第380話 神を気取った正義中毒のカス野郎

 竜も大概口が悪いが、ピリオドは気にした様子もなく、ニヤニヤ笑いながらへりくだる。


【へへえ、俺っちでごぜえやす! ぜひ貴方様のお力をお借りして、この世界にこびりついていやがるでけえ肉汚れを、残さずこそげ落としていただきてえと考えた所存でございまして!】

[心にもない慇懃無礼も、そこまで行くと見上げた一芸だな。まあ、よい。その意見そのものには賛成だ]


 並の生き物なら睨み殺してもおかしくない、ガンガノムの鋭い眼光を向けられたジュナスは、礼儀として大口を開けて舌を出し、両手の指で下瞼したまぶたを伸ばしあそばせまくった。

 隣でドラゴスラヴが「大人気おとなげねぇ……」と呟いているが、ジュナスは人の究極形なので、子供も大人もないのである。


 ついでにドラゴスラヴが「並の生き物」の範疇にないことがわかり、そこは素直に安心した。

 だが次も大丈夫だろうか、とおじさんは心配してしまう。


「おっと、あっちはずいぶんとお早いお着きのようだぜ」


 それもそのはず、二体目の竜は、結構近場に住んでいる。

 ガンガノムが腐らせていたせいもあるのだろうが、強靭なはずの巨大な森の木々が、呆気なく吹き散らされ、根っから崩れて倒れゆく。


 ガンガノムもそうだが、そいつもまだなにもしていない、ただ登場しただけだ。

 にも関わらず、垂れ流された魔力に対し、周囲の環境が耐えられず、変容を迫られている。


 迷惑そうに脇に退いてやるガンガノムに対して、軽く一揖いちゆうした透き通るように真っ白な竜は、荘厳さこそありながら、いくぶん聞き取りやすい高めの声で喋り出す。


[やあやあ、これは失礼。ガンガノム殿、久方ぶりではありませぬか。まさかこのような形で貴殿と顔を合わせることになろうとは]

[相変わらず性質のわりに多弁だな、貴公は。今年の〈ロウル・ロウン〉では手抜きを働く者などおらず、自慢の弩気砲を食らわせる機会に恵まれぬゆえ、さぞかし口惜しかったろう]

[いやいや、あれはあくまで十年に一度の楽しみに過ぎませぬのでね。それにこの身におきましては、規則という正義を蔑ろにする者が現れなかったことは、ひとえに喜ばしく思う限りでございまして]


 こいつは〈天罰竜〉ジブリアル。ラグロウル族の若長選出サバイバルバトルゲームである〈ロウル・ロウン〉に存在すると言われている、最悪のデスペナルティである〈天罰〉とは、他ならぬこいつが下す息吹ブレスにより執行される極刑である。

 わざわざ代々のラグロウル族の族長と契約して、そういうふうに介入する役を買って出ている、余計なお世話ドラゴンくんなのだ。


 なぜそんなことをするのか、答えは簡単だ。そもそも当該の「わざと負けるとかいうつまんねぇことする奴はブッ殺す」とかいう異質なルール自体、ジブリアルが勝手に設定したものであり、違反者を裁くことに対して、ジブリアルくんが快感を覚えるから。

 つまりただのでけぇ爬虫類の分際で、この救世主ジュナスを差し置いて、神を気取った正義中毒のカス野郎なのだ。


 そしてジブリアルも今は新しく決まった若長(今回はチャールド・ブレントってヤツだ)の仕事ぶりを見届けるという老婆心とやらでラグロウルの里近辺に留まっているだけで、飽きたら国の内外を飛び回って自由に「正義執行」しているし、ガンガノムも魔族たちへの興味が薄いだけで、イラッときたら一帯の雑魚魔物どもを生態系ごと消滅させたり、同格の竜に喧嘩売ったりしている。

 気まぐれに災厄をもたらすその習性は、悪魔どもとさしたる違いがないと言えよう。


 ジュナスの内なる罵倒を聞き届けたわけでもないのだろうが、ジブリアルはガンガノムとのお喋りを中断し、改めて視線を向けてくる。


[で、なるほど。我々が呼び出されるとはどれほどの大敵かと思えば、確かにお誂え向きのようですな。悪魔くん、なかなかの采配です]

【へへえ、光栄なこって! ケッケッケ、どうだジュナス! この二匹こそこの近辺における最高戦力だろうがよ! ピョーっと笛吹きゃシュバっと来てくれんだからちょろいもんだぜ!】

[……ガンガノム殿。あちらの二人に天罰を下しましたらば、こっちの虫くんを一緒に叩き潰しませぬか?]

