聖女の聖女たるゆえん
第418話 閑話休題、そして一旦休憩
その後は普通にジュナス教の教義や聖務、組織管理上の諸問題について議論が行われた。
議題によってトビアスの口数が極端に少なくなることに気づいて笑いを堪えるくらい、デュロンは心に余裕が生まれている。
ただ議論の詳しい内容自体は、難しくてほとんどわからない。
ヒメキアも同様のようで、どうやら猫のことを考えているらしかった。かわいい。
正午の鐘が鳴るとともに、会議は一旦お開きとなり、枢機卿たちはお付きの聖騎士を伴い、議場から姿を消していく。
ちなみにアクエリカは席を立とうとした瞬間に、メリクリーゼの手で肩を押さえつけられて座り直した。
「お前、ほんっとお前……なんっ……あの……もういい、宿舎でまとめて説教だ! 今夜は寝かさんぞ!」
「や〜ん、メリーちゃんのえっち〜♡」
「……」
「メリクリ姐さん、無言で俺を見て助けを求めるのやめてくれ」
「あっ! そうだわデュロン、さっきわたくしのヘルプサインを無視したでしょう!?」
「アンタ一回首圧し折られるべきだったよ」
「そしたらわたくし死ぬわよ!? なんでそんなひどいこと言うの!?」
騒いでいると足音が近づいてきて、振り向くとトビアスとベニトラが立っている。
「さっきはごめんね、変なこと訊いちゃって! でも後悔はしてないからね!」
「トビアス様、謝るなら謝るでもう少し悪びれてください……グランギニョル猊下、先ほどはコレが色々と失礼いたしました」
「キミもキミでもう少し謹んでくれないかな、ベニトラちゃん!? 枢機卿に対してコレはないでしょ!?」
「いいのよ〜、それよりベニトラちゃんかわいいわね〜。お肌綺麗ね〜」
「は、はあ、光栄です……?」
「ドーメキ、こっちのコレの言うことも気にしなくていいから」
「あ、はいっ♡ メリクリーゼ様がそうおっしゃるなら♡♡」
「この流れさっき外で見たぞ……今度はここがこうなるのかよ……」
「なんだ、こんなもんなんだ。ねえアクエリカさん?」
「違いますよトビアス。こんなんなのはうちとあなたのとこだけでしてよ」
いちおうアレな自覚はあるようでなによりだ。橙色の法衣を翻し、トビアスは颯爽と踵を返す。
「でも気をつけなよ、キミたち。ここは教皇聖下のお膝元、つまり四騎士だぱっ!」
なにかかっこよく忠告しようとしたようだが、その最中になにかに躓いてスッ転び、思いっきり顔面を強打する羽目になるトビアス。
ベニトラに助け起こされながら無表情で振り返った視線の先には、床にできた小さな窪みがあった。
再生能力で出血が止まるまでにできた赤い染みを、慌てて拭いてあげようとするヒメキアを、彼は諦念気味の苦笑で制する。
「いや、いいんだ、気にしないで。オレはいつもこうなんだ。自分じゃどうしようもなくてね。反面得してもいるんで、呪いだなんだって文句を言うのは筋違いだし。
あーなんだっけ……なんか言おうとしたのを忘れちゃったよ。まあいいや、昼ごはん食べてこよっと。また午後の会議でよろしくね」
一礼して立ち去るベニトラを従え、手ずから扉を開けたところで、ちょうど老朽化で蝶番が壊れたことで、下敷きになって呻くトビアス。
もはや慣れた様子で聖騎士に救出されて引きずられていく枢機卿を見送っていると、出し抜けにアクエリカが問いかけてきた。
「だいたいわかったかしら、デュロン?」
「ああ……因果系の……あれも努力蓄積型ってことでいいのかな?」
「おそらくは。しかも不随意の常時発動タイプのようね。かなり珍しいわ」
つまりはそういう固有魔術なのだ。日常生活で小さな不運を溜め込み、その反動でここぞというときに大きな幸運を呼び込むとか、そんなところだろう。
しかもさっきからトビアスはまったくそれに頼らずとも、未熟ながら政治屋としての資質を発揮している。
普段空費しないということは、俗に言う「運の尽き」を狙うことも難しいと思われる。
普通にそこそこ地力がある上に、ここぞという場面で運に頼れば負けないというのであれば、トビアスに教皇選挙で勝つのは不可能ではとすら思われたが、アクエリカの考えは異なるようだった。
「たとえばわたくし、チェスならトビアスに勝つ自信がありましてよ」
「運の要素を完全に排除できる状況や条件に持ち込めば、普通に五分の勝負ができるってことか……」
「ええ。ですがたとえばものすごく重要なものを賭けていたりしたら、いきなり隕石が落ちてきて、わたくし有利の盤面を破壊されて覆されるなどということもあるかもしれないわね」
「じゃあやっぱダメじゃねーか……つーかそれ普通に死ぬだろ」
「だけどね、もしそうなったとして、それはわたくしにチェスで勝った、わたくしよりチェスが強いということにはならないでしょう?」
「試合で勝って勝負に……的な、勝利条件を整えるアプローチが必要なんだな」
「そういうことになるわね。まあ追い追い対策を考えていきましょう、時間はまだあるわ」
そのときまた足音がして、デュロンたちの背後に立つ気配がする。
振り向くとヴァレンタイン枢機卿が、にっこり笑って佇んでいた。
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