第435話 お前ら口数が多すぎる、黙って任務を遂行しろ

 スートがスペードに変わった。ゲオルクの両掌を砲口とし、暴風が吹き荒れる。


「ふんっ! なんのこれしき!」


 ドーランは一歩も退かず仁王立ちで耐えてみせるが、すぐさまスートが変わる……いや、増えた。風を意味するスペードの隣に、火を意味するクラブが並んだのだ。


「ガフッ……!」


 風は熱風となり、ドーランの巨躯を余さず炙ってくる。それも生半な気勢ではない。眼球が焼かれて一時なにも見えなくなる。再生までの数秒で命を獲られかねない。一か八か、最大威力で雷の魔術を放つと同時に、ドーランの顔を冷たい感触が襲った。


「おう!?」

「あっ」


 ゲオルクの間の抜けた声が、自滅感電を食らう轟音の合間に聞こえた気がした。

 気のせいではなかったようで、自分の肉が焦げた悪臭の中で、ドーランが再生の終わった眼を開けると、仰ぐ青空の真ん中に、道化が飛来し弁解してくる。


「ごめんなすって……今のは純粋に、この熱さではさすがに降参だろうと思って、水をかけてやるだけのつもりだったざんす」

「フフ、なるほど……つまり今のは俺が間抜けブッこいただけだったか……」


 締まらない決着だが、どの道結果は変わらない。ドーランは呟くように宣言した。


「俺の負けだ……」

「素直で助かるざんす」


 というよりもはやドーランの中で、自分の体面だの矜持だのは、完全に関心の外に追いやられていた。

 水を意味するハートのスートを、道化は両頬から消しているところだ。


 固有魔術の類別に属性混合型や分類不能型といったサブカテゴリが存在するように、複数属性の魔力を生得する者は、そこまで珍しいわけではない。

 だがいわゆる四大元素すべてを操り、なおかつ四つすべてをそれぞれ極め、それらを自在に組み合わせることができるなら、なるほど彼は一義的な最強の一角に、名を連ねるに相応しいだろう。


 全霊による敬意の帰趨として、ドーランは一つの結論に至った。


「ゲオルク・モルク、俺は今日から貴様を兄の一人として慕わせてもらう!」

「えぇ……それはちょっと……ていうかあんたアタシより七十くらい年上のはずじゃ……」

「なんだ貴様、ノリが良いのか悪いのかわからんな!? 細かいことはいいだろう! 年上の弟分というのもなかなか唆らないか!?」

「いや、微塵も……そんな年上の義妹みたいなノリで言われても……」

「年上の義妹には興奮するということか!?」

「アタシなんか言質取られました!?」

「俺は貴様を黒兄貴と呼ぶが構わんな!?」

「もしかしてそれ交換条件ざんす!?」


 やはりまだまだ世界には見知らぬ強者が溢れている。そのことがはっきりしただけでも、ドーランにとっては収穫があった。



 あれよと言う間に敗けていく兄と弟たちを、次男ボーエンはなすすべなく見ているしかなかった。

 そして再三確認しているように、最初から乗り気ではなかったからといって、勝手に喧嘩をやめるわけにもいかない。

 半ば義務的に己を奮い立たせ、ボーエンは四兄弟随一を誇る巨躯で、せめてもの好戦的な態度を示してみる。


「なんだなんだ……カラクリが読めてきたよ。天下の〈四騎士〉といっても魔術や魔力が優れているだけで、結局のところ純粋な肉体同士のぶつかり合いじゃ、俺たち巨人族にどうやったって勝てないんだね。そりゃまあ見ればわかるけどさ、正直ちょっと拍子抜け感はあるかな」


 言ってしまってから、ボーエンは後悔した。やはり慣れないことはするものではない。悪党を演じたつもりが、これではまるきり噛ませ犬そのものではないか。

 必然的に最後に残った〈青騎士〉が、しかしその安い挑発に応えてくれる。


『なるほど、そいつは一理ある』


 口の形で言葉少なに語るなり、死を司るという第四の騎士は、そっと一歩を踏み出した。

 歩みはやがて疾駆となり、一キロ空いた距離を一気に詰めてくる。


 それはいいのだが……これは単なる遠近法か? いや、違う……グライド平野に足跡を落とすごとに、〈青騎士〉の概形は目に見えて膨らんでいっている!


「……!?」


 ついに至近へ肉薄し、ボーエンと視線が合うに際して、〈青騎士〉はもはや用を為さなくなった、黒いローブを投げ捨てて、その全貌を露わにした。


 超強度の拡張活性により元の十倍以上、ボーエンとほぼ同じ十七メートルほどの巨躯と化した〈青騎士〉は、服のすべてがズタズタに破れ散った全裸である。

 垣間見た顔から、おっさんであることはわかっていたので、そこにロマンはない。


 ただし変貌能力を併用したのか、得体の知れない獣の姿をしている上に、地中の粘土質を多分に吸収したようで、元の毛色のわからない、青緑に染まっている。

 この世に存在しない怪物と化した〈青騎士〉は、その異形に似つかわしくない伶俐な双眸でまっすぐに見つめてきたかと思うと、まるで友達にするように対等な態度で、ボーエンの右肩に左手を置いてくる。


「これでいいか?」

「あ……は、はい」


 答えを聞いて満足したようで、〈青騎士〉は右の拳骨を振りかぶる。

 それがはっきり見えていてなお、肩を押さえてくる左手のパワーゆえ、ボーエンは避けることも受けることもできなかった。


 左頬を強かに打擲されたボーエンの、視界が次に安定したとき、青騎士の体は縮んでいる。いや、そうじゃない、まだクソデカペイルビーストのままだ。

 ボーエン自身がアホみたいに吹っ飛んだせいで、今度こそただの遠近法で小さく見えるだけなのだと、理解が及んだ次の瞬間には、彼の意識は混濁の中に沈んでいった。

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