第369話 おしえて! ジュナス先生!〜〈恩