第429話 アンネ・モルクはどこにいる

 次の話題に移った途端、晴れやかだったゲオルクの表情が、露骨に曇るのをジュナスは見た。


「イリャヒの方はいいんだけどよ、機会があれば会ってみるといい。それとは別に、お前にとっちゃちょっと困ったちゃんが来てるみたいなんだよね」

「あー、はいはい……アタシの……生き別れの妹ざんすね?」

「そう。まぁ大成したって意味では、あいつもそうなんだろうけどよ」

「大悪に成ったってんじゃ世話ないざんす。ちくしょう、あのバカヤローめ、なんでよりによって教会に楯突く……」

「出てる出てる、乱暴な役柄キャラが出ちゃってるよお兄ちゃん。でも四つ揃ったからジュナス様は満足です」

四枚組札カルテットじゃないんですよアタシの仮面は。今あいつに会ったとして、『お兄ちゃん』をる自信はないざんす。正直顔もうろ覚えでねぇ……愛着も薄れてるだろうから、遭遇したらまず説教垂れちまうかもしれねえ。おめーコノヤローなにが〈劇団〉だボケっつってね」

「律儀に全部並べてくれる、お前のそういうサービス精神が好きよ俺は」

「これも職業病ざんすかねぇ、道化師ピエロの歴も長いからねぇ……」


 そもそもゲオルクが祓魔官エクソシストになったり道化師ピエロをやったりしているのは、地元の閉鎖性と選民意識に嫌気が差して、世界に飛び出した帰結らしい。

 一方その頃、故郷に残された彼の妹アンネ・モルクは、バヒューテ姉妹とかいう問題児の四女・レミレとちょうど同い年で、なんやかんやあって出会い幼馴染の関係になった二人は、魔術の才能がない者が鍛えるべき騙しの技術として、「芝居」を選んだ。

 それが最近世間を騒がせている〈劇団〉……最新の呼称は〈刹那の棺箱〉だったか、とにかくそれの発足経緯なのだ。


「しかしまた因果を感じざるを得ねぇよなぁ。お前とアンネはまったく別の過程を辿りつつ、結果的にはほぼ同じ手法に至ってんだから」

「あいつの分の魔術の才能を、アタシが吸い上げて先に生まれちまったのか、あいつの方はついぞ自分の固有魔術は発現しなかったようですけどね……ある意味ではアタシより性質たちが悪いざんす、あいつは」


 アンネがこの街に来る目的がなにかといえば、十中八九レミレに会うことだろうが……おそらくその余波でかなり街が荒れる。

〈劇団〉団長ことアンネ・モルクは〈無貌の影〉などと呼ばれるほど神出鬼没で(というか、彼女の本名や出自を知っている者は、ジュナスやゲオルク以外ほぼいないと見ていい)、彼女の演技の弟子……つまり潜在的な〈劇団員〉は大陸中に散在するとされている。

 その関連で思い出し、ジュナスは思わず振り返って叫んだ。


「そうだ、さっきのデカブツ! あいつが例の、ウーバくんとかってやつだったんだよな!?」

「そのようざんすね。なにやら慌てて走って行きましたが……」

「うんこでも我慢してたんじゃねぇの?」

「品がないざんす」

「ごめん」

「そういうところざんすよ、ジュナス教の信者は多くても、ジュナス様の受肉を信じてくれる者が少ない原因」


 ぐうの音も出ないジュナスを見て、悪戯っぽく笑いながら、ゲオルクは話を戻す。


「そうざんすかねぇ……アタシには怖いいじめっ子から逃げて、怖いパパに叱って貰いに来たように見えたざんすけどね」

「てめぇもさっき自分で言ってたろ、俺のこの依代からだにガキ作る機能はねぇって。つーかなんで俺があいつのパパなんだよ、似せて造られただけだろうが」

「そういうこと言っちゃうとねぇ……息子さんが悲しみますよジュナス様」

「お前最近俺へのリスペクトが目に見えて減ってんぞ、敬虔になれ敬虔に」


 ニヤニヤ冗談を口にするゲオルクを軽く睨んでみせてから、ジュナスはボサボサの髪を搔き毟った。


「ウーバやスティングを統制してるヴィクター坊ちゃんがよ、構造上は俺の手下のはずなんだが、全然そんな感じしねぇんだよな……あいつほんとに俺の権威を復刻する気ある?」

「まぁまぁ、依頼主にはちゃんと従ってるようざんすから。若い子らには若い子らの段取りがあるざんしょ、アタシらはアタシらで準備を整えるざんす」

「ジジイみてぇなこと言いやがって……達観する前にまずてめぇの妹をどうにかしろ」

「アンネのことはもういいざんしょ、発見次第対処しますとも。発見できればですが」

「隠密性高ぇもんな……そうだ、なんかに似てるなと思ってたんだがよ、兄貴のセルゲイが山から出てって寂しさで奇行に走った終着点が露出狂になったタチアナ・ダルマゲバが、お前ら兄妹と流れがそっくりなんだよな」

「あなたは最近ミレインに入り浸っているからいいですけど、アタシの知らない人物相関図出されても困るざんす」

「でもセルゲイのことは知ってるよな?」

「あの子は良い後輩ざんす、最近珍しい正統派の風使いだし……あ、露出狂で思い出した。あなたの方こそ、そろそろと正面切って会わなきゃならないはずざんしょ?」

「な、なんのことかな……」


 露骨に顔を逸らして誤魔化すジュナスに、ゲオルクは殊更に真剣な顔で諫言してくる。


「オスティリタですよ。幸い最近ミレインの方では被害が出てないようざんすけど、こっち方面は結構酷いざんす。やっぱりあなたが直接手綱を握る必要が……」

「うわ!? なんでアンタがゾーラにいるんだ、もじゃもじゃのおっさん!?」


 ジュナスが顔を戻すと、見知ったガキがいつになくフラフラの汗だくで、見知ったガキと見知ったガキの肩を借りて歩いてくるところだった。

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