[構わぬが、憑依していない顕出状態の悪魔は無力ゆえに無敵だぞ]

[そんなことはわかっておりますとも。しかし滅却までいかずとも、撃退の方法くらいはあるはずでしょう?]


 ピリオドはガンガノムやジブリアルに対し、憑依を試みる素振りすらない。

 竜は膂力も魔力も強大で、それを象徴するように、精神世界も恐ろしく広大なのだという。


 そして仮に彼らの精神世界を塗り替え、その精神体を屈服できたとしても、今度は現実世界でピリオドが、彼らの巨体を上手く操れるかという別の問題が出てくる。

「大男、総身に知恵が回りかね」ということわざは酷い偏見だが、こと悪魔憑依に関しては、知恵を魔力と言い換えれば、そうそう的を外れていない。


 二頭が放つ、今度は魔力ですらないただの威圧感が、ジュナスとドラゴスラヴの前髪を、死の息吹がごとく撫で回す。

 さしものドラゴスラヴも、多少なりとも気後れしている様子だ。

 別にお坊ちゃんの実力を当てにしてはいないが、この救世主の戦いを間近で見に来たというのだから、今回ばかりは格好悪いままで終わるわけにはいかない。


「おい……てめぇら、なに俺に勝てるつもりで喋ってやがる……?」


 啖呵を切るのは、味方を鼓舞する意味もあるのだ。


「どうも最近構ってやれなかったから、忘れちまったってんなら、改めて教えてやるぜ。そのちっせぇ脳味噌でも二度と忘れねぇようにな」


 ドラゴスラヴにもせめて生き残る程度には奮戦してもらわなければ、誰知らず行われるこの暗闘に、語り伝える目撃者がいなくなってしまうのだから。


「俺は神様ディバイン、最強だ! 竜に巨人に巨魁烏賊クラーケン、ものの数にも入りやしねぇ! 低級悪魔ごときが集められるお友達にしちゃ、まずまず映える面子を揃えたようだが……予告しよう。くーろいトカゲもしーろいトカゲも、この神の拳骨食らって頭蓋をブチ抜かれ、爬虫類らしく這う這うの体で逃げ帰るとな!」


 決まり手の種類と部位まで宣言してやったのだ。この挑発はさすがに効いたようで、ガンガノムとジブリアルの眼の色が変わった。

 そしてドラゴスラヴもいささか落ち着きを取り戻したようで、矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。


「神の拳骨ってなんだ!? 体格差わかってんのか!? 相手どっちも二十メートルくらいあるぞ!? そんなもん効くのか!?」

「うるせぇなぁ……もちろん一発で倒せるとは思っちゃいねぇさ。そこはお前、あれよ。ディバインラッシュの出番なわけよ」

「ディバインラッシュってなんだ!?」

「そらもうお前、神の連続パンチだよ」

「神の連続パンチって!?」

「ディバインラッシュのことに決まってる」

「相互参照になってるんだが!?」

「ちなみに神の連続パンチと呼んでるが、突き技じゃねぇ」

「じゃあなんなんだよそれ!? 一気に情報量がゼロになったぞ!?」


 まぁ見ていればわかる。正確には、だが。

 もしも質量に換算できるなら、それだけでも押し潰されそうな莫大すぎる殺意が、ジュナスとドラゴスラヴに正面から襲いかかってきた。

 傍観するピリオドの哄笑が、すでに半壊状態にある森に響き渡る。

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