第372話 vs.ファシム・Lesson.6 流浪の悪党

 とりあえず三つほど、今のデュロンを攻略する方法を考えた。

 悪魔の定着限界が訪れる前に、全部試せればいいのだが……と、ファシムは黙考する。


 まず一つ目。

 固有魔術の識別名を認定するのも結構だが、教皇庁はこの基礎技術に早く正式名を付けるべきとも思う。

 ソネシエには息吹ブレスの内部循環に近いと説明したが、あまり正確な表現とは言えない。


 打撃の威力に、魔力を乗せる。

 もっともデュロンの方も、おそらく人狼の戦闘にない「念じて撃つ」という概念が馴染まないため、動作に紐付けする形で使っているだけなのだろうが、最初から似たようなことをやってきている。


 ただ、デュロンが「自分の膂力+悪魔による身体強化+悪魔の衝撃系の魔力」で打っているのに対して、ファシムは「自分の膂力(デュロンより上)+悪魔による身体強化+自分の爆裂系の魔力+悪魔の炎熱系の魔力」で打てる。

 悪魔による強化倍率が同じなら、これで打ち負ける道理がない。


 相手の得意技に対抗するための正攻法とは、相手と同じ間合いに入り、地力で勝ることなのだ。

 戦いは理屈じゃない、計算じゃないとのたまうのなら、気合と根性で耐えるか、なんたら神族の末裔だとかいう後付け設定の一つも生やして、都合の良い覚醒でも遂げてくれ。


 デュロンを一方的に叩きのめしながら、ファシムは半分は皮肉で、半分は本気でそう願っていた。

 たとえばこいつの両親のどちらかが吸血鬼だったり、いっそ悪魔だったりしたら、どんなに面白かっただろう?


 あまりはっきり言ってしまうとあれだが、純血の人狼というのは能力の引き出しが少なく、悪魔が憑いていてなおつまらない。

 むしろ倒してしまうことができるからこそ、弱過ぎて連れて行くには相応しくないのではないか?


 幸か不幸か次の瞬間、ファシムはその懸念から引き剥がされた。


「……!?」


 弾けるような熱を感じた彼が、振りかざしていた自分の拳を顧みると、ざっくりと刻まれた切創が、再生能力で閉じていくところだった。


「へへ……そう失望してくれるな、ファシムの旦那」


 感情感知で筒抜けなようで、顔面血だらけのままそう言って、不敵な笑みを浮かべるデュロン。

 彼はさっきから自らの打撃を拡張する形で、拳や足の先から悪魔の衝撃魔術を放っていたが、それを部分変貌した平手の横薙ぎに変えるだけで、鉤爪の先から斬撃が伸びて飛び、ファシムを襲ってきたのだ。


 ウォルコの固有魔術〈爆風刃傷ブラストリッパー〉を何度となく見ていたデュロンにとって、そのイメージは容易に掴めたに違いない。

 収斂させて得る貫通力や切断力が、膂力や魔力の差を覆しうるという「理屈」や「計算」が、こいつの頭にあるとは思えないけれど。


「なるほど……確かに少し判断が早すぎたようだな。ならば、これならどうだ?」


 一転ズタボロの滅多斬りにされるファシムは、再生しながら距離を取る。

 肉薄戦闘こそ活路と知るデュロンは、食らいつこうとしたようだが、危ういなにかを感じたようで、深追いを踏み止まる分別も併せ持っていた。


 その判断は正解だ。今、不用意に近づいていたら、の直撃を食らっていただろう。

 なんということはない。ファシムはただ先ほどの戦闘で砕けた長椅子の破片たちを、箒で掃くようにガバリとまとめて蹴り飛ばす。


「!」


 デュロンはとっさに反応し、拳の一突きに伴う衝撃波で、まとめて吹き散らした。その対処もまた正解と言える。

 一方で礼拝堂の手前から奥に向かっての攻撃だったため、余波が説教壇に座っているウォルコのところまで到達していて、奴は尖った木っ端を〈爆風刃傷ブラストリッパー〉で排除しながら、迷惑そうに言ってきた。


