第374話 vs.ファシム・Lesson.8 悪魔の擲弾

 ファシムが浮かべた感心の笑みを、デュロンは混乱の表情で見上げ、苦言を呈してくる。


「オイオイオイ、なにやってんだテメー」

「こちらの台詞だ。どのような齟齬が絡んだにせよ、ウーバーツヴィンガーが救世主ジュナスを宿すことができなかったという事実は、厳然とそこに横たわっている。さっきはヴェロニカの手前ああ言ってあのような措置を取ったが、もはやは無用の長物に過ぎん。

 貴様の方こそ、なにをしている? さてはこいつに愛着でも湧いたか? なるほど確かに、最後のディテールを組み上げるに足る材料を満たしたのは、貴様らだと聞く。指一本分の愛着というわけだ」


 ギリギリと押し合いつつ、デュロンは苦み走った表情で反論してくる。


「……悪魔を宿したってことは、生き物だってことだろ。産声を上げてすぐに石化され、挙げ句に砕かれ土に還るってのは、いくらなんでも冒涜じゃねーのか」

「こいつは貴様や俺とは違う。ただ偶像を模倣しただけの肉人形だ。冒涜と呼ぶなら、これがまさにそう。正統に失着した以上、異端だという理屈はわかるはずだが」

「テメー切り替え早すぎなんだよ、さっきこいつを神と崇める準備してたじゃねーか」

「神が宿らなかった以上、こいつは神の器ではない。よって用済みだ。なにかおかしなことを言っているか?」


 ファシムは本当に思っていることをそのまま言っているので、デュロンはそこから嘘を検知できないだろうが、実際は今言うべきことでもなければ、そこまで真剣に砕くべきと考えているわけでもない。

 今この状況でそんなことをやっている場合ではなく、単なる撹乱に過ぎないというのは、少し考えればわかるはずだが、やはりバカはバカ……というより、デュロンの欠点の一つは、こうやって中途半端に頭が回り勘が働くところだろう。バカになり切るか、賢くなるかのどちらかにすべきなのだ。

 そして顔に似合わず案外甘い、いや、若いと呼ぶべきなのか。


 デュロンを狙うかウーバーを狙うかという、無制限のフェイントをファシムに許してしまうデュロンは、ことごとく読み違えてボコボコに反撃を食らっていくが、持ち前のタフネスで耐えつつ、いじましくも舌戦に乗ってきた。


「言ってるね……おかしなことを!」

「ほう? 聞こうか」

「逆におかしいと思わねーのか? アンタが依頼する前に、ヴェロニカはウーバくんを作り始めてたんだよな? ってことは本来、他の用途があったはずなんだ。アンタ、アクエリ姐さんに騙されてんだよ。ジュナス降霊の儀式は、端から失敗前提だったんだ。俺が思うに、教会組織の中で前から目障りだったアンタを、追放すること自体があの人の目的だったに違いねーぜ」


 おそらく口から出任せを並べているのだろうが、いまいち筋が通っていないなりに、ファシムの中へ引っ掛かってくる部分がある。


「なるほどな。それで俺をゾーラくんだりからわざわざ引っ張ってきて、手の込んだ茶番劇を開催し、上層部にバレたら共倒れになりかねないリスクを負ってまで、猊下はわざわざ彼女が管轄する司教座で、彼女自身の信仰を貶めるための触媒を完成に導いたというわけだ。いくらなんでも無駄だらけにも程があるだろう、どれだけ猊下を暇だと思っているのだ」

「わかんねーだろ。そこまで大掛かりに仕掛けて嵌めるほど、アンタのことが嫌いだったのかもよ」

「俺と猊下は敬虔なジュナス教原理主義者だ。少なくとも貴様よりかは気が合っているつもりだったが、俺の勘違いかもしれんな」


 そこでふと気付きを得たファシムは、それをそのまま口にする。


「というか貴様、さっきからフォルツに入れ知恵されているな?」


 ギクリ、と竦み上がるデュロンの反応を隙として付け入り、さらに蹴りの一発を追加するファシム。

 やはりか、どうも思考の切り口がこいつらしくないと思ったのだ。


「奴らの甘言に耳を貸し、鵜呑みの腹話術人形に成り下がるとは……辞める身で言わせてもらうが、この、祓魔官エクソシストの恥晒しめが。狼の悪魔が母親にでも見えているなら、乳でも吸って眷属に成り下がれ」


 もちろん今ファシムの中にいるアイオニヌスの方は、今回の件に関するヒントをくれたりといったサービスは行ってくれない。

 いい大人なんだから口喧嘩も自分で勝てということだろう、もちろんそのつもりだ。


 同時にファシムはもう一つ気づいたことがあった。

 些細なことなのだが、いつの間にかデュロンの両拳が、親指を内側に握り込んでいる。

 しかし次の瞬間、デュロンがしたり顔で吐き捨てた啖呵を聞くと、ファシムの中でその気付きが一時的に消し飛んだ。


「実際アンタは勘違いしてる。俺とフォルツは利害で繋がってるし、アンタとアイオニヌスもそうなのかもしれねーが……アンタとアクエリ姐さんは、そうじゃないかもしれねーな」

「どういう意味だ?」

「アンタと彼女が信じてる『救世主ジュナス』は、本当に同じ存在なのか? なにか認識がズレてやしねーか?」

「……!」


 ファシムの思考に生じた明確な間隙に、デュロンの次の手が飛び込んでくる。


 奴の両手から親指に押し出される形で放たれたのは、小さな鉄の指弾だった。

 右手のものは明後日の方向へ吹っ飛んだが、左手のものはファシムの腹に直撃した。


「ぐっ……!」


 これ自体は本来、牽制程度の威力しかない代物のはずだ。

 だが……なるほど、確かに先ほど手本を見せてしまった。


 デュロンは指弾に悪魔の衝撃魔術を付与して撃ってきたのだ。

 激震が体の芯まで貫き、食道から上がってきた内臓出血を、口に含んで息ごと止めるしかないファシム。


 デュロンは即座に拳を固め直し、一気に距離を詰めてくる。

 ファシムは奴が上体を開いて左足を踏み込み、右拳を振りかぶるのを見た。

 とっさに右手で顔を、左手で腹をガードしつつ、その両手からそれぞれ〈透徹榴弾ステルスハウザー〉を放って迎撃とする。


 デュロンはとっさに掲げた右手を開き、衝撃波を防御に転用して防ぎ切る。

 返す刀で突き上げた彼の左拳が、ファシムの両手の間をすり抜け、顎に直撃して、含んでいた血をたまらず吐き出させ、もんどり打って倒れ込んだ。


「ぶはあっ!!?」


 そこで定着限界が訪れたようで、ファシムとデュロンからほぼ同時に、悪魔たちが暗黒物質と化して抜けていく。


【やったね少年、また会おう】

【カーッ、口先だけじゃな! おいそこの鷲鼻の陰険男! 妾の輝かしい憑依遍歴に泥を塗った罪は重いぞ! これを機に鍛え直せよ!】


 アホの孔雀がうるさいが、言い返している余裕はない。

 悪魔憑依で消費した魔力と体力の重みが、ファシムにどっとのしかかる。


 まったく、やれやれ、結局終始翻弄されっぱなしだった。

 ようやくデュロンのチャンスタイムが終わりだ。


 だが奴の顔からは、強気の笑みが消えていない。

 それが虚勢でないとすれば、ファシムは一つだけその理由に思い当たっていた。

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