第414話 アクエリカ・グランギニョル枢機卿の決意表明
枢機卿たちのざわめきは、おそらく今までで最高潮に達していた。
それほどに物議を醸すデリケートな話題だというのがわかる。
それを茶飲み話のように投げられるアクエリカのクソ度胸が、デュロンはもはや羨ましくすらあった。
「おられませんか? おられないのでしたらそれはそれで、わたくしとしては別に構わないのですけど」
いるわけがない、とデュロンは内心で断言する。
ベナンダンテという人間時代からの陋習が、なぜこの魔族時代まで存続しているのか。
それはベナンダンテが駒としてあまりに便利だからに他ならない。
アクエリカがその運用者の代表例扱いされがちだが、たとえばそこにいる教皇サレウス一世も、ギャディーヤやレミレ含めて、多くの〈銀のベナンダンテ〉を飼っていると聞く。
そして、飼われる側の猟犬どもにもメリットらしきものがあるからこそ、この制度は曲がりなりにも成り立ってきたと言える。
本来反体制側に属していてもなにもおかしくない、デュロンたちのような「罪ある者」どもにとって、普通に飯を食い、普通にベッドで眠り、普通の
一度味わってしまったら、容易に手放すことはできないのだ。
そんなことは誰よりも熟知しているだろうに、なぜアクエリカはわざわざこのタイミングで、自分に不利にしかならない公約を表明したのだろう?
そうしてもなお勝てるという自信の表れなのか……いや、おそらくは、そうだからこそ彼女は勝つという確信を、皆に植え付けることが狙いの一つなのだろう。
そして、もう一つは……。
「だ、そうよ。残念ね」
前髪で目元が隠れた、口元で笑う横顔で振り向き、アクエリカが独り言のような呟きを寄越したことで、デュロンの推量は裏付けられた。
もし他にも〈銀のベナンダンテ〉の撤廃を志す枢機卿がいた場合、デュロンたちはその者に内通してひそかに支援し、アクエリカとの両賭けで教皇選挙に臨むなどの選択肢もありえた。
しかし実際にはそんな者がいなかったことで、デュロンたちはこれまで通り、アクエリカの運命共同体となる路線を維持せざるを得ないと確定したわけだ。
経過論的には誠実だが、結果論的には邪悪。そしてアクエリカは当然この結果を予期していたはずなので、結論としてアクエリカは邪悪。
というわかりきった事実を再確認したことで、トビアスが控え目に手を挙げた。
「あら、グーゼンバウアー枢機卿?」
「いやごめん、違う、そうじゃなくて一つ質問なんだけど」
「そうでしたか、どうぞ」
「あのさ……つまりこういうことかな? アクエリカさんが次期教皇に当確した暁には、さっきバルトレイド枢機卿が挙げたリャルリャドネ兄妹を始めとする、アクエリカさんが今正式に部下に持っている〈銀のベナンダンテ〉も全員解放する……だから最終的には問題とされている要因は自然解消すると?」
「そういうことになりましてよ。加えて先ほどバルトレイド枢機卿が挙げられた
「じゃ、あんたが教皇選挙に落選した場合は?」
「その暁にはわたくし、いかなる処分も受け入れる所存でございます」
これにはジョヴァンニ、ヴァイオレイン、トビアスの三人も眼を見張るばかりだった。
「勝てば官軍負ければ賊軍ってわけかい、ずいぶん極端じゃないか」
「もとよりわたくし、そういう性分ですので」
「なるほど……特に先ほど持ち上がった十月末日の件など、バルトレイド枢機卿も少し触れていたけれど、前任ミレイン司教の例を持ち出すまでもなく、本来なら一発罷免でもおかしくない。そこに約一年間の猶予を作成したいというわけね」
「そのように理解していただいて構いません」
「いかなる処分もって言ったよね? ってことはたとえば、ミレイン司教や枢機卿からの解任だけじゃなく……」
「ええ。ジュナス教会そのものから退くことも辞さない構えでしてよ」
もしかしたら今回の枢機卿会議の中でも、この発言が最大のトピックとなるかもしれない。
アクエリカが今の教会組織内でどれほど評価され、同時にどれほど煙たがられているかは、デュロンも重々聞き及んでいる。
なのでトビアスがことさら真剣な表情でしつこいほどに確認してくるのも、それほど奇妙なこととは思わない。
「これだけ多くの枢機卿が聞いているんだよ。やっぱやーめた、ごめんなちゃい……では済まないんだぜ?」
「もちろんそのように理解しております」
「なんで!? ゾーラ教皇になることはあんたの子供の頃からの夢なんだよね!? 別に今回ダメだったからって、それで諦めることないでしょうよ!?」
むしろアクエリカ自身よりも必死に問い詰めてくるトビアスに対し、アクエリカが悠然と微笑んでいることがわかった。
完全に本心で言っていることが、デュロンにも嗅覚による感情感知で察せられる。
「今回でダメなら、次はないと思っています。そういう気持ちで臨むという意味ではなく、正真正銘、これを最初で最後のチャンスと捉えております」
そうして優雅な仕草で振り仰ぎ、文字通りこの場で最高位の者に伺いを立てる。
「そういうことでよろしいでしょうか、聖下」
サレウスは穏やかに瞑目し、いつものように鷹揚に答えた。
「良かろう」
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