「危ないなあ。ウサギちゃんに当たったらどうするんだ?」

「知らん。というかそのウサギはどうせ何者かの使い魔だろう、自己再生も獲得しているはずだ」


 二つ目、〈透徹榴弾ステルスハウザー〉の物体への付与。

 ファシムの靴が触れた木っ端の、一つ一つが小さな爆弾と化したわけだが、起爆条件となる接触対象は、この場合もちろん……。

 なんだかハイになってきた。ファシムは珍しく嬉々として、その名を連呼する。


「デュロン・ハザーク! デュロン・ハザーク! デュロン・ハザークだ!」


 それを聞いた途端に、なぜか関係ないはずのウォルコが苦しみだした。


「ギャーッ!? やめろファシム、そのおまじないは俺に効く!」

「……なんだ? どうしたんだあの男は?」

「いや、アンタも大概どうしたんだ」

「俺のことは気にするな。それより……」

「ファシムはデカいヒメキアだったのか!?」

「……あいつは本当になにを言っている?」

「わりーな、これは俺のせいでもあるんだが、ウォルコの旦那は俺の名前を三回呼ばれることにトラウマがあるんだ」


 よくわからないが、以後気をつけることにする。では、改めまして。


「そうとも、デュロン・ハザークだ!」

「マジでアンタもどうしたんだよ!?」


 どうもしてはいない。強いて言うなら、少し間違えた。

「デュロンの肉体に接触すると起爆」だと、衝撃波で散らされてしまい、いつまで経っても一片たりとも到達しない。

 だからこうだ。ウォルコが召喚時に呼んでいた名前……「フォルツの魔力に接触すると起爆」に条件を変更する。


 これなら衝撃波で迎撃しようがしなかろうが、フォルツが憑いている限り、デュロンは100%捌き損ねて被弾する……はずだった。

 しかしまたしても、ファシムの目論見は挫かれる。


 デュロンの取った対応は突きでも蹴りでもない。悪魔に強化されているにしては、やけにゆっくりに見える動きで、両掌を前に押し込んだ。

 粘性を錯覚するほどに厚く広く打ち出された衝撃波が、今度は横や後ろへ余波を散らすことなく、すべての木っ端を正面から受け切った。


 条件が満たされ、絨毯爆撃の形で一斉起爆が巻き起こる。

 不可視の爆圧は衝撃波を相殺して余り有り、隔てる空間を喰い潰すも、デュロンの鼻先に至るわずかに手前で、減衰し切って燻り消えた。


「なんだと……!?」


 今のはドラゴスラヴ・ホストハイドの固有魔術〈過剰装甲オーバーアーマー〉……正確にはその反発力のシールドによる広範な面防御にそっくりではないか。

 まさかガルボ村で一回見ただけで、擬似的に再現したとでもいうのか?


 ファシムの頭に不気味な考えが浮かぶ。デュロン・ハザークは魔力がゼロなだけで、魔術を扱うセンス自体は、ファシムやウォルコ、ドラゴスラヴ以上のものを持っているのでは? 生まれる種族を間違えた、恵まれざる無冠の魔王とでも呼ぶべき存在なのではないか?


 ……だがすぐに彼はそれを打ち消した。デュロンが要領よく覚える技能は、体の動きを伴うものに限られる。

 つまり正確には、徒手空拳の才が余り有り、それが一部の魔術運用に波及しているだけだ。

 ……いや、それはそれで十分に厄介なのだが。

 認めよう、奴は強い。しかしそれもあくまで悪魔憑きという限定的な条件下においてのみの話である。

 奴が未熟なのは間違いない。肉体も、技量も……そして精神もだ。


「意外だな。ファシム、俺にできてアンタにはできねーことってあるんだ」


 こうしてすぐ調子に乗る性格……のことではない。それに挑発の内容も図星を突いている。

 たとえばかの救世主ジュナスなら、魔力を一点や線状に収斂しての攻撃や、平面や立体に展開しての防御など、魔術の基礎に数え上げ、当然のように熟すのだろう。


 そういう意味では、ファシム自身も十分未熟だ。

 なので彼は冷静に足元を確かめるところから始める。


「そうだな。お前が思っているほど、なんでもできるわけではないのだ。俺も、ウォルコも、そして……もな」


 もう少し目印を残しておくべきだった、結構本気でどこだったか忘れてしまっている。

 しかし結果的にはファシムらしからぬそのモタつきが、デュロンにも気づかせる時間を与える、ちょうどいい演出として機能した。


 ファシムが右足をこれ見よがしに高々と掲げて、あからさまな動きで繰り出した踏みつけを、まったく間合いの外にいたデュロンがわざわざ突っ込んできて、交差した両腕で受け止める。

 伝播した威力で床にヒビこそ入ったものの、大股開いたデュロンの両足は、きちんとを……石化したウーバーツヴィンガーを収納した床下スペースを跨いで避けている。妙なところで器用な男だ。


 三つ目は翼を広げて上方からどうこうというのを考えていたのだが却下。もう少し効果的なアプローチに変更する。

 敵に青臭い正義感や英雄願望があるのなら、隙として付け入らない理由もないだろう。

 悪魔を召喚し街中に解き放ってしまった件により、教会からの放逐が確定したファシムは、もはや流浪の悪党と化したのだから。

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