第415話 アクエリカのらりくらりと追及をすり抜け挙げ句に煽り散らかす

 異様な興奮に包まれる議場の中で、最初に冷静さを取り戻した枢機卿はヴァイオレイン・ヴァレンタインだった。


「えーと……私もそこに関しては異論はないのだけれど、あと二点ほど、グランギニョル枢機卿にお尋ねしたいことがあります」

「ああ、そうだな……」


 ほうけたようなサレウスの呟きに続いて、無理矢理いつものペースを取り戻そうとしている様子で、トビアスが必要な追及に再び着手する。


「そ、そうだよ! アクエリカさんさあ、背水の陣を敷くのは勝手だけど、この二点をクリアできなきゃ、今すぐクビもありうるからね! 覚悟して答えてよ!」

「心してお受けいたしますわ」


 別にこれで追い落としてやろうと意気込んでいるわけではなく、アクエリカの不退転の決意表明を聞いたからこそ、生半な気持ちで彼女と対峙するわけにはいかないという緊張感ゆえだろう。トビアスはいくぶん神経尖らせて口火を切った。


「まず一点目!『証拠など要らぬわ!』って自分で言ってんだから、レオポルトさんはそれを異端疑惑にも流用すればいいのにね! 裁くかどうかはともかく、疑うだけならタダなのに!」

「本当、あの方は少し不器用な気がするわね。私たちは違うわよ、グランギニョル枢機卿。

 あなたは倒した敵を直接取り込むのと同じくらい、あなたに敗けてあなたの共同体から追放された者を、ひそかに手駒に仕立てることを好むようだけれど……ウォルコ・ウィラプスとファシム・アグニメット、この両名といまだ通じているか否かをお尋ねしたいところね」


 びっくりするほど的確な見立てに基づく単刀直入な質問が飛んできたが、アクエリカは涼しい顔で受け答える。


「しておりません。今後一度でもわたくしが、その両名になんらかの形で指示を与えている、あるいは連絡を取っているという証拠や現場を押さえられましたら、即座にわたくしを罷免していただいて構いません」


 むしろ後ろで聞いているデュロンの方が、表情を変えないことに全神経を集中しなければならなかった。

 なるほど、ここを突かれることを見越して、実際にアクエリカはあれきり一切あの二人と接点を持っていないと見える。

 ヴァイオレインの表現を借りるなら、アクエリカは自ら動く者のみを手駒に仕立てているのだろう。


「よろしい。ではもう一点ね。やはりいかなる観点からも重大問題視される、貴管内における悪魔憑依案件の再発防止策について、今この場で具体的なものを提示いただければ、私たちはもはや来たる教皇選挙まで、あなたに対して思うところはなくなるわ」

「謹んでお答えいたします。その件に関しまして、エルネヴァ・ハモッドハニーを啓発活動の旗頭に任命したいと思っております」

「ですのっ!?」


 完全に置き物と化しており、この場での自分の役目は終わりだろうと油断していたらしいエルネヴァが、素っ頓狂な鳴き声を上げた。

 彼女に対しても説明する形で、アクエリカは皆に向かって語り掛ける。


「と申しましても、これは彼女が聖女に認定されるべき固有魔術の性能を恃むものではなく、彼女に与えられるべき聖女としての二つ名が、弊教区内で耳目を集めるものと考えるためです。ですが仮に認定が成らずとも、彼女の街の顔役としての知名度ゆえ、やはりこの役割は彼女に任せたいと思っております」

「げげげ猊下!? あたくしなにをすればよろろしいですわの!?」

「ふふ、そう構えないで、エルネヴァ。わたくし無茶は言わなくってよ。先ほどから何度か挙がっている十月末日の件で、ミレイン市民の間でも、悪魔に対する恐怖が蔓延しつつあることは知っているわね?」

「は、はい……」


 エルネヴァを穏やかな表情でじっと見つめたアクエリカは、相手が落ち着きを取り戻すのを確認すると、再び枢機卿たちに向かって演説を続ける。


「不幸中の幸いと言うべきか、憑依に遭った者はほとんどが〈銀のベナンダンテ〉を含む現職の祓魔官エクソシスト、あるいは同等に屈強な心身を持つラグロウル族の戦士たちでした。

 彼らの中には誰に教わらずとも、自力で悪魔を退けた者が何人もいます。

 そしてここにいるデュロンこそがその筆頭とでも呼ぶべき存在であり、この半年間で都合三度の憑依に遭うも、一度として肉体の主導権を明け渡してはおりません。

 確かに憑依自体を何度も許していることに関しましては、不運や不徳があったかもしれませんが、最終的にすべて跳ね除けている点からして、わたくしは彼こそ祓魔官エクソシストの鑑と呼んで差し支えないと考えております」


 いくらなんでも良く言い過ぎだ。どうもアクエリカは口の調子が上がってきたらしい。こういうとき余計なことを言い出す傾向があるのだが、デュロンにはどうしようもない。


「このように悪魔を己の肉体から退けるためのセオリーとでも呼ぶべきものは、我がミレインではすでに出来上がっているに等しいのです。

 これを機とし〈教会都市〉の名に相応しい、いわば精神修養の練度を、ミレイン市内だけでも徹底したいと考えております」


 まあしかしよく回る蛇の舌である。味方であっても呆れざるを得ない。

 現にエルネヴァの側に戻ったメリクリーゼは、先ほどと変わらぬ冷たい眼でアクエリカを見ていて怖い。

 その視線を避けてちょっと冷や汗を掻きつつも、蛇は結局にっこり笑った。


「ご存じの通りわたくしあまり血の巡りが良くないものでして、この程度のアイデアしか浮かばないのです〜。よろしければここにお集まりのお歴々から、お知恵を拝借いたしたく思うのですが、いかがでしょうか〜」


 やっぱりどうしても皮肉を言わずにはいられなかったようだ。後でメリクリーゼによる追加お仕置き確定である。

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