第434話 でも伊達や酔狂も悪いものじゃないと思うざんす
早くも一人が無力化されてしまったが、始めた喧嘩をやめるわけにもいかない。
極論あとの三人が勝てば、末弟の失態は大目に見られる範囲に納まるのだから。
しかし結論から言うと、それはまったく不可能だった。
「ぬぅん……!」
「あはっ! どうしたの? 弟さんたちが気になるかな? でもそんな余裕ないのは自分でわかってるよね!?」
長男ゾーガンは〈白騎士〉マキシルの苛烈な念動矢の連撃を、依然として危なげなく無傷で凌いでいた。
しかし防戦一方なのは変わらず、反転攻勢に移れる兆しがない。
焦れているのはマキシルも同じようで、ただその意味は異なった。
「うーん……さっきからずっとこの状態だし、そろそろ飽きてきたから、派手にキメちゃおっかな!?」
「くっ、小癪な……!」
「ふふっ、小癪なのはどっちかな? わたしの矢を何度も凌げて偉いねぇ、巨人のおじさん!」
屈辱よりも先んじて、脅威でゾーガンの血の気が引く。その予感は正しかった。
「じゃあ次は、十本同時に行ってみよっか!?」
マキシルの念動弓は構えだけで、弓の形をしているわけではないので、何本でも同時に矢を番えることができる。
軌道や威力を念動で補正しているので、すべてを有効射撃として飛ばせる。
結果、ゾーガンがとっさに築いた氷の城壁は、都合十発の
「ごはあっ!?」
左側頭部は掠る程度で済んだ、直撃なら即死だったかもしれない。
右脇腹と左太腿に風穴が空いたが、どちらも主要な臓器や血管は避けている。
幸運だったわけではない。マキシルがそういうふうに狙って射たから、そうなっただけだとわかる。
「あはっ! どう、おじさん? まだやる?」
「……」
その破壊力と制御力もさることながら、ゾーガンの心を折ったのは、倒れた地面に落ちている、マキシルの矢を見たときだった。
量産品どころか
「いや、やめておこう」
素直に両手を挙げるゾーガンを見て、マキシルはたちまち殺気を消した。
〈四騎士〉が騎士かは微妙なところだが、騎士道精神を持っていることは、どうやら間違いなさそうだった。
「食らえい、神の雷!」
「教会の手先相手に、気安く神を自称しないでほしいざんす」
三男ドーランの固有魔術である、(巨人基準では)小さい黒い雷の砲丸は、着弾すると周囲十メートルほどを吹き飛ばす、速射性にも連射性にも優れるという、なかなか使い勝手の良いものである。
同族である巨人相手にもまあまあ効くので、通常規格の人型魔族に対しても、通ればまずまず倒せるはずなのだ……もちろん通ればの話なのだが。
「ムムッ! ずいぶんと洒落臭い真似をするではないか、さっきから!」
「あらあら、癇に障ってしまったざんすかね」
口調の通りのらりくらりと、〈黒騎士〉ゲオルクは木の葉のように風に乗り、空中に夾雑物を含んだ水の塊を生成しては、黒雷を上手く逸らして避け続けている。
防戦一方なのではない、やろうと思えばできるはずなのに、攻勢に回ってこないのだ。
「これ以上の手抜きは侮辱と見做すぞ! 貴様の全力を見せてくれ!!」
「と言われましても立場上、あんまり手の内を晒すわけにはいかないわけざんす」
「わかる! それはわかるのだが、なんかこう、いかんだろ! 我々もそれで引き下がるわけにはいかんのだ!」
「意外と譲歩できるタイプざんすね、おたく。うーん……確かにアタシも伊達や酔狂を解せぬ男と思われるのは癪ざんす。ここは一丁、趣向を凝らしてみようかねぇ」
ゾクリ……とドーランの背筋に、得体の知れない寒気が走る。
彼はこういう、自分より強い奴を口八丁で煽り立て、その気にさせる瞬間というのが、結構好きだったりする。
たとえ絶対に勝てないとわかっていても、逆鱗を撫でる手を止められないのだ。
これはあくまで怖いもの見たさとか、戦士の矜持的なアレであって、破滅願望とか破滅的なマゾとかではない。はずだ。
かくして
「さあお立ち会い。不肖〈黒騎士〉のささやかな技の一端をば、見せ物用にわかりやすく表示いたしますので、できるものなら対応し、もろとも踊っていただきとうござんす」
「合点承知!!」
即座に答えたドーランは、戦士の作法を参照し、固有魔術を
「気の早いお客様ざんす」
ゲオルクが動かす指先一つで、地面から巨大な土壁が迫り上がり、万雷のすべてをシャットアウトした。
崩れ落ちる防塁の向こう側に現れた道化師の両頬には、先ほどまではなかった、土属性を意味するダイヤのスートが表示されている。
なるほどすこぶるわかりやすいと、ドーランは自分でも内訳のわからない、笑いを含んだ息を吐き出した。
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