Extra Stage 自称神.対.低級悪魔

第379話 こうべを垂れよ、かのものは王なり②

 東の森は霧深く、そうでなくても夜は更けた。

 しかし案ずるなかれ、神の眼はいつでも万全だ。


 闇の中をも容易に見通し、蔓延る敵を感知する。

 そういう意味では、はあくまで魔族の基準で作られているのだなと、ジュナスは改めて製作者たちに感謝する。


 どうやらこの森に出る魔物は、低級の弱い種族ばかりのようだ。

 その代表格とされる泥濘スライムと、その亜種たちが特に多い。


 あそこにいるのは粘土泥濘クレイスライム、なんにでも姿を変えられるが、自身の質量を超えた大きなものになることはできない。あと強度もあまり上がらない、せいぜい石程度の硬さが限界だ。

 隣に佇んでいるのは口吻泥濘リップスライム、女性の唇に似た姿をしている。唇みたいなのが単体で動いていることそのものの気持ち悪さを無視すれば、デザイン自体は結構かわいい部類だとジュナスは思う。


 そいつらが逢い引きしているのを見て、ジュナスの横を走るドラゴスラヴが、顔をしかめて舌を出した。


「おえっ、きっしょ」

「そういうこと言うなよ、お坊ちゃん。生命の尊い営みだぜ」

「ならあんたは、ゴキブリの交尾も喜んで観察するのかよ?」

「滅多なことを言うもんじゃねぇ。おめぇよ、自分たちの崇める神が変態だったらよ、教会のガキどもはどんな気持ちになるよ? 俺様神様、普通に巨乳美女が大好きさ!」

「それはそれで普通にガッカリ感があると思うが……で、結局どうするんだ?」


 走りながら腕組みし、ジュナスは丁寧に答えてやる。


「どうもこうもねぇやな。ピリオドの野郎を見つけてシバく、これに尽きる。

 今、奴は畏れ多くもこの俺様から魔力を供給する形で、この世界に定着してやがる。

 仮に奴が俺を倒す……つまりこの依代を再生限界を超えて破壊し、俺がこの世界に定着できなくなりゃ、俺が普段使ってる魔力プールを……すなわちこの世界に定着できる残り時間そのものを、ピリオドにそっくり乗っ取られる羽目になっちまう。

 だからたとえば俺が残り約八年分の魔力を一気に浪費し、空っケツんなった状態で奴に明け渡してやる、みてぇな手もなくはねぇだが……実際はそういうことはしねぇ。神が悪魔に負けるなんてこたぁ、たとえ戦略的なものでもあっちゃいけねぇんだよ!」

「それはわかるがよ、具体的な手段を訊いてんだ。さっき街で散々見てたが、ピリオドは転移しまくるわけだろ。依代を一体二体倒しても、無限に他所へ跳び渡る。それじゃ意味がねぇ」

「ああ……奴はもっとも依代を選ばない悪魔と呼べるだろうな。ただそこは心配すんな、俺に考えがある。……あ、そうだ」


 その策を講じるにあたり、確認しなければならないことを思い出したため、ジュナスは率直に尋ねた。


「なぁ、お坊ちゃん。一般的な立場を想定してほしいんだが」

「なんだよ?」

「たとえばその辺の魔族がうっかり、なにかの手違いでお前さんを殺しちまったとする。それはトータルで見て、そいつにとって良いことか?」

「……実力が伴わねぇなら、あまり良いこととは呼べねぇな。俺の立場は微妙だが、それでもやられちまったとなったら、実家は報復に走り、対象を殲滅するだろう。……つーかなんだその質問? 俺を生贄にでも捧げるつもりじゃねぇよな?」

「んなわきゃねぇだろ……と言いてぇところだが、近い部分もあるような……」

「不安が残るようなこと言うなよ!? まさかお前、そのために俺の同行を許可したのか!?」

「勝手について来たのはお前の方じゃねぇか。で、俺はこう言った。『チッ、好きにしろ……ただし、自分の身は自分で守るこった……』」

「そんなことまったく言ってなかったよな!? なにちょっとカッコイイ感じ捏造しようとしてんの!?」


 望みの答えを得られたジュナスは、努めて表情を引き締める。


「油断すんなよ、ドラゴスラヴ。差し当たり、ピリオドが差し向けてくる依代に逐一対処することになる……いや、下手すりゃ憑依すらしねぇかもしれねぇ」

「どういう意味だ? 憑依もせずに、なにをどうやって操るってんだよ?」

「悪魔憑きの対処法にも、悪魔を無視して依代をどうにかするアプローチと、依代を無視して悪魔をどうにかするアプローチがあったりするだろ。それと同じで、一口に悪魔憑きと言っても、依代が悪魔に委ねるパターンもあれば、悪魔が依代に委ねるパターンもありうる」

「強大な魔物に悪魔が力だけ貸せば、より高い自由度で暴れさせることができるわけか」

「ああ。だがそもそも……」


 言いかけたところで、ジュナスは不意にピリオドの気配を感じ、ぐるりと視線を向ける。


 近くの木の上に、先ほどと同じ組み合わせがいた。粘土泥濘クレイスライム口吻泥濘リップスライムだ。このカップリングが流行ってんのか、とも思ったジュナスだったが……違う、意味があるのだ。


「ケーケケケ! くたばりやがれ、自称神のクソ野郎!」


 悪魔の汚い言葉を吐き散らかした唇ちゃんの隣で、悪魔の意を受けた粘土くんがぐにょぐにょと蠢き、でっけぇ法螺貝のような姿に変身する。


 はマズい。神であるジュナス自身がそうであるように、ピリオドのようなクソ雑魚悪魔であっても、この世界の魔物や魔族について、かなりの知識がある。それは単なる耳学問に留まらず、実践的な技術にも波及する。


 一部の魔族の持つ「特別な臓器」なんかと同じで、を特別たらしめているのは、成分ではなく構造なのだ。

 つまりその辺の石とかを材料に、組成を変えず精製しても、内部までがそっくり似た形であれば、同様のものとして機能する。


 いわく、契約した者の助けを求める声に応じる。

 いわく、を誘引する催眠波のようなものを発する。

 いわく、単に聞こえる音で合図を出しているだけ。


 いずれにせよ竜の角笛という代物は、かの魔物の王を呼び寄せることができる。

 一体につき一個、固有の周波数を出す角笛が存在するのだが、今ピリオドが憑依した粘土泥濘クレイスライムでレプリカを作り、口吻泥濘リップスライムに吹かせたのは……。


「……おい、お坊ちゃん。今のうちに、妹ちゃんに連絡しときな」


 それが遺言になるかもしれない、というニュアンスは伝わったのかどうか、ドラゴスラヴは平静な口調で、同期リンクした使い魔の向こう側と喋り始めた。

 その間も二人は足を止めず、できるだけ開けた地点を探すが、深い森の奥ではそう上手く見つからない。


 木々に息づく魔物や動物たちに次々と転移しながら、ピリオドが活き活きと煽ってくる。


「ケケッ、今さら逃げても無駄だぜ!」「てめえら、なまじ強すぎる!」「は常に猛者との戦いを望んでるんだ!」「口実を与えちまったら、どこまででも捕捉されるだろうな!」「さっさと諦めて、命乞いの練習でもしポガァ!?」


 蚤の悪魔が乗り移る瞬間を見極め、依代となった邪魔インプを蹴飛ばす救世主。


「バーカ、誰が逃げるかよ。カス虫くんなら、ビビって小便漏らす場面なのかもしれねぇな。俺らはただ少しでも迎え撃ちやすい場所を検討してるだけだ」

「……そんな余裕ぶっこいてる暇あんのか?」


 ぴったりの依代をぴったりの表情でせせら笑わせ、ピリオドは自信たっぷりに宣告する。


「バカはてめえだよ、ジュナス。誰が竜は一体きりですって言った?」


 しまった、重ねて不覚を取った。邪魔インプの視線を辿ると、またしても先ほどの組み合わせが並んでいて、すでに角笛に変化へんげし、吹き散らかした後だ。

 今度の角笛は、先ほどのものとは形が異なる。つまり……。


【そら、一体目がお出ましだ!】


 もはや転移すらやめ、不定形の暗黒物質と化して漂うピリオドは、巨大な蚤の姿となり、蝿がするように前足をゴニョゴニョ不快に動かし始めた。


 森が朽ち、枯れていく。

 魔物に小鳥に小動物、逃げられる者は全員全力で逃げている。


 先触れとなる絶大な瘴気が、ジュナスとドラゴスラヴの踏みしめる大地までを蝕んだとき、ついにその力の本体が、無理矢理開かれた森の上空に現れた。


 黒紫色の鱗はそのあまりの強毒性ゆえ、自家中毒で常に壊疽しており、不気味な泡を立てながらの自己再生を繰り返し続けている。

 苦痛の中に生きる憔悴したボロボロのその姿は、憐れみを誘うどころか、王としての威厳を増幅してすらいる。


 こいつは〈腐毒竜〉ガンガノム、確か本拠地はプレヘレデの北端(ここラスタードのすぐ南くらい)だったはずだ。

 呼び出しにすぐ応じるあたり実は暇なのかなと思うジュナスだったが、その印象を覆そうとしたのか、でけぇトカゲは荘厳に聞こえるしわがれた声を出してくる。


[我を呼びたまいしは、貴公か? くそのごとき、寄生虫の王よ]

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