第376話 その答えだけは変わらない

 ファシムが気絶したのを確認し、ようやくデュロンは口から本音が、全身から脂汗が出る。

「ファシムブッ殺す」と叫んだ後吸った息を、緊張と集中ゆえに止めてしまっていたのだ。


「だっはーっ、くそがーっ! マジ勘弁しろよ、今のは本気で一回死んだわ!」


 ウォルコ戦よりは多少マシだが、ただでさえ消耗によりほぼ再生限界に陥っているところへ来て、内臓爆破おかわりである。

 デュロンでなければ……いや、本来ならデュロンでも普通に死んでいた。


「……本当に亡霊なのか貴様は……なぜ耐えられた……?」


 意識が戻ったようで、投げかけてくるファシムの問いに、デュロンは眉をひそめて応じた。


「あ? なに言ってんだ。アンタが半月かけて、俺の内臓を鍛えたんだろうが」

「なにを言っているかわからないのはこちらの方なのだが、もはや貴様はそういう生き物なのだと思う他なさそうだな」


 レイシーだけでなくファシムからも変態扱いされるのは心外だったが、ひとまず挑発気味に確認しておくデュロン。


「さて、どうする? 今のは足が滑って転んだことにでもしとくか?」

「馬鹿を言え。一日一回どころか、一夜の間に四発食らって二度倒れたのだ。これで負けを認めないというのは、恥知らずにも程がある」


 内心死ぬほど安堵しつつも、あくまで強気を装い鼻を鳴らしたデュロンに、相変わらず謎のウサギを抱えたウォルコが、笑顔で声をかけてくる。


「すごいぞ、デュロン! 期待以上だ!」

「アンタどっちの味方なんだよ」

「もちろんファシムが勝ってほしかったけど、この結果も悪くはない。改めてお前が、うちの子を守るに足る力を持っているとわかったんだからな」


 そうだといいのだが。つまるところデュロンはウォルコにもファシムにも、段取り立てた一発勝負で勝っただけなのだから。


「デュロン、今回のことで確信したよ。お前と俺はコインの裏表だ。お前たちが内から、俺たちが外から、現行教会組織の支配体制を打ち崩す、これを共通の基本方針としよう。そしてアクエリカに利すれば、それがさらに早まる」

「要するにこれまで通りってことだな。骨折り損のくたびれもうけってのはこのことだぜ」

「そう謙遜するなよ。換言すればお前はこれで二度、現状維持に成功したんだから」


 良いように受け取ればそうなるのかもしれない、とここは素直に頷いておく。

 ウサギちゃん含めて荷物をまとめ直したウォルコは、背中に担いで踵を返した。


「よし、そろそろここにいるのも限界だろう。俺たちは行くね。また同じ無責任なことを言って申し訳ないんだけど……デュロン、ヒメキアを頼むよ」

「ああ、それはもちろん。でも……」


 機先を制して鋭く指差し、ウォルコは片眼を閉じてくる。


「おっと、忘れちゃいないとも。お前が決闘に勝ったら、俺やファシムがなんでも一つ願いを叶えてやるって約束だったよな。今急に言われても困るだろう、一旦保留でいいよ。次に会うときまでに、考えておいてくれよな!」

「ほう。それは俺にとっても朗報だな」

「どういう意味だい、ファシム? そうだ、俺とお前も早急に、合体ポーズを考えないといけないぜ」

「なにを言っている?」

「なにってそりゃ、俺たち〈狂奔鷲獅クレイジーグリフォン〉の、二人揃って登場するときとか、退散するときの様式美的なやつを設定しなきゃならないだろ?」

「ちょっと待て……決闘の報酬が保留ならば、俺とお前がそのダサいコンビ名を名乗る必要はないはずだろう。そもそもあくまで単なる売り言葉だったはずだ」

「それじゃそっちも保留にしよう。急いで発つ必要があるかもしれないな。お前が消耗著しいことはわかってるんだけど、地下を使うってのはもうあまり良い手とは言えないからね」

