第382話 この後帰って呑む酒はけっして美味いものにはならない
神の拳(比喩表現)をその身に受けて、ガンガノム、次いでジブリアルが地面へ墜落していく。
その様子を爆笑しながら見届けたジュナスは、這いつくばったトカゲくんたちが動かないのを確認すると、星降る夜のロマンチックバーストを中止し、神妙な表情で敗北者どもと同じ穢土に踏み降りた。
「……で、どうだ? まだやるか?」
案の定、ダメージがゼロというわけではないが、あっさりと体を起こした二頭の竜は、人間や魔族で言うところの頭を掻く仕草に該当するのだろう、地表を爪で掻きながら言った。
[いや、やめておこう。我らの敗けだ。貴様の魔力を底まで削ることはできるかもしれぬが、そんなものを勝利とは呼べまい]
[またの機会に、リベンジを挑ませていただくとしましょうぞ。次は貴公が最大の力を、ほぼ無限に使えるようになってから、というのはいかがでしょうかな?]
お見通しというわけだ、とジュナスは舌打ちする。竜の戦力は恐ろしいが、それ以上にこの叡智こそが厭わしい。
残り約八年というのは、あくまでジュナスがなにもせずに普通に生きている場合で算出した活動限界時間なのだ。
今の全力戦闘、特に最後のメテオラッシュで、約三ヶ月分の魔力を一気に消費している。これだから燃費効率が悪くていけない。
「ケッ……わかってんならさっさと行け。いいな、今夜はなにもなかった。俺らは互いの顔も見ちゃいねぇし、一戦交えたなんざ夢物語だ」
[それが良いでしょうな、互いにとって]
[うむ。ではジブリアル、貴公もいずれすぐに河岸を変えるつもりであったろう。良ければ、どうだ? このまま我とともに南下というのは]
[よろしいですなぁ、願ってもないお申し出でございます。というわけなので、我々はこれで。ジュナス殿もどうかご壮健に]
「おぉよ」
[寝る前に歯を磨けよ、ジュナス]
「うるせぇ、てめぇマジでブッ殺すぞ」
ガンガノムとジブリアルは互いに寄り添うように飛び立ち、夜のデートと洒落込むのかと思いきや、別の意味で互いを相応しい相手と看做したようで、激しい空中戦を始めながら、南の空へと消えていく。
「ふぅ……やれやれだぜ」
物分かりの良い連中で助かった。あれがもし本物の戦闘狂だったら、今のジュナスでは魔力切れどころか、この依代自体を破壊されていたかもしれない。
もうしばらくは、減力運転で我慢だ。幸いにもジュナスが直接手を下さずとも、今のジュナス教会は、ほとんどの問題を自分たちで解決できるところまで育っている。
「おっと、忘れるとこだった。おーい坊ちゃん、平気か?」
地面に空いた大穴の中へ手を伸ばすと、減り込んでいたドラゴスラヴが、確かな力で掴み返してくる。
そのまま引き上げてやると、ちゃんと原型を留めている男前が、しかしいささか不貞腐れた表情で体を起こしてきた。
「クソ……結局気絶してて、なにがあったのか全然見られなかった」
そう言って首を回す様子につられて、ジュナスも周囲の様子を改めて確認すると、まぁ酷い有様だった。
ジュナスたちを中心に半径五百メートルくらいの範囲内がグッチャグチャになり、木どころか下草の一本も生えていない状態である。
この森が全部でどれくらいの大きさなのかは忘れたが……まぁ、なんというか……全体から見たらたぶん微差の範囲内というか、なんというか……。
「いいじゃねぇか、そんな細けぇこたぁよぉ! それより、帰って呑もうぜ。お前の妹ちゃんも待ってんだろ?」
そう言ってドラゴスラヴに肩を貸すジュナスだったが……不意に視界がひっくり返り、気づけば地面に横たわって、夜空を見上げる羽目になっている。
ドラゴスラヴに背負い投げ飛ばされたのだと気づいたときは、すでに手遅れである。
「く……くくく……ケケ……ケヘヘヘ」
俯く彼の赤い前髪の下で、橙の眼が光るが、それは彼自身の意思を宿してはいない。
「ケーッケケケケ! 油断したなジュナス、この大間抜けが!」
そう。蚤の悪魔は竜の二頭を嗾けたが、それでジュナスを倒せるつもりだったわけではなかった。
巻き込まれる形で応戦する未熟なドラゴスラヴを極限まで疲弊させ、肉体の主導権を奪いやすい状態まで持って行かせて、その上で彼に憑依することが主眼だったのだ。
「くっ……! う、嘘だろ……!?」
これは本当にまずい。対竜戦ではいいところのなかったドラゴスラヴだが、こいつに悪魔が憑くとなると、ジュナスでもそれなりの対応を強いられることになる。
「はい無敵バリアーッ! ジュナスくん、詰んだ詰んだーっ!」
ピリオドは意気揚々とドラゴスラヴの体を操り、彼の固有魔術〈
もちろんそれでジュナスに勝てるわけではなく、むしろこのままジリ貧になっていくだけの、敗北確定に等しい状態へと、自ら閉じこもっているに等しい。
だが一方でその殻を抉じ開けるのに、ジュナスがどれだけの魔力消費を強いられるかわかったものではない。
かと言ってこのまま放置するわけにもいかない。ピリオドは今この瞬間も、なにもせずこの世界に残留し続けているだけで、ジュナスの活動限界時間を直接吸い続けているのだから。
盤石の体勢に入ってしまったドラゴスラヴを、この状況下ですぐさま突破できるとすれば、それこそ竜の
「……んっ?」
あとは、ギャディーヤ・ラムチャプの〈
そして死んだリチャール・ホーディングの〈
「は? え? なに? ちょ……おあああああ!? なんじゃこりゃああああ!!?」
バリバリ全力展開していた〈
胸の真ん中から体外へ排出された蚤は、銀によって魔力の塊であることそのもの……すなわちこの世界への定着自体を否定されたことで、泣く泣く悪魔の世界へ帰っていく。
滅却に至らず強制送還で済んだだけ、穏当な措置に感謝してほしい。
捨て台詞の一つすら残せず、さっさとバイバイしてしまったピリオドに対して、ジュナスの方も用意していた反応を、後出しで吐く羽目になってしまう。
「くっ……くっく……ククク……クハハ! ハハハハ!」
しかしこれを巷では、勝利の余韻と呼ぶのだろう。ジュナスはまた一つ賢くなってしまった。
「ガーッハッハッハッハ! し……信じられん、嘘だろ!? まさかここまで上手くいくとは思わなかったぜ! 綺麗に嵌められてくれてありがとさぁん、ピリオドくぅん!」
正体をなくすほど爆笑しつつも、ジュナスは自らの謳い文句を忘れたりしない。
先ほど会ってきたひよこ少女ヒメキアは、
裏を返せばジュナスの方も、彼女と同じ水準……すなわち銀すら無視できる、神域の他者回復が可能ということだ。
「むんっ!」
ジュナスが魔力を放出し、ドラゴスラヴの体内に潜り込んでいる弾丸を、患者自身の活性化させた深層筋により弾き出すと、後はしめたもの、お坊ちゃんの顔色がどんどん健康そのものに戻っていく。
ざまぁ見やがれ、どんなもんだ。このジュナスの眼が届く範囲内で、ダサい悲劇など許しはしない。神は傲慢で強欲ゆえ、救いたいものをたった一つだって、そのデカい手から取りこぼしたりはしないのだ。
この程度のことができないようでは、この後帰って呑む酒は、けっして美味いものにはならないのだから。
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