当代〈四騎士〉一堂に会す

第428話 あんなのばかりではないはずだ

 イリャヒが視線を向けると、オノリーヌは鼻をヒクつかせながら、チラチラと周囲を見回して言った。


「ここにいる若い職員の皆さんは、ミマールサ様の……親戚? かなにかだったりするのでしょうか?」

「「……!」」


 アクエリカとミマールサの様子が変わった。なにか触れてはいけないところに触れた感じだ。


「そう……気づいてしまったのね、オノリーヌ……」

「仕方ないねぇ……じゃあ特別に、理由を教えてあげようねぇ……」


 そうして二人はおもむろに立ち上がり、戸惑うオノリーヌに両脇からにじり寄ったかと思うと、二人して彼女に襲いかかり……抱きついて頬擦りし始めた。


「こ〜ういうことをしてるからなのよ〜、彼女たちの匂いが似てるというか、混ざっているように、あなたが感じたのは〜!」

「!? !? !!?!!!???」

「ていうかねぇ、もっと密な関係になっちゃってるんだよねぇ♡ あたしオノリーヌちゃんともそういう関係になりたいなぁ♡」

「えっ!? ちょ……し、しかし、ジュナス教会は貞淑を旨とし、未婚の姦淫は法度で……」


 普段束ねている髪を勝手に解かれて振り乱し、顔を真っ赤にして取り乱すオノリーヌの様子は、結構珍しいので静観してしまうイリャヒだったが、リュージュも同様だった。

 一方ミマールサはオノリーヌの体をベタベタと無造作に触りながら、甘い息を吐いている。


「はぁぁ〜、なぁに硬いこと言ってるのかなぁこの子はぁ? もしかして、知らないのかなぁ? かわいい男の子やかわいい女の子とぉ、いやらしいことをするとぉ、とぉっても気持ちいいんだよぉ♡ それに強要してるわけじゃないのぉ、夜中あたしの執務室へ来て、そういう意思を明示した子とだけ、そういうことをしてるんだよぉ♡ だから罪にはならないのぉ♡」

「いやそれは未成年相手だとどうかと思いますけどね〜」

「エリカちゃんなんで今突き放すのぉ!?」

「だってわたくしは口先だけで実際に手は出してませんもの?うわ、マジでやっちゃうとか、引くわ〜このエロ女……美少年や美少女を愛でるのは妄想の中だけにしておきなさいな、わたくしはそうしています」

「エリカちゃんほんと重要な場面で絶対裏切るのなんなの!? ひどくない!?」


 変態同士が揉め始めた隙を突いて、イリャヒとリュージュは硬直しているオノリーヌを素早く回収し、礼拝堂からの脱出を図った。


「では我々はちびっ子たちを待たせておりますので、これで失礼します」

「あぁっ!? 行かないでぇ!? 外の子たちにも興味はあるけどぉ、あなたたち三人もあたしの対象内なんだよぉ!? うちのスタッフにして、お姉さんが毎晩かわいがってあげるよぉ!? 三食おやつとお昼寝とドスケベ付きだよぉ!?」

「ドスケベだけいらないんですよね……」


 必死だ。怖い。涎を垂らしている。なまじ顔がかわいいままなだけに、露わになった本性をよりエグく感じる。

 アクエリカが責任を持って殿しんがりを務めてくれるようで、閉じた扉の向こうから二人のやり取りが聞こえてくる。


「ダメよミマールサ、あの子たち身持ちが硬いんだから。わたくしが試してみても、一人を除いて誰も落ちなかったの。その一人のときも、いいところでメリーちゃんに邪魔されちゃいましたし」

「やってんじゃん、試してんじゃん!? エリカちゃんはさぁ、メロメロにしといて放置するのがほんと性質たち悪いよねぇ!? この街にはまだ何人か、エリカちゃんに骨抜きにされたままの生ける屍が彷徨ってるよぉ!?」

「知らないわよそんなの、あなたが適当に処理しておきなさいな」

「なんであたしに投げるの!? やだよ、関わりたくないよぉ! あたしは美少年・美少女専門なの!」


 ひどい。ほんとひどい。さっさと退散しようとしたが、気配を感じて振り向くと、見送りに出てきたらしい、ミマールサの部下たちと視線が合う。

 確かによく見ると、見目麗しい若い……ともすれば幼い男女で構成されていて、ひそやかに話しかけてくる。


「あの……最後に一つだけよろしいか?」

「なんでしょう?」


 イリャヒが返事をすると、彼らは恍惚の笑みで口々に言った。


「こっちの水は♡」「甘いですよ♡」「いつでもどうぞ♡」「歓迎します♡」

「やかましいわ! 甘ったるさで鼻が限界だ、早くこの淫乱御殿からお暇するのだよ!」


 ついにキレたオノリーヌを先頭に走り抜け、ようやく吸った外の空気を、やけに新鮮に感じる。

 しかし肝心のちびっ子三人の姿が、教会の前から忽然と消えていた。

 ブラコンとシスコンが騒ぎ出す前に、唯一冷静なリュージュの袖から、青い有翼の蛇が滑り出る。


『三人は会敵したので、捕物の指示を与えました。でも相手が相手なので、たぶん逃げられるでしょうね。合流地点は伝えています、彼らはそこへ向かうはずだから、あなたたちはわたくしが出てくるのを待って、一緒に向かいましょうね』


 そういえばそもそもアクエリカがここへ来た目的は、二日後に開かれるという、聖女同士の集まりについて確認するためだったはずだ。

 イリャヒの言いたいことを、オノリーヌとリュージュが代弁してくれる。


「あんなのがたむろしまくっている場所に、絶対近寄りたくないのだよ……」

「あんなのとか言うでない……あんな……いや、あんなのでいいか……」


 あんなのばかりではないはずだ。というかそうだとは思いたくなかった。

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