第421話 ようこそ〈聖都〉へ、お帰りくださいクソ野郎
ゾーラの街を七人で歩き、道行く建物が気になったりはするのだが、これから会う相手のことで頭がいっぱいなのは、デュロン以外の五人も同じようだ。
ごはんの店に目をつけて、「後で来ましょうね〜」などと言っているアクエリカも、部下たちが気もそぞろなのは察しているようで、ふんわり笑って言い聞かせてくる。
「みんな、そんなに緊張する必要はないのよ。ミマールサは見た目や性格はただのかわいくて優しいお姉さんだから、なにも怖がらなくていいわ。ほんわかおっとりした子で、彼女が怒っているところは見たことがありません。とても取っ付きやすくて話しやすいから、むしろなにか相談していくといいわ〜」
「それ全部アンタにも当てはまるから困るんだよな……」
「しかも能力がヤバいと言っているようなものなのだよ」
ハザーク姉弟の猜疑も的外れではないようで、アクエリカは悪びれもせず小首を傾げる。
「あらあら、よくわかったわね。彼女の種族は……いえ、わたくしが今ここで語るよりも、本人を前に説明すべきね」
そうしてどうやら目的地に着いたようだったが、そこはなんの変哲もない、普通の教会にしか見えなかった。
どちらかというと路地裏に位置するのだが、ゾーラ市内にいったいいくつのジュナス教関連施設があるかわからず、どこに建っていてもおかしくはない。
迷わず入ろうとするデュロンを、しかしアクエリカが止めてきた。
「ちょっとお待ちなさいな〜。そうね……デュロン、ヒメキア、ソネシエはここで待機でお願いするわ」
「えっ……」「な、なんでですか……!?」「なぜ……」
「ああ悲しまないで子供たち、そんな眼でわたくしを見上げないで。理由はまさに、あなたたちがお子ちゃまだからよ。この中はちょっと刺激の強いアレがアレだから、まだ早いかしら〜という配慮なの〜」
悲劇風に朗々と謳い上げるアクエリカの後ろで、イリャヒ、オノリーヌ、リュージュが、彼らも彼らで渋い顔をしている。
「あの、猊下……私たちもアレがアレな場所に入りたくないのですけど……」
「というかアレってなんなのかね……犯罪的なやつでないことを祈るのだよ」
「猊下のお知り合いかつ聖女様らしいが、場合によっては告発が要るのでは」
「御託はいいわ、突入あるのみよ!」
「いえここはむしろもっと御託が欲しいです」
苦情は聞き入れられず、アレな場所に連れ込まれる三人を、デュロンたちは見送るしかない。
「「「……」」」
静まり返った路地裏は、さすが大都会と言うべきか、幅員がそれなりに広いこともあり、より閑散とした印象を受ける。
今は通行者もなく、住民の様子を観察することすらできない。ヒマすぎる。
しかし気の置けないこの三人なので、居心地は悪くない。
さっそくまたソネシエが、ヒメキアに抱きついて話しかけている。
「除け者にされてしまったけれど、あなたと一緒なら問題ない」
「あたしもだよソネシエちゃん! でもデュロンもいるからね!」
「いたの」
「いるわアホ」
「け、喧嘩しないでよ! 仲良く待ってようよ!」
「ヒメキア、安心して。これは喧嘩ではない、ただの挨拶」
「そ、そうなの!?」
「わりーなヒメキア、まだ俺たち蛮族の流儀に慣れねーだろ。慣れなくていいけどよ」
そうしてその辺で楽な姿勢でたむろして、取り留めのないことを話して待つ。
「この三人でいると、あのときを思い出すな」
「わかる。ドルフィの村で、
「ちげーよ、確かにあんときもこの三人だったけど、なんでよりによってそこなんだよ」
「兄さんとヒメキアとわたしで、寄生キノコを滅ぼした、素敵なキャンプ」
「やめろそれ……そんでそんとき俺いねーし」
「ザカスバダクを掘り出した、お泊まり学習」
「お前止まんねーな、めちゃくちゃ浮かれてるだろ。あと今度はそれお前が参加してねーやつじゃねーか」
「街中で迷子になった、初めての伯父様狩り」
「葡萄狩りみてーなトーンで自分のトラウマのはずの出来事に向き合えて偉いなお前は……」
「みんなでワイワイ、〈ロウル・ロウン〉」
「楽しかったよな、正直またやりてーわ」
「ギデオンの過去を探った、調べ学習」
「あー、あれお前も手伝ってくれたっけ」
「ヒメキアを守った、初めての任務」
「そうそれ、ようやく辿り着いたな。つーか、お前の卒業式の呼びかけ物騒すぎるだろ」
〈恩赦祭〉の初日、朝の食堂で三人きりとなったあのときも、こうして手持ち無沙汰に寛いでいたのを、はっきり覚えている。
もはや遠い昔に思えてしまうが、たった半年前の場面なのだ。
猫の子一匹通らない……と思っていた路地に、野良と思しき一匹が通るのを、ヒメキアが目敏く発見し、指を差しつつ言い当てる。
「あっ、ねこがいる! ねこ!」
「ゾーラの猫もかわいい」
「かわいいよねー。あー、行っちゃった!」
「あんときもヒメキアは、猫を見たいって言ってたよな」
「へへ……あたし、いつでもねこが好きなんだー。あっ、あそこにもねこ!」
「おーほんとだ、あんな高いとこに……落ちねーか心配だな」
「あっちにもいる!」
「どこなの。わからない」
「えっとね、姿は見えないけど、いるのがわかるんだー」
「それお前の生体感知で捉えてるやつじゃねーか。しかしほんとにどこにでもいるよな」
「あそこにもいる!」
「ねこはとてもたくさん」
「うわ、ヴィクターだ!」
「おーそうか、ヴィク……えっ?」
声につられて振り向くと、見知った顔が一つ……いや、二つだ。
なんでこいつが、こいつらがここに? という疑問が路地に充満する。
口火を切る勇敢な者は、久しく会った銀髪碧眼、美形に痩躯のクソ野郎だった。
「や、やあ。まさか栄えある聖職者諸君が、こんな薄汚い通りにたむろしているとは、僕としたことが夢にも思わなくてね。なに? みんなでウンコでもしてんの?」
開口一番皮肉が飛び出る、変わっていなくてなによりだ。
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