「おい、話をすり替えるな……」

「大丈夫、移動以外は全部俺がやるから!」

「デュロンよ、この男は本当にいつもこうなのか?」

「残念なお知らせになっちまうが、本当にいつもこうなんだよ」


 ファシムはこれから苦労しそうだ。冗談抜きでついていく羽目にならなくてよかったかもしれない、とデュロンが失礼なことを考えていると、礼拝堂の扉が勢いよく開いた。


「どうやら潮時のようね、反逆者さんたち〜。このわたくしの眼が青いうちは、これ以上の好き勝手は許されないわよ〜」


 そろそろ形の上だけでも検束の手が及ぶ頃だと思っていたが、まさかアクエリカ本体が直接出向いてくるとは思わなかった。

 それくらい今回はデリケートな案件ということなのだろう。

 芝居がかった仕草で青い法衣の裾を広げて、戯曲の一節のように朗々と謳う〈青の聖女〉。


「げに尊きジュナス様こそおわしますべきこの聖堂で、悪魔召喚の儀式を行うとは不埒千万! ミレイン司教の名にかけて!〈青の聖女〉の誇りのために! あなたたちを取り逃がすわけにはいかな! くって! よ!!」

「すげーなこの人、なんでこんなにも全然気にしてねーことを、ここまで迫真の表情で並べ立てられるんだ」


 しかしいちおう立場上、そういう体裁で追い立てなければならないというのはわかる。

 アクエリカは一転悪い顔をして、ウォルコとファシムを静かに激励する。


「いくぶん必死でお逃げなさい。あなたたちがやらかしたおイタのせいで今、街中に兵が散っているのだけど、彼らはなにも知らずにあなたたちを襲ってくることはわかるわよね? 身から出た錆というやつで、わたくしにはどうしようもないの〜。頑張ってね?」

「うわ、自分の工作員をひそかに送り出すときのやつだ……俺もいつか言ってみてーな」


 ファシムとウォルコは即座に了解し、それが挨拶代わりなのだろう、二人同時にアクエリカへ、固有魔術の二重奏を放った。

 結構本気の出力に見えたが、アクエリカは自前の流水魔術で、危なげなくそれを防ぎ切る。


 発生した霧の中から抜け出したのは、鳥化変貌した両脚の鉤爪で、ウォルコの両肩を掴んだファシムだった。

 デュロンがさっき尋ねかけたのは、どうやってこの街から脱出するつもりかということだったのだが、ファシムの翼で空からというのが答えらしい。しかし見るからにウォルコが……。


「いだだだだ!? すっごい食い込んでる、握力エグいな!? 後で治るけどさ、これはキツくないか!? 肩車でも良かったんじゃない!?」

「なにを言う。我らは鷲獅グリフォン、俺が上でないと齟齬が出るだろう」

「ファシム、なんか怒ってる!? 俺なんかしたっけ!?」

「では猊下、我々はこれで」

「無視!? ねえちょっと上半分さん!?」

「やかましいぞ下半分」


 アクエリカは感慨深げに微笑んで、追撃の水弾を生成しながら体面を取り繕う。


「あらあら、わたくしたちはもはや敵同士よ。言葉選びを間違えていないかしら?」

「そうでした。……俺にとってはもはや貴様は単なるいけ好かぬ小娘だ、アクエリカ。どちらの信仰が本物か、いずれ結論を導こうではないか」


 ちょっと本音が入っている気もしたが、それらしい啖呵を切ってみせた後、ファシムに視線を向けられ、デュロンは畏まる自分の体を訝った。


「俺の口からこんなことを言うのもおかしな話だが……俺からも言わせてもらう。ヒメキアを頼むぞ」


 しかしその要請に対する答えだけは、相手が誰であろうと変わらない。


「ああ、任せてくれ」


 ファシムは得心の笑みを浮かべると、一気に上昇する。

 アクエリカが放った瀑布を、ウォルコの爆刃が散らして、聖堂内に暗く小さな虹を架ける。


 一心同体の鷲獅グリフォンは天窓を突き破り、朧げな月光を切り裂いて、夜の世界へと去っていった。


「……」


 残された静けさを、しばしデュロンは受け入れられず、戸惑いを覚えるほどだった。

 それくらいお騒がせな連中だったわけだが、今回得たものはかなり大きいはずだ。

 アクエリカも同意見のようで、柔和に笑いかけてくる。


「一部始終を、使い魔越しに把握していましてよ、デュロン。ウォルコもそうなのでしょうが、わたくしも見たかったものを見ることができました。メリーちゃんやベルエフが、あそこまで入れ込むだけのことはあるわね。わたくしからも改めてお願いします。これからもあなたがあの子の……ヒメキアの〈守護者〉でいてね」


 そう。相手も状況も、想定も思惑も問わず、その要請の答えは変わらないのだ。

 デュロンは恭しく腰を折り、相応しい態度をもって、青の月下美人ナイトキングかしずいた。


「喜んで、御意に」

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