第426話 聖女の聖女たるゆえん

「大丈夫よ〜イリャヒ、こっちのお話はすぐに終わりますからね〜。そうしたら外の子たちを回収して、さっきのお店でお昼ごはんを食べて、それから議場に戻りましょうね〜」

「ありがとうございます、恐縮です」


 そわそわ心配する様子が態度に表れていたのだろう、イリャヒは己の未熟さを反省する。

 こんな上の空では、お茶を出してくれているミマールサと、彼女の部下たちに申し訳ない。


 イリャヒができる限り味わってお茶をいただくと、リュージュとオノリーヌもそれに倣ってくれる。

 三人の様子をニコニコしながら見守っていたミマールサは、なんの話をしていたか思い出そうとしているようで、難しい顔になって自分のこめかみをぐりぐりしている。


「えーっとねぇ、なんだったっけ……そうだ。つまり問題はねぇ、あたしたち慶咲精リャナンシーの『才能を授ける』っていう特質なんだよねぇ。

 たとえば芸術方面だけに絞って考えてみてもねぇ、古い言い方で言う『創造の霊感』ってやつをねぇ、自在にやり取りできちゃったらまずいよねぇ。

 曲がりなりにも成り立っている文明社会の、無視できない構成要素の一つである『芸術』ってやつが、完全に外部要因によって統制される運びになっちゃうわけなんだから。

 命懸けましたぁ、寿命削りましたぁ、だからなんでも許されまぁす、っていうインチキおじさんたち自身はズルして勝って満足なのかもしれないけどさぁ、普通に真面目にやってる他の芸術家さんたちはたまったもんじゃないよねぇ。

 詩や歌の世界は芸の肥やしで片付けられる域を遥かに超えた狂気が蔓延し、舞踊や演劇は苛烈なほどにヒステリックでサイケデリック。

 絵や彫刻に値段が付けられないよぉ、困るのは怪盗さんだけじゃないよねぇ。インチキおじさんたちを皆殺しにするのはまあいいとして、それだけじゃどうにもならない。元を絶たなきゃ……つまり彼らにズルを与えてる慶咲精リャナンシーたちを一掃しないと、どうにも文化破壊が止まらないわけなんだよねぇ」

「実際にそういう時期がここゾーラでも、人間時代にあったそうよ。芸術の域に留めてもその惨事なの。その種族性質を拡張するタイプの固有魔術が、あらゆる才能……特に戦闘能力方面に及んだら、どうなるかは想像に難くないわね?」

「つまり、下手すれば……『他者の固有魔術をやり取りできる固有魔術』みたいなものが発現したり?」

「さすがにそこまでヤバい子を輩出しちゃったのは、一人か二人と伝わってるけどねぇ。でもその一人二人が、魔王レベルに化けちゃったんだぁ。これはちょっと歴史の闇に葬られてるっぽいからぁ、あたしも詳しくは知らないのぉ。ごめんねぇ」

「というかね、そもそも芸術の域に絞ったとしても、百歩譲って他を許すとしても、『演劇』だけは別の理由でかなりまずいのよね。

 あなたたちもよく知る例の事件で取り沙汰された〈劇団〉が、なぜ〈永久の産褥〉と対となる、〈刹那の棺箱〉などという大仰な通称を与えられたのか?

 文化破壊が行われた人間時代に、『演技の才能』だけはやたら高価で売られていたのだけど、それはなぜか?

 わたくしたち魔族にとって、芝居というのは単なる娯楽や詐術の域には留まらないのだけどそれはなぜか?

 この三つの問いに共通する、ごく単純な解を導き出せるのだけど、わかるかしら?」

「せっかくの小旅行なのに、急に宿題を出さないでください」

「ふふ、そう言わずに。魔力や魔術について、これまでわかっていることを勘案すれば、そう難しくはないのよ」


 ともかく慶咲精リャナンシーの潜在能力を知って、イリャヒたちが身構えるのを感じたのか、ミマールサは穏やかに苦笑する。


「でも大丈夫だよぉ。あたしの固有魔術はぁ、才能を与えも奪いもしないからぁ。ただ見えるだけなのぉ。芸術だけじゃないよぉ、魔術だけじゃないよぉ。相手の持つあらゆる才能とその開花度合が、あたしの眼には映るんだぁ」

「ミマールサの固有魔術は〈天稟目録タレントリスト〉。エルネヴァの〈技能目録スキルリスト〉とは、似ているようでいて、かなり毛色が違うわね」

「なんとなくわかると思うけどぉ、これはこれで結構ヤバめの能力ではあるんだよねぇ。

 だからみんなにいっぱい振る舞いまぁすってわけにはいかなくて、自分の天職ってなんなのかなぁってすごぉく迷ってる人とかぁ、他所から来て働きたいけどなにしようかなぁって人とかぁ、本当に必要としてる感じの人にだけ紹介されて、あたしのとこに来てくれる仕組みになってるんだぁ。うふふぅ、占い師だとしたら、すごぉく高級志向だよねぇ」

「あなたもいちおう聖職者の扱いなのだから、もう少し相応しい名分を自称しなさいな」

「ごめんねぇエリカちゃん、懺悔聞きまぁすっていうことにしとくからねぇ」


 ようやくイリャヒは、ミマールサが聖女としての華々しい二つ名を持つにも関わらず、彼女の務めるこの教会が、目立ちにくい場末の路地裏にある理由を理解した。

 そしてそもそも、聖女という存在について、建前をそのまま受け取りすぎていたかもしれない。


 彼女たちの持つ能力が、社会に恩恵を与える類のものであることは、疑いの余地がないだろう。

 しかしだからこそあまりに大きな影響をもたらしかねず、高まる魔性と魅力が独り歩きした結果、転じて魔女と成り果てる……そういう危険性が否定できないからこそ、野に下り暴走することのないように、聖女という名誉ある称号を与えられ、教会の庇護下と管理下で飼われているという、若干ニュアンスが〈銀のベナンダンテ〉に近い存在なのだ。


 たとえばアクエリカの場合は、普通の水瀑系だと聞く固有魔術ではなく、行動や実績で聖女認定されたようだが……彼女がジュナス教会を辞した場合、考えるべき損失は、厄害と化した彼女がもたらす、被害と破滅の方なのだろう。


「ということは、あの三人をここへ入らせなかったのは……」


 イリャヒがアクエリカに向けた問いの答えは、ミマールサから返ってきた。


「なるほどねぇ、だいたいわかるよぉ。リュージュちゃん、オノリーヌちゃん、イリャヒくんは三人とも、ほとんどの能力値がすでに上限近くまで達している……つまり魔族ちゃんとしてすでに成体ちゃんで、後はどうやって安定感のある運用をしていくかっていう段階にあるようだねぇ。もちろん伸び代がないってわけじゃないから、そこは安心してね。

 でも、きっと外に置いてきたって子たちは、みんなまだまだ伸び代いっぱいのお子ちゃまちゃんなんじゃないかなぁ。あたしも別の場所ならともかく、職場ここででっかい原石ちゃんを見ちゃったら、磨き方について色々言っちゃいそうだからねぇ。結果的にそれが、その子たちの飛躍的な成長を阻害することになっちゃうかもしれないって、エリカちゃんは危惧したってことかなぁ」

「ミマールサには敵わないわね。おおむねそういう感じでしてよ」

「やったぁ、当たったぁ」


 うふふあははと笑い合う二人を、しかし微妙な表情で見つめる者がいた。


「あら、どうしたの、オノリーヌ? なにか訊きたいことがあるなら、この機会に遠慮なく言ってしまいなさい?」

「いいよぉ、なんでもお姉さんが受け止めてあげるよぉ。仕事面かなぁ、それとも恋愛面なのかなぁ?」

「あ、いえ……単純に一つ疑問なのだけど」


 彼女は弟よりも勘が鋭いところがあるので、イリャヒはものすごく嫌な予感がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る