第391話 悪魔に成る方法、悪魔を殺す方法
再生限界状態とは思えない……いや、だからこそなのか、意外な底力での抵抗を見せるサラバイの体を、ベルエフは少し本腰入れて押さえ込む。
「まあ落ち着け。つっても死後タダで魂を獲られるとかじゃねえ、単純に無効だから無駄死にになっちまうってだけだ」
「なにを言っている……!? なぜそれがあなたにわかるというのだ!?」
「だから落ち着けっつってんだろ……いいか? 俺は仕事柄、悪魔関連の資料に目を通すことも多い。お前らの信奉する〈五十の悪魔〉ってのは、結構前から……というよりおそらくはジュナス教が開かれる前から、ずっと〈五十の悪魔〉のままなんだ」
引っ掛かりを得たようで、サラバイの抵抗が弱まる。
思ったより思慮深いようで、説得する側としては助かる。
「お前らは今こうして阻まれてるわけだが……もしお前が考えてるような方法で、魔族が……あるいは人間が悪魔に成れるなら、すでにいくつか成功例があってもおかしくねえだろ。
ところがどっこい……いや、そうじゃねえ。悪魔に成る方法自体は、おそらく存在する。ただ、それは数が五十で固定されてる席が一つ空いたとき……つまり悪魔が一体死んだとき、そいつの代わりに座れるって寸法なわけよ」
「……」
理屈では理解できたようで、完全に落ち着きを取り戻したサラバイに、ベルエフは滔々と語りかけていく。
「だからよ、お前がナクラヴェーゼと交わした契約ってのも、厳密には絶対に成立しないってわけじゃねえ、ただものすごく実現困難なだけなんだ。
なにせお前が死んだ直近に、悪魔が一体死んで、ちょうどよく今席が空いてますって条件が整ってなきゃならねえわけだからな。
かと言ってナクラヴェーゼを殺すってのはナシだぜ? なぜなら契約を交わした悪魔自身が死んじまったら、お前との契約を守る奴がいなくなっちまうわけだからな。
まとめるとおそらく一介の悪魔には、自分の死後に次の悪魔に成る者を決める権利はないと思われる」
サラバイは戸惑いつつも、ベルエフの論を徐々に消化していく。
「しかし……魔族が悪魔に成る方法はある、とおっしゃったな……? そしてあなたの今の口ぶりだと、悪魔を撃退するのではなく、滅却する方法もまた存在すると……」
ベルエフは少し迷ったが、ここで言葉を濁してしまうと、生かして繋いでも鎖を千切って探しに走りかねない。なので差し当たりの結論まで口にしてしまうことにした。
「ま、これに関しちゃ俺が教えるっつーより、お前らの方が詳しいだろうから、俺たちの仮説についての答え合わせをさせてもらおう。サラバイ、悪魔憑依状態の魔族を、銀の武器で攻撃すると、通常どうなるか知ってるか?」
「銀は悪魔にとっても弱点物質だ。中の悪魔ごと刺さる……と言いたいところだが、実際は依代に銀が触れた途端、それを嫌った悪魔が依代から脱出してしまう。この方法では悪魔を殺すことはできない」
「だろうな。じゃ次だ。悪魔憑依の最中に悪魔との肉体の主導権争いが行われている依代の精神世界の中で、依代の精神体を殺害するとどうなる?」
話の主旨が掴めてきたようで、サラバイの口調に生きた色が混じり始める。
「実際にそんな場面を見たことがあるわけではないが、依代は精神の死を迎える……人間時代に俗に言われた廃人状態、あるいは仮死状態に該当するものとなるとされている。
そして依代がこの状態になると、依代の死んだ精神が肉体に鍵を掛ける形となり、憑依中の悪魔は、その依代の精神世界から脱出できなくなる可能性が高い……そうか、そうなると……」
時間的にも空間的にもここではない場所に思いを馳せつつ、ベルエフは答えを口にする。
「ああ。さすがにその先は、お前らにとっても仮説の域をまったく出ねえだろうが……要するに、こういうことだ。
憑依中の悪魔がうっかり依代の精神体を殺しちまう、あるいはそういうふうに仕向ける。
または悪魔の憑依中、外部から依代自身に対して、いわゆる精神攻撃系の能力を仕掛ける。
そういうのが成功すると依代の精神世界で依代自身の精神体が死に至りうるわけだが、そうなった場合、そいつの精神世界には、憑依中の悪魔だけが取り残され、閉じ込められる格好となる。俺の言いたいことがわかるよな?」
「ええ……そうなるともはやその依代の肉体は憑依していた悪魔のものとなる。主導権が完全移譲されるというだけじゃない。その肉体は、完全に悪魔自身となる……つまり外部からもたらされる肉体的ダメージも、その悪魔自身のものもならざるを得ない」
「そう。その状態でたとえば銀の武器で心臓と脳を突き刺したりなんかした暁には……」
「すなわちそれが悪魔祓いならぬ、悪魔殺しの手順というわけか」
腹落ちした様子で脱落するサラバイに、ベルエフは慎重な説得を続けていく。
「これでわかっただろ、どういう難度なのか。確かにそこから一番近くで死んだ者が……この『近く』ってのは、時間的にも空間的にもって意味だと考えていい……その死んだ悪魔の空いた席を埋める形で、新たな悪魔となるだろう。だがこの方法はお前に……お前らに向いているとは思わねえ。
今回お前らが訴えようとした方法は、お前一人が悪魔と成るために、お前自身を含めた十二人全員を犠牲にするものだ。ところが実際に必要とされるのは、悪魔になる一人と、悪魔を一体殺して席を一つ開けるための一人、その二人だけを犠牲とする方法なんだ。
もちろんその辺で拾ってきた適当な奴を、殺すための依代として使うって方法もある。だがお前らはそうしねえだろうな。そしてお前らの中の一人きりが、別の一人を悪魔にするための犠牲になるって方法もある。だけどお前らは、そうしねえだろ?」
サラバイが項垂れ、なにも反論しない理由に、ベルエフはとうに見当がついていた。
「悪魔になるべき一人だけが死ねば済むはずの方法に対して、悪魔の憑依時間を伸ばすだけのために、わざわざ他の十一人まで一緒に死のうとするような連中だ。お前らの信仰ってのがどんなもんかは知らねえが……もし十二人のうち一人きりや二人きりが旅立っちまったら、残りの十人や十一人は、そいつらを恨み羨み、この世をますます呪うばかりだろう?」
ようやく観念したようで、サラバイは搾り出すように呟いた。
「そうだ。私たちは十二人全員一緒に死にたかった。全員の怨念を集めた一人が悪魔となり、この世界に復讐する……そういう手筈だった」
「わかってたよ。お前らが入ってきたときから死にたがりの臭いが
こいつらになにがあったかは知らない。真摯に寄り添い、止めるための言葉もベルエフは持たない。
だからただ彼は深く息を吐き、彼自身の話でもしてみることにした。
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