第422話 そういう種族なのでそういう話題が避けて通れないというだけです〜ほんとです〜

 オノリーヌ、リュージュと並んで進んでいくイリャヒから見て、中も普通の教会としか思えなかった。

 すれ違い様に会釈して通り過ぎていく職員たちも、イリャヒたちと似たような黒服を着ており、態度にも変わった様子はない。


 もしかしたら「聖女の職場と言っても、こんなものなのよ」というのが、三人を引き連れ歩くアクエリカの言いたいことなのかもしれない。

 思えば〈青の聖女〉と呼ばれる彼女自身、勤める司教座聖堂に、格別の特徴があるわけでもないのだ。


 しかし奥の礼拝堂に到着すると、イリャヒはそんな認識を少し改めた。


 そことておかしな部分は見られない。普通に長椅子が並んでいて、普通に説教壇が置いてあり、普通のステンドグラスが彩っている。

 なにか感じた雰囲気の違いは、他ならぬ壇の後ろに立っている、この教会の主によって醸し出されているものなのだと、イリャヒは遅れて気づくことができた。


「はぁい、こんにちはぁ。エリカちゃんご一行様ぁ、歓迎するよぉ」


 どうやら来訪を知らされていたらしく、待っていてくれた様子で朗らかに手を振る、この女性がミマールサで間違いなさそうだ。


 緩く巻いた栗毛に、辰砂しんしゃ色の大きな眼、意味もなく赤く染まった頬。

 ヒメキアやネモネモに近い系統の、童顔タイプの美女だ。

 黄色いフード付きチュニックを着ていて、おそらくは私服なので、もしかしたら正式な教会職員ではないのかもしれない。

 そこまで考えたところで、イリャヒはアクエリカが自分を興味深げに観察していることに気づいた。


「どうされました、猊下?」

「いえ、やはりあなた、なかなかやるなと思いましてね。尋常な男なら彼女の姿を見ただけで下半身がえらいことになってもおかしくないのよ〜」

「それは良かったですが、もし本当に私の下半身がえらいことになっていたら、どうなさるおつもりだったのですか」

「もちろん遠巻きにクスクス笑ってあげるわ。リュージュとオノリーヌも一緒にね」

「猊下、我々はそのようなことをしません」

「ああ、安心したまえイリャヒ。わたしたちは気まずい顔で目を逸らしてあげるからして」

「それ全然優しさじゃないです、むしろ笑われる方がまだマシです」


 四人のやり取りを笑顔で見ていたミマールサが、アクエリカ以外の三人を笑顔で順に指差してくる。


「イリャヒくん、リュージュちゃん、オノリーヌちゃんだねぇ。覚えたよぉ、よろしくねぇ」

「光栄です」「初めまして」「どうかよしなによろしくお願いします」

「そんなに硬くならなくて大丈夫だよぉ。あたしなんてただの非正規職員なんだからぁ」

「謙遜はお止しなさいな、ミマールサ。やはりこの場合はイリャヒがすごいのよ。普通なら、彼女にファーストネームを呼ばれただけでえらいことに」

「そのくだりもうやめません? というか、ミマールサ様……」

「くすぐったい呼び方だなぁ。もっと砕けて、ミマちゃんとかでいいんだよぉ?」

「聖女様は、種族的にはどういった感じの方なのか、失礼でなければお訊きしてもよろしいですか?」

「うわぁ、遠ざかっちゃったぁ。急に距離詰めすぎたねぇ、ごめんねぇ」


 おどけて身を引いてみせるミマールサだが、実際イリャヒは、自分の思考に乱れが生じているのを感じていた。

 初対面の女性に対し、こんなに警戒することは、普段の彼ならないはずなのだ。

 そのあたりに関する共通認識があるようで、アクエリカがミマールサと親しげな視線を交わしながら言った。


「安心しなさい、イリャヒ。精神系の権能の影響というわけではないから」

「そうでしたか、失礼しました」

「いいんだよぉ、そういう誤解はよくあるからねぇ。イリャヒくんは、魔力の感じからして、吸血鬼だよねぇ? あなたたちもあるでしょぉ、種族特性で誘ったぁとかぁ、誑かしたぁとかぁ、そういう疑惑をかけられることってぇ」

「ええ、特に通学していた頃などはしばしば」

「だよねぇ。思春期の子供なんかは、特にしんどいよねぇ」


 それほど深刻だったわけではない、密かに抱いていた悩みに共感してもらえることは、悪い気分ではなかったが、横からアクエリカが余計なことを言い添える。


「でもねミマールサ、イリャヒの亡父に銀の器具で抉られた右眼は、魔眼だった可能性があるんですってよ。だからあながち濡れ衣とは言い切れないの」

「そうなんだぁ、だから眼帯してるんだねぇ。痛かったよねぇ、かわいそうにねぇ……」


 本気で同情してくれている様子で、顔を曇らせるミマールサの態度が嬉しい。


「お気遣いありがとうございます。しかし猊下、今生きている者の中では妹しか知らないはずのことを、なぜあなたがご存じなのです?」

「ソネシエちゃんはね〜、おねむのときは結構色々話してくれるのよ〜」

「十五歳の女の子を、おねむのときに捕まえるのはやめてあげてください。さっさと眠らせてあげてください」

「え〜だってかわいいんだもの〜」

「え〜じゃなくてですね……」

「ひ〜」

「ひ〜じゃなくてですね……というかどういう感情なのですかそれ」


 この件に関してはまたの機会に持ち越すとして、アクエリカがどうやら友達に分類されるらしい関係性の相手を、両手で指し示して言った。


「改めてちゃんと紹介するわね。彼女は〈苺の聖女〉ミマールサ・ヨクトヘンミマ。年齢は二十六歳、種族は慶咲精リャナンシーよ」

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