第433話 伊達や酔狂で最強名乗ってやしねぇよ

「ぐはっ」


 たまらず吹き出し飛び起きた、巨人の四男ゴーケンが、勢いそのまま気炎を吐いた。


「ぐははははは! なんだ、あっちにもずいぶん生きの良い奴がいるじゃねえかよ!? 大兄者、あいつは俺に任せてくれよ!」

「構わんが……」


 そして向こうでも似たようなやり取りがなされているようだった。


「ブハハハハ! どうやら俺と同じくれぇ元気な奴がいるようだな! おい黒いの! あいつは俺に譲ってくれるよな!?」

『構わないざんす。でも色で呼ばないでおくんなまし』


 答えをまったく聞いていないようで、赤いのは一方的に要求している。


「おい黒いの、剣を作って寄越せ! なるべくデカくて頑丈なやつだ!」

『やれやれ、しょうがないざんすね……』


〈黒騎士〉が地面に触れもせず、片手でなにかを持ち上げるような仕草をすると、土中から鈍色の鉄剣らしきものが生えてきた。

 それはいいのだが、どんどん伸びて止まらない。


 最終的に〈赤騎士〉の背丈を遥かに超える、五メートルほどのものが錬成された。

〈赤騎士〉の態度の悪さに〈黒騎士〉が灸を据えたのかと思いきや、〈赤騎士〉は満足そうに頷いている。


 こちらではそれを見て、四男ゴーケンが長男ゾーガンに強請していた。


「おおっ、いいね! 大兄者、俺にもああいうのを作ってくれよ!」

「仕方がないな……」


 やはり末弟にはどうしても甘くなるようで、ゾーガンは〈白騎士〉との交戦の片手間で、「ああいうの」との注文通り、ほぼ同じ規格の剣を、鉄のように硬い氷で生成してやっている。

 ゴーケンの体格からすると、振り回しやすい鉈くらいのサイズ感になる。


 それを見た〈赤騎士〉は尻込みするどころか、ますます調子を上げて叫んだ。


「ブハハハハ! 剣の象徴を負うこの俺に対し、剣で挑むとは良い度胸だな!?」

「こっちの台詞だ! 見栄を張るのは結構だが、なんだ貴様、その大剣を振れるのか!? 相当な曲技を見せてくれると考えて良いんだろうな!?」

「ああ、振れるとも……お望み通り、俺なりの曲技を見せてやるぜ!」


 言うが早いか〈赤騎士〉は、小さめの塔ほどの高さにある鉄剣の柄頭に、跳躍一つで乗り上がり、ゴーケンたちのいる前方へ、体重をかけて巨剣を傾けた。

 切っ先が地面から抜けて剣身が半回転し、頂上に到達するときには、〈赤騎士〉は柄頭にしがみついたまま、両足で地面を押してさらなる推進力を得る。

 その繰り返しで、車輪のように縦に転がる巨剣はどんどん勢いを得て、デカマロン兄弟に迫りつつある。


「おおっ、すげえな! 遠心力ってやつか!?」

「弟よ、あれはきっと振り子運動とかいうアレの為せる業なのだろう!」

「いやいやいや、おかしいでしょ、なんだあの動き……」


 なぜか弟二人は力学法則を利用した謎技術だと思っているようだが、どう見ても地面を蹴る瞬間、剣の全重量が〈赤騎士〉にのしかかっている。

 カラクリどうこうという話ではない。〈赤騎士〉はなんならあの剣を抱えて走ることもできるだろうに、わざわざ意味不明な移動方法を選択しているだけなのだ。


「ふんぬっ!!」


 それが証拠に終点で、ひときわ強烈に踏ん張った赤騎士は、体ごと剣を斜め上前方へ投げ出す形で、ゴーケンに大上段の構えで斬りかかった。

 回転運動の速度が乗ったその鉄剣を、氷剣で正面から受け止めるゴーケン。

 彼自身と氷剣はともかく、その威力を伝播される形で踏みしめられた地面の方が耐えられず、案の定と言うべきか地盤沈下が起こり、形成された大穴に、ゴーケンとヴァレリアンは仲良く落ちていく。


 次男ボーエン、そして三男ドーランも、嫌な予感がして少し前に離れていたのだが、言い換えれば二人とも、末弟の腕っ節をまったく心配していないということでもある。

 先ほどボーエンが考えていたように、通常規格の人型魔族にとっては大空洞でも、何倍も体の大きな者にとっては、ちょっとした落とし穴に過ぎないのだ。


 事実、足元が幅・深さともに十メートルほど陥没したにも関わらず、ゴーケンは少し体勢を崩した程度で済んでいる。

 一方、全体重をかけた一撃を放ったばかりのヴァレリアンは、まだ穴の底に着地していない、空中で無防備な状態にある。


「構えろゴーケン!!」


 しかしボーエンは、長兄ゾーガンが放った叱咤を耳にし、ようやく背筋に寒気を覚えた。


「ん……?」


 当のゴーケンはまだ、なぜ自分の体が右へ傾いていくのかがわかっていない。

 ヴァレリアンが穴の底へ到達する寸前に、体躯に合わぬ巨剣を横薙ぎに振り抜いて、ゴーケンの右脚を見事に切断したのだが、その痛みがまだ追いついていないのだ。


 穴の底へ背中から落ちたヴァレリアンは、血みどろとなった巨剣を手繰り寄せ、切っ先を上にし柱のように立てている。

 うつ伏せに倒れ込んでくるゾーガンが、その上に覆い被さるような位置取りで。


「ひゅっ」


 幸い刺し貫かれたのは右の肩口だったが、ゾーガンは音を立てて息を吸い込んだ後、押し寄せてくる状況理解への苦情を吐き出した。


「いっ……てぇぇぇぇええ!? あだ、か、肩……脚ぃぃいい!? いででで、ダメだこれ、自重で抜けねえ!」

「ブハハハハハ!! ザマァねぇぜデカブツが! ハイッ! でぇーきぃーたぁ、でぇーきぃたぁ! 巨ー人さんのぉ落とし穴ぁ!!」


 指揮者のように手を振って囃し立てるヴァレリアンと、重傷ゆえ再生がなかなか始まらず切歯扼腕するゴーケンの間には、ざっくり五百倍ほどの体重差がある。

 上手く勢いをつけたり隙を突いたりしていたが、本来はそもそもそんなことは関係なく、この体格差で切った張った自体が成立するわけがないのだ。


 ヴァレリアンがゴーケンの五百倍以上の筋骨密度を有している……というのは、いくらなんでも考えにくい。

 それよりもゴーケンがその体格差を帳消しにするほどの、精強な身体強化・運動強化の魔術を使えると考える方が自然だろう。


 肉体とは違い、魔力の出力に上限はない。

 実際ゴーケンの方も、重力系の魔術で十倍程度は強化しているはずなのだ。


 つまりヴァレリアンはその五千倍の差を埋めうる水準の魔力出力を誇っていることになる。

 あとは簡単だ。パワーもスピードも同程度なら、見通しも小回りも利きやすい、小柄な方が勝つだろう。地盤沈下でできた穴の底という、狭い場所ならなおさらだ。


 ジュナス教最高戦力という肩書きを、文字通りの意味で真剣に捉えていたのは、デカマロン兄弟の中では、どうやら長男ゾーガン一人だけだったようだと、ボーエンは遅ればせながら気づかされることになった。

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