するメルダルツの正面で、街道に膝をついたままのウォルコとファシムが、答弁を続けてくれている。
「いいえ天使様、それはまた別件でございます! あの者の娘を手にかけた凶賊に関しましては、氏素性居所まで、すべて明らめてございます!」
「我ら今より其奴の元へ参りますが、天使様のご威光をお借りするまでもなき相手ゆえ、どうかただただ我らの通行をお見過ごしください」
「なんだ、残念です……どうせならついて行って、代わりに裁いてあげようと思っていましたのに……ではせめてあなたたちの幸運を祈らせてもらいますね?」
「もったいないお言葉に恐縮いたします!」
「重ね重ね無礼をご寛恕いただき、我らもはや地に埋る思いでございます」
徹底的に平伏する二人の様子とオスティリタとのやり取りから、メルダルツもようやく要領を掴んできた。
この女と敵対することが危険なのはもちろんのこと、味方につけたとしても今すぐ教皇庁に全面戦争を仕掛ける羽目になりかねないので、丁重に縁を切って別れる他ないのだ。
二人が礼を尽くしてくれた結果、オスティリタは上機嫌に胸を張って言い置いてくる。
「委細承知しました。面を上げなさい。これで私も忙しい身です、この場はなにもなかったことにしますが、その狂った男にはよくよく言い聞かせておいてくださいね」
「ありがとうございます!」「もちろんでございます」
「よろしい。では……あてどなく彷徨う魂に、いささかでも救いがもたらされますように」
自称天使がいかにも慈愛に満ちた面持ちで、メルダルツに一瞥を残していったのが微妙に腹立つが、とにかく一難が去ったらしいことを、彼も理解せざるを得なかった。
盛大にため息を吐きながら腰を上げるウォルコとファシムに、困惑しながらも声をかける。
「あー……どうやら私も君たちに、礼を述べた方が良さそうだね」
「いや、それよりは反省してほしいかな」
「まったくだ。あれを正面から撃つとは、死に急ぎにも程がある」
そういうわけではないのだが……結果的にこの旅が終わらなかったことを、メルダルツは憎からず思う気持ちを自覚していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます