第427話〈黒〉の追憶、その先へ

 ジュナス教会現行最高戦力〈四騎士〉の一角を担う〈黒騎士〉ゲオルク・モルクは、それなりに特異な出自を持ちながら、元は潜入工作を得意とする、平凡な祓魔官エクソシストだったとジュナスは聞いている。

 実際初めて会った十六年前のミレインにおいて、ジュナスはゲオルクをただの道化師ピエロとしてしか認識していなかった。


 当時ゲオルクが所属していたサーカス団は、異端邪教の疑いあり、身分を偽った彼が内偵に当たっていたのだ。

 結局ただのサーカス団とわかり、平和裏に任を解かれたゲオルクだったが、ジュナスは彼の魔力が持つに眼をつけて、以後たびたび気に掛けることになった。

 とはいえ彼がここまでジュナスへの忠誠を育み、同時に〈黒騎士〉に任命されるほどの魔術師に仕上がるとまでは、さすがに予測していなかったのだ。


〈四騎士〉は基本的に教皇直属であり、その御身を守ること、またその命令で障害を排除するなどを主務としている。

 だが当代の〈四騎士〉は一人残らず、受肉したジュナス自身をその上にいただき、心がそこにあることを明言してくれている。


 それは素直にありがたいのだが、なにせ四人が四人とも癖の強い連中なのが玉に瑕である。

 もちろんそれは、このゲオルクも例外ではない。


「そんでまたてめぇは色んな役柄キャラりすぎて、自分本来の性格を忘れてやがるな。なんだその妙な口調、お前は根本的にどこへ向かってんだよ」

「最近できた〈水〉の役柄キャラざんす。我ながら大変良うござんす」

「良うござんせんっつってんだよ」

「そうざんすかね。アタシとしては適度に女性的な印象を得られて、ちょうどいいざんすけどね」


 尖った顎を長い指で挟んで、困惑の表情を浮かべるゲオルク。

 確かにこいつの細面には、お高く止まったその物腰が、不思議と違和感なく馴染む。

 色男め、さぞかし行く先々でモテるだろうと、ジュナスはひとまずやっかみ光線を送っておくことにする。


「やめておくんなまし。あなたがやるとなんか効果ありそうざんす」

「俺様の名の下に命ず、てめぇは金輪際女と関わんな」

「業務に支障が出るざんす」

「そうだ、思い出した! お前の素の口調が誰かに似てると思ってたんだが、あいつだ、〈苺の聖女〉ミマールサ! てめぇあのかわい子ちゃんとどういう関係なんだよ!?」

「えぇ……ていうかかわい子ちゃんて……」


 端正な顔を歪めるゲオルクだが、ジュナスは追及を緩めない。


「なんで普通に引いてんだよ、傷つくだろ!? お前があいつの口調を真似してるってことはよぉ!? 外国語を学ぶには外国の異性と恋仲になるのが一番的なアレってことでいいのか!?」

「さっからなににキレてんですかジュナス様。逆逆、逆ざんすよ。十……何年前だったかな、彼女がアタシの部下だったことがありまして。そんときにちょっと影響といいますか、薫陶というか、そういうのを与えちゃったみたいでしてね。いまだに彼女はアタシの口調を真似っこしてるみたいなんです、かわいいざんしょ」

「位置が逆ってことか!?」

「これ以上の誤解を招かないように言っておきますけども、ミマールサは年上が完全に恋愛対象外ざんす。アタシの方も九つ年下は気が引けて無理ざんすかね」

「しょうがねぇ、無罪ってことにしてやる」

「なんで今アタシは裁かれそうになってたのかなぁ、よくわかんないねぇ……」

「それ! 今ちょっと〈苺〉が出てたぞお前!」

「だから逆ざんす、アタシの〈風〉の役柄キャラをミマールサが模倣してるざんす。口調狩りやめてほしいざんす、自由に喋りたいざんす」


 よよよ、と泣き真似をする手の陰で、ゲオルクが微笑んでいるのがわかる。

 やはりすっぴんにさせておいてよかった。顔で笑って心で泣いて……では、せっかくの側近の心情を推し量れない。

 ただでさえこいつは懐が深く、ジュナスであっても底が見えにくいのだから。


「ともあれ、久しぶりにお会いできて嬉しい限りざんす、御方おんかた

「おう。まぁそう畏まんな、別にたまたま見かけたから絡んでみたってわけでもねぇ。ちゃんと用件があるから、ゲオルク、他でもないお前を探してたんだよ」

「なーんか嫌な予感がするざんすねぇ……」

「お前あれだぞ、会社で言うと社長のさらに上からの特命だからなこれ」

「名誉以上の圧を感じてならないざんす」

「気づいてるか? 来てるんだよ、がこの街に」


 複数の心当たりがあるようで、ゲオルクは考え込んだ後で言った。


「あなた様のお好きな順序で話してくださればよろしいざんす」

「心得たもんだ。良いニュースと悪いニュースどっちから聞く?」

「えぇ……じゃあ良いニュースからで」

「あー、お前もしかして覚えてねぇかな? 俺とお前が出会った十六年前のことなんだが」

「それならはっきり覚えてるざんす。そういえばあのお帽子はどうされたんざんしょ?」

「あれな、俺様のご尊顔の視認性が悪くなるから、あれからすぐやめたわ。んなこたどうでもいいんだよ。いただろ、五歳くれぇの黒髪の、こしゃまっくれた質問してくるガキがよ」


 ゲオルクの見開いた双眸を前に、ジュナスは気付きを得た。

 なんの因果か、あのガキとこいつは、眼の色がそっくりな黒なのだ。


「もしかして……あのときのあの子が、今?」

「あぁ。しかも祓魔官エクソシストだ」

「大成……したざんす?」

「それなりにな」

「それはまたなんとも、喜ばしい……」

「でよ、俺ぁ驚いたんだが、あいつ固有魔術が炎熱系なんだよ」

「はぁ……まぁ最近は爆裂系が発現する子が多いみたいざんすからね」

「そうじゃなくてよ。偶然ってのはあるもんだな。あいつ当時お前がってた〈火〉の役柄キャラを、そっくり仮面に拵えて、きっちり全うしてやがる。俺ぁこの依代からだだ、ガキなんざ作れねぇわけだが、今頃になってそのことを少し悔やんだね。それくれぇ立派になってやがった」


 いかにも冷血そうな顔をしているこの男でも、感じ入ることはあるらしい。

 絶句したまま眼を閉じて天を仰ぐゲオルクを、ジュナスは見るともなしに言葉を続けた。


「お前も罪な男だね、結構行く先々で、ガキどもの脳味噌を焼いてんじゃねぇか」

他者ひと聞きが悪いにも程があるざんす。だいたいあのときはあなたがアタシとあの子を無理矢理引き合わせてたざんしょ」

「いいだろ別に。お前が俺に女を引き合わせてくれてる礼だよ。そのわりにお前が俺に引き合わせる女がしょっちゅうお前に惚れてて、そのたびに俺は脳を破壊されてるんだけどな!」

「貴重な依代からだなのですからもっとお大事に。というか性欲あるんだかないんだかわからない依代からだのくせに、なにをハッスルするのですかあなたは」

「それ! ちょうどその喋り方なんだよ、あいつは!」

「フフ……アタシなんかに影響されちゃダメだって、今度その子に言ってあげてくださいな」


 やはりすっぴんにさせておいて良かった。このゲオルクからガキのように素直な、力の抜けた笑みを引き出すのは、この通りジュナスであっても、なかなか骨が折れるのだ。

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