第420話 みんな聖女にな〜れ!

 ようやく有力枢機卿同士の陰湿なつつき合いが終わったので、デュロンたちも議場から出られる。

 その前に救わなければならない者が一人いることに気づいた。


「……」


 サレウスは退室したが、影の荊は残しておいてくれたようで、そこに腰掛けたままのエルネヴァが、緊張でガチガチに固まったまま虚空を見ている。

 デュロンとヒメキアが近づいて顔の前で何度か手を振ると、ようやく我に返って挨拶してきた。


「あっ、お、お二人とも、ご機嫌良かろうもんでございますわん!?」

「口調おかしくなってんぞ……わりーなエルネヴァ、アクエリ姐さんのわがままで、急に呼び出されて大変だったろ」

「エルネヴァさん、聖女さんになるんだよね! すごい!」

「ヒメキア、あなただってその予定だと言われていましたわよ?」

「そうだった! じゃあエルネヴァさん、あたしの先輩になるのかな?」

「ふふ、そうかもしれませんね。いずれにせよ光栄なことと考えておりますわ。確かに猊下のご依頼に従った形ですが、聖女様に認定されるという箔がつくことは、あたくしにとってもプラスに働くはずです。それにせっかくこうしてゾーラへ招いていただいたことですから、この機会に少しでも見聞を広めて帰りたいと思っておりますの。美味しいものも食べたいですし」


 ヒメキアの頭を撫でながら意気込みを語るエルネヴァに、アクエリカが改めて声を掛けている。


「ごめんなさいねエルネヴァ、お仕事の方は大丈夫だったかしら?」

「お気遣いありがとうございます、猊下。家令たちに任せて参りましたの。数日くらいならわたくしがいなくても問題のない体制を整えておりますの」

「ああ、だからいつもの執事さんがいねーんだな」

「ですの。皆も観光がてら連れて来たかったのですが、たまには羽を伸ばしてらっしゃいと、あたしく一人で送り出してもらった次第ですわ。なので是非新たな二つ名を手に入れて、お土産の一つとしたい所存ですの!」


 やる気満々のエルネヴァを笑顔で見ながら、アクエリカがデュロンとヒメキアに説明する。


「そういうわけだから、今回メリクリーゼが、新生聖女候補の護衛として、エルネヴァにほぼ付きっきりになるわけなの。

 さっき言ったようにわたくしの助勢という意味合いも少なくないから、手薄にしていると刺客から狙われかねませんからね。

 今日の午後から早速始めてもらう予定なのだけど、審問やら検証やらで、そうね……明後日一杯くらいまでかかるかしら。

 認定の可否が確定するのはもう少し先、四日間の会期が終わって、みんなでミレインへ帰った後で、通知が送られてくる形になるわね」

「最終決定まで結構かかるんだな」

「まあね。エルネヴァ自身は清廉潔白でも、彼女を推薦したわたくしに妙な思惑がないかとか、そういうことも併せて議論されるだろうから、そのせいもあるわ」

「めんどくせーな……もう読心系の能力者とか連れて来て、アンタの頭の中を覗いてもらった方が早いんじゃねーの?」


 デュロンの乱暴な意見にも、アクエリカは一考の価値を見出してくれる。


「それも悪くはないけど……たとえばわたくし自身がまだ思いついてもいない企みは、誰も察することはできないわ。だから正確にはなにかあったとしても、エルネヴァを聖女として活動させるメリットの方が上回ると判断されれば、ということになるかしらね」


 本当にめんどくさいのだが、必要なプロセスだというのはわかる。

 エルネヴァを連れて先に退出しながら、メリクリーゼがアクエリカに眼光で圧をかけていった。「今夜は覚悟しておけよ」と言いたいのだろう。

 笑みが貼り付いたままの真っ青な顔で震えるアクエリカに、デュロンはふと気になって尋ねてみる。


「アンタ得意のハッタリかとも思ったんだが、本気でエルネヴァを聖女にするつもりなんだな」

「あら、それは彼女にも失礼でしてよ? あなたもサイラスの報告を聞いているでしょう?」

喰屍鬼グールの消化変貌を通せば、〈技能目録スキルリスト〉に蓄積された知識ごと共有できるってやつだろ。すげー能力なのはわかるが、具体的にはどうやって使っていくもんなんだ?」

「これもわたくし自身まだあまり思いついているわけではありませんが……たとえば失伝しつつある技術を比較的簡単に残せると言えば、その有用さがわかるかしら?」

「お見逸れいたしました」

「あなたそういうところ本当に素直よね。まあそれもあくまで一例ですし……そして彼女に限った話ではないけれど、どんな能力もまだまだどんどん応用手段を考えていかないといけないわ。魔力のないあなたも例外ではないわよ」

「アクエリカさん、あたしもですか!?」

「あなたもよ〜ヒメキア。シンプルで強力なものほど拡張の余地も大きいと、わたくし認識しております〜。さあ、わたくしたちも外の四人に顔を見せてあげましょうね」


 三人で議場を出ると、さっそくヒメキアに親友が抱きついてくる。


「わー! どうしたのソネシエちゃん? 寂しかった?」

「寂しかった。この二時間は永遠にも似ていた」

「詩的にめんどくせー……おうテメーら、大儀だったな!」

「大役が一段落して安心したことで調子ぶっこいているのだねこの弟は」

「そこ分析するのやめてくれる? 大変だったんだぞ、開始早々アクエリ姐さんがガン詰めされちまってよ……」


 早速議場内での出来事ややり取りを共有するデュロンの放言を片手間で聞きながら、イリャヒとリュージュがアクエリカに伺いを立てている。


「猊下、お疲れ様です。午後の会議が始まるまでいかがなさいますか?」

「みんなでごはんを食べに行きたいのだけど、その前に少しだけわたくしの私用に付き合ってくれるかしら?」

「どなたかに会われるご予定でありましょうか?」

「ええ。二日後の午後にちょっとした集まりがあるのだけど、一人忘れっぽい子がいまして、挨拶がてら直接声を掛けておきたいの。あなたたちとしても、会っておいて損はない相手だと思いましてよ」

「と、言いますと……」


 ちょうどデュロンの大雑把な報告が、エルネヴァとヒメキアの件に差し掛かったところで、アクエリカが振り向いてきて、にっこり笑った。


「わたくし以外の、すでに聖女と呼ばれている者たちがどんなか、気になっているところかと思いまして。その一人……〈苺の聖女〉ミマールサ・ヨクトヘンミマのところへ、あなたたちも連れて行きますよ」


 どうやら今回の小旅行は、議場外でも油断は禁物のようだった。

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