第432話〈四騎士〉もまた並び立てり

「いってぇぇぇぁぁぁぁ!? なんなんだよちくしょう、まだ名乗り上げてる最中だっただろうが!? これが! ジュナス教会の! 栄えある〈四騎士〉様のやり方かぁぁぁぁ!?」


 身長約十五メートル、体重五十トンはあるゴーケンが、一撃で体勢を崩され、もんどりうって倒れたことにはかなり肝が冷えたが、末弟がわりと余裕そうに叫んでいるのを聞いて、兄三人はひそかに胸を撫で下ろした。


 ボーエンは遠見の力で、依然一キロほど先にいる敵の把握に努めた。

 今、〈青騎士〉の両脇には二人の男がいる。向かって右の細身の男は、目元に黒い天秤の刺青……こいつは〈黒騎士〉だ。向かって左の筋肉質な男は、右頬に赤い剣の刺青……こいつは〈赤騎士〉で間違いない。


 ではあと一人、〈白騎士〉はどこにいるのかといえば、〈青騎士〉のわずか数メートル後ろにしゃがんでいる、射手の姿を認めることができた。

 だだっ広く開けた平野で、周囲にも岩山や樹木があるわけでもないので、狙撃の可能性などまったく考慮していなかったが、同僚を遮蔽物としてくるとは思わなかった。


 しかし一瞥した限りでは、ゴーケンの肩口は不自然な角度で大きく抉れていた(もちろん巨人にも再生能力はあるので、生存にも継戦にも問題はない)ので、ただの弓矢ではなく魔術で威力と軌道を補正しているのは間違いない。

 不意打ちも二度目は意味がないと判断したようで、〈青騎士〉が脇へ退いたことで、ボーエンは〈白騎士〉の姿をはっきりと視認する。


 ライム色の髪に褐色の肌、髪の間から覗く尖った耳。種族は闇森精ダークエルフでまず間違いない。

 修道士を思わせる真っ白いフード付きチュニックに包まれた体は華奢で、意外なほど幼い顔つきをした女だ。


 闇森精ダークエルフといえばクールでニヒル、という勝手なイメージがボーエンの中にもあったのだが、〈白騎士〉はそれを裏切る大きくつぶらな眼をしている。

 ただし黒目が白、白目が黒と、色が反転しており、その冷たく美しい容貌が浮かべる無邪気な笑みは、殊更に酷薄にすら感じられるものである。


 こちらはアホ筋肉の巨人たちなので、あちらへ肉声を届かせられたが、あちらはそうはいかないようで、〈白騎士〉が呟いた口の動きを、ボーエンが勝手に読み取ることになる。


『あはっ、すごいじゃん! 消し飛ばすつもりで撃ったのに、全然効いてない!』


 ……結果的には撃たれたのがゴーケンで良かったのかもしれない。彼は固有魔術が重力系なので、とっさに反応して矢の威力を減殺できたはずだ。そうでなければ、開幕早々一人を失っていてもおかしくなかった。


〈白騎士〉は早くも二の矢を取り出している。よく見ると彼女は矢筒こそ背負っているものの、弓らしきものを所持している様子がない。

 どうしているのかと訝っていると、彼女は美しい所作で、空の手元につがえて引いて、弓の狙いを絞り込む。


 彼女の体格はどう見ても普通の成年女性相当でしかない。仮に筋密度が普通の何倍だろうと、巨人を穿ち叩きのめす弓を、膂力で引けるわけがないのだ。

 結論としては強大な魔力による、強大な念動力によって、何人張りかもわからぬ強弓に匹敵する、馬鹿丸出しの馬力で矢を射ていることになる。


「つ……次が来る!」


 状況報告というより、ほとんど恐怖によって叫ばされているボーエンの肩を、力強く叩くのは、頼れる兄の手だ。


「任せろ!」


 もはや矢である意味があるかも微妙な、衝撃波の塊が直撃したのは、長男ゾーガンが一瞬で生成した、氷の城の土手っ腹だった。

 地面から引いた莫大な水を緊密に凍らせ、鋼鉄以上の強度に固めて、高さ二十メートル以上の防壁に仕上げたのだ。


 圧し折れ砕けた矢の先端は、厚みの半ばまで及んではいるが、危なげなく凌いだその力量に、〈白騎士〉も感嘆したようだ。

 元々大きな白黒の眼を、さらにカッ開いて微笑んでいて怖い。


 彼女のまっすぐに切り揃えた前髪が乱れて、額に刻まれた白い冠型の刺青が垣間見えた。

 表情までは見えずとも、殺気は感じているのだろう、ゾーガンはどちらかというと呆れた様子で宣言した。


「やれやれ、あれは猛獣だな。俺が相手をしよう、この距離でも発動前兆くらいはわかる」

「頼んだよ、兄ちゃん! あっちもすでにその気みたいだ!」


 自分の体も念動力で操れるようで、〈白騎士〉が宙に浮いて、真横へ滑るように移動していく。

 その眼はまっすぐにゾーガンを見ているのがボーエンにもわかる。

 彼女が一騎打ちのため離れたことで、〈赤騎士〉と〈黒騎士〉も動き出す。


「ブハハハハハ! なぁゲオルクよ!? 俺たち〈四騎士〉が、こうして揃って戦うのは、いつ以来だろうなぁ!?」


 巨人のデカマロン兄弟に劣らぬ大音声で、〈赤騎士〉が発奮を見せている。

 ギシギシに傷んだ長い紫色の髪を荒々しく伸ばした、上半身裸で筋骨隆々の、身長二百センチほどの厳つい男だ。

 血のように真っ赤な眼には闘志が満ち溢れている。


『さぁ、いつだった(語尾が不明瞭)……確か十年前の(発言内容が不明瞭)……』


 ゾーガンは読唇精度には結構自信があるのだが、明朗快活な〈赤騎士〉とは対照的に、彼に肩を組まれて迷惑そうにしている〈黒騎士〉の言葉はいまいち読みづらい。

〈赤騎士〉はともかく〈黒騎士〉はかなりガリガリなので、〈白騎士〉と同じ魔術タイプと見ていいだろう。


 そしてなにやら〈赤騎士〉が〈黒騎士〉に絡んでいると思ったら、先ほどの作法を返す気になったようで、前者は肉声で、後者は口の動きで名乗りを上げた。


「我らジュナス様麾下の〈四騎士〉もまた並び立てり! 我こそ〈赤騎士〉ヴァレリアン・ヴァレンタイン!」

『我こそ〈黒騎士〉ゲオルク・モルク……』


 次の瞬間、ボーエンの真ん前に満面の笑みが現れて、律儀に同僚たちに準じた。


「我こそ〈白騎士〉マキシル・リクタフトゥ! えへへ、ちなみに近接戦闘は……」


 兄の援護で彼女が追い払われるまで、ボーエンは恐怖で凍りついてまったく反応できなかった。

 慌てて回避したマキシルは、空中で旋回しながら弁解を風に乗せて寄越す。


「……滅法弱いって言おうとしたのにー!」


 そして我に返ったボーエンが、一キロ向こうへ焦点を戻すと、黒いフードを左へ引っ張り、不適な笑みを浮かべた左頬と、そこへ刻まれた青い髑髏の刺青を垣間見せ、最低限の自己紹介を口遊む男がいた。


『我こそ〈青騎士〉、名前はない。ただ御役目に徹するのみ』


 わかってはいたつもりだったが、こいつら一筋縄ではいきそうにない。

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