第378話 星に月に、神へと祈れ②
結果的に問題なかったとはいえ、逆に言えばウォルコとファシムが教会組織に残る形でも、順当にアクエリカの陣営を強化できたわけで、そちらが最善手だった可能性すらある。
ただ、いずれにせよ教会組織の改革に挑まなければ、ヒメキア一人だけでなく、〈銀のベナンダンテ〉全員が解放されるというのは、どうやら無理らしいことも、一方で今回確認したことの一つではある。
大局を見るという意味では、実際に進行中の筋書きも、けっして失着ではないはず。
そのあたりはデュロンが考えなくても、アクエリカ、ベルエフ、オノリーヌが上手くやっているのだろうけれど。
この話は一旦終わりだ。ちょうどよくイリャヒがやってきて、ヒメキアの頭を優しくポンと叩く。
「ヒメキア、デュロンが帰ってきてよかったですね」
「よかった! あたし、心配したんだー」
「わりーな、ありがとう」
「へへ。イリャヒさん、あたしたちが最後だよね? 作ってくれたイリャヒさんも、あたしたちと一緒に食べよう!」
「そうですね、そうしましょう……おや、おちびさん、おねむじゃなかったのですか?」
いつの間にか起きて談話室から移動してきたらしいソネシエが、眠い眼を擦りながら主張する。
「このわたしが甘くて冷たいものを逃すはずがない。寝落ちして食べそびれていたわけではなく、先に寝ただけ。寝る前に食べると、太る、虫歯になる、お腹を壊すなどのリスクがある」
「と言っても、今だって寝る前じゃないですか」
「今夜は眠らない。なので、仮眠を摂っていた」
「それはまたなぜ?」
「その理由は、あなたが知っている」
そう言ってソネシエは、デュロンをじっと見つめてくる。
もしさっきの場面を見られていたのだとしたら、非常に気まずいのだが、ソネシエはそちらは言及せず、率直に提案してきた。
「ファシムと本気で戦ったのなら、勝ってなお課題が浮き彫りになったはず。わたしもいくつか試したいことがある。あなたが望むなら、夜通しでも訓練に付き合う準備がある」
デュロンにはソネシエの考えている理屈がわかった。果たして彼女は、その通りのことを口にする。
「ファシムが教会を去ったことで、彼の課していた『一切の訓練を免除する』という措置が解かれる。仮にまだ有効だとしても、わたしたちが夜食を食べ終わる頃には日付が変わっているため、『今日一杯』という期限も切れる」
「そしたら今日一日サボってた分、取り戻さなきゃなんねーよな。いいね、頼む。他にもやる気と体力が余ってる奴らがいたら誘おうぜ」
その前にまず、新作スイーツのお披露目だ。
これだけ疲れた状態で、甘いものを食べて、不味く感じるわけがない。
デュロン、ヒメキア、ソネシエに加え、オノリーヌとリュージュも、同じテーブルに就いてくる。
五人とも、デュロンのことを待っていてくれたようだ。
六つのグラスを並べ終わったイリャヒも着席し、力作を紹介してくる。
「お待たせいたしました。リャルリャドネ流・黒のいちごパフェでございます」
最下段のフレークはピンク色、中段の自家製と思しきアイスと、一番上にかかっているチョコレートソースは真っ黒で、起伏からして上部にたくさんのいちご様のご神体が埋設されている。
どうしても連想せざるを得ず、デュロンは恐る恐る言及した。
「そういや、ベルエフの旦那はどこだ? あの人もこれ食いに来たのか?」
「ええ。すべての部分にいちごを使用しているという、いちごパフェの精がおっしゃるところの『本物のいちごパフェ』であり、またいちごへの愛とこだわりが感じられる、とのことで、かの御方にもお墨付きをいただいた一品です」
「お前あのでけーグラスに入ったおじさんを、いちごパフェの精と認めてるのか? なんつーか頭大丈夫か?」
「わー、いちごー!」「いちごぱふぇはすばらしい」
「ここもだいぶいちパ教の汚染が来てんな……姉貴、リュージュ、お前らは頼むぞ」
「わかっているのだよ。我々三人が最後の砦であるからして」
「じゃあもうほぼ終わりじゃねーか」
「くっ、すまないデュロン……この邪悪な薔薇科、赤い悪魔どもの手先となり、奴らを育てたのは、他ならぬわたしなのだ……! ま、まさかこんなことになるとは思わず……!」
「闇の組織に無自覚に利敵行為を働いちまったみてーな……いやしかしうめーなこれ」
「いちご……おいしい、のだよ……」
「いちごには、勝てなかった、のである……」
「ダメだ、もう終わりだよこの寮……いち……うま……」
いちごパフェの美味しさにみんな仲良く理性を破壊されていると、談話室で眠っている中にいなかった十三歳と十四歳が、いくぶん切羽詰まった様子で話しかけてくる。
「デュロンさんデュロンさん! ドラゴ兄様見かけませんでしたか!?」
「えっ? あの人まだ帰ってきてねーのか?」
「そうなのよ。悪魔が憑いた竜人のお兄さんをブッ飛ばしたってことまではわかってるんだけど、その後の足取りが掴めないの。この子一人を家に帰すのも行き違いになったら困るし、今夜はあたしも一緒に、ここに泊めてもらうことにはなったんだけど」
動揺しているエーニャの頭を、レイシーが撫でて慰めている。
と、エーニャの長い髪の中から、ツノトカゲくんが現れて、ドラゴスラヴの声を代弁し始めた。
『あー、すまん。今ちょっと立て込んでてよ、朝まで待ってもらうことになるかもしれん』
「兄様、朝帰り!? どこの宿にいるの!? 隣で寝てるばいんばいんのお姉さんは、どこで引っかけたの!?」
『お前想像逞しいにも程があるだろ、あとその悪い言葉はどこで覚えたんだ!? つーかそっち周りに大勢いるよな!? 兄様の名誉とか考えてくれてる!?』
「うっっわ、最っ低……」
『君はレイシーちゃんだな、いつもうちのエーニャがお世話になってます! でもそれは誤解だからね、今俺は森にいるから!』
「も、森で!?」「野外ってこと!?」
『お前らもう喋んな、ムッツリなのがバレるから』
「しかも筋肉フェチなんだからこいつらやべーよ」
移動中なのか、まだしも無駄口を叩く余裕があるようで、ツノトカゲくんは周囲を見回し、デュロンに視線を合わせて声を低めた。
『よぅ、元気か狼くん。悪ぃが一足先に、上のステージに挑んでくるぜ』
「どういう状況なんだ? もしかして、蚤の悪魔ってやつの件がまだ片付いてねーのか?」
『そういうこと。ちょっと面倒なことになってるっぽいんだけど、まぁそこは任せてくれよ。ただ、俺たちの勝利を祈っておいてもらえると助かるね』
「俺たち……? アンタ誰と行動してんだ?」
『さてね、それは……内緒にするわけじゃねぇんだが、恩着せがましくなっちまうから、明かす必要はねぇんだとさ。そいつが言うには俺とそいつがピリオドに負けたら、困るのはお前ららしいぜ。下手すりゃ明日からジュナス教は、ピリオド教に変わっちまうかもなんだと』
「なんだって? いったい……」
『……やべ、もう来てやがる。じゃあな、ガキども。さっさと寝ろよ』
ドラゴスラヴが
その様子をヒメキアとソネシエがじっと観察する。
「わー、つのとかげくんかわいいねー。いちごあげたら食べるかな?」
「ツノトカゲくんの主食は蟻だけれど、植物も食べるそう。蟻は甘酸っぱいと聞くので、おそらく食べる。なによりいちごはおいしい」
「だ、そうだ。信じて待とうぜ」
「わ、わからないよ! 兄様に
「いまだにまずそこを疑ってんのかよ!?」
「うわ最低っ……でも、ちょっとやってみたい気も……」
「おいレイシー、お前そっち行くな」
「うふふー、気持ちいいわよー、あなた素質があるわー。やってみないー? こっちの水は甘いわよー……」
「ほら、そっちの経験者がいるから! リラクタお前、まだやってんじゃねーだろうな!?」
「や、やってないわよ!? ただミレインに来るたびに、体がちょっとウズウズするだけで!」
「ほらレイシー、お前あんまグレてると挙げ句こうなるかもしれねーから気をつけろよ」
「はーい」
「わたしを変態の末路みたいに言うのやめてもらえるかしら!? これも全部ターニャちゃんのせいなのよ! あの子どこ!? 発見!」
「待て待てやめろ」
タチアナをシバきに行こうとするリラクタを抑えつけるデュロンに、エーニャが不安そうに問うてくる。
「デュロンさん、兄様は勝てるかな?」
「相手が誰……つーか、依代がなんなのかわかんねーからな。そういうお前は見立てられねーのか?」
「兄様はすっごく強いから、わたしには兄様がどれくらい強いのか、まだわからないの!」
「あー、それは俺らもそう。でもあの人が苦戦する相手って、そうそういるか?」
「あんまりいないと思う!」
「だろ。大丈夫だって」
正確に言うと、もし本当にそんな事態になっているのなら、たとえ今この食堂にいる全員が駆けつけたとしても、足手まといにしかならない可能性が高い。
あまり得意ではないのだが、たまには聖職者らしいところを発揮しようかと、デュロンは両手の指を組み、静かに祈りを捧げ始めた。
今夜の月に、星に……そして、もしいるのなら、神様という存在に。
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