第423話 ミレインの豊かな土壌が変態を育む
ヴィクターもそうだが、彼が連れている巨漢の半ば隠れた顔と、なにより体臭に覚えがあり、デュロンはチンピラの作法で要請した。
「おい、そこの後ろの奴……フード取ってツラ見せてくれよ」
ヴィクターの身振りによる許可を受けて、魁偉な容貌が露わになる。
その一挙だけで二人の関係性が伺えたのだが、その他のことはヒメキアが全部言ってくれる形となった。
「あっ!? ウーバくん!? ウーバくんだよね! 生きてたんだ! 良かったー! でもなんでこんなところに!? あたしたちのところに戻っておいで! ヴィクター嫌い、あっち行ってよ!」
「ヒメキアの情緒はもうめちゃくちゃ」
「よくもヒメキアの情緒をめちゃくちゃにしてくれやがったなクソ野郎ども」
「なんでそれで僕らが怒られんの!? そのヒヨコチャンが勝手に騒いでるだけじゃん!?」
じわじわと汗をかくヴィクターは、じりじりと後退しながら相棒に声を掛けた。
「いいかいウーバくん、東洋の大国に、こんなことわざがある……」
そうして一気に踵を返し、ダッシュで逃げながら捨て台詞を吐いていく。
「三十六計逃げるに如かず! ってわけでここはよろしく!」
「あっ!? 待て、テメ……」
反射的に追い縋ろうとしたデュロンを、戦鎚のごとき剛腕が襲う。
動きはさほど早くないので、不調続きのデュロンでも、なんとか間一髪で避けられた。
だが……デュロンにしてみれば、このウーバくんこそが、まさに悪魔憑きの代表例みたいなものだ。
対峙しているだけで体が竦み、震えるが、それを悟られまいと、デュロンは精一杯手足を突っ張り、強気の表情を保つ。
それを知ってか知らずか、ウーバくんは泰然自若そのものだ。
ぬぅん……と仏頂面で立ちはだかり、影を落としてくる大入道は、たどたどしい言葉で、しかし明確に立場を示してくる。
「おれ、ウーバくん。おまえ、ヴィクターの敵。おれ、おまえ、通さない」
「しゃべった! ウーバくん、しゃべるんだ!」
「いやほんと、喋るのはいいが、開口一番敵対宣言かよ。悲しいぜ、お前のその指は俺たちが集めてやったもんなんだが、その恩を忘れちまったのかね」
「彼が件の生体兵器ウーバーツヴィンガーであれば、培養槽内では意識がなかったと聞くので、あなたたちのことを覚えていないはず」
「わかってるよ、それは。しかしなんでよりによってヴィクターの手下になってっかな、どういう経緯なんだ」
ヴィクターの悪影響なのか、ウーバくんは疑問に答えてくれるような律儀さは持たず、代わりにまっすぐな眼で朴訥に煽ってくる。
「おまえ、チビで、弱そう。おまえ、おれには勝てない。降参、しろ」
これには結構カチンと来た。デュロンは「チビ」はたまに言われるが、「弱そう」は初めてである。〈
「あっそ……」
デュロンは小さく息を吐くと、その場で大股開いて立ち、上着を脱ぎ捨てて、両腕を横に広げた。
相手に倣ってわかりやすく意思表示を行い、さらに明言する。
「俺もお前と同じだよ、ウーバくん。お前は俺たちの敵だ、こいつらに手は出させねー」
もとよりそのつもりもないらしく、ウーバくんはヒメキアとソネシエを興味なさげに一瞥しただけで、すぐにデュロンに視線を戻してくる。
だがデュロンの立場からは、ならいいやとはならない。デュロンがウーバくんに敗けるか、ウーバくんを無視してヴィクターを追ってしまったら、ソネシエは一人でヒメキアを守る羽目になる。
実際ヴィクターはギデオンと組んでいたときに、行き掛けの駄賃程度の低い優先順位ではあったようだが、ヒメキアの身柄を狙ったことがある。
今は奴の行動目標に、彼女の存在が含まれていない、などという保証はないのだ。
だったら不調だのなんだのと言っていられない。というより、そのためにベルエフから授かった技術である。相手にとって不足なし……むしろ適しているはずだ。
「ふん!」
デュロンが靴下ごと靴を脱ぎ捨て、高々と掲げてまっすぐに振り下ろす左足が、轟音を立てて石畳に突き刺さり、蜘蛛の巣状の亀裂を走らせた。
右足でも同じことをするが、ウーバくんは尻込みどころか瞬きすらしない。
結構だ、そもそも脅しでやっているわけではない。呑気に静観してくれるのはありがたい。
ミレインの豊かな土壌が変態を育む、などと以前ソネシエが言っていたらしい。
なら、ゾーラはどうだ? 確かめてみよう。
「わかりやすく密度を同じにしてやるぜ……」
足の裏から地面を伝って、温かいものが流れ込む感覚を得たかと思うと、デュロンの視点が高くなり、五体に力が満ちていく。
百センチ近い身長差から見下ろしてきていたウーバくんをみるみる追い越し、逆に五十センチくらい、怯えた顔で見上げさせることに成功する。
ズボンはなんとか耐えてくれたが、シャツはダメだ、上半身の膨張で一気に裂け散った。
拡張活性による筋骨肥大と並行し、獣化変貌で全身に金毛を生やしたデュロンは、狼の相貌でにっこりと笑い、ウーバくんの禿頭をポンと優しく撫でて言う。
「……で、誰がチビで弱そうだって? もう一度言ってみろ、タコ坊主!」
相手が竦むのをいいことに、デュロンは憤怒の形相で、右拳を力任せに振り抜いた。
「お、おれ、ウーばブんっ!?」
相手の顔面に叩き込み、鼻骨を折って体ごと吹っ飛ばす感触で、彼我の体重差もおおよそ測定できていた。
素の状態だとウーバくんが目方百キロほど上だが、今はデュロンが五十キロ程度上回っている。
だいたいギャディーヤがこのくらいの体格だったと、初めて会ったとき目測した記憶がある。ひとまず目標はクリアできそうだ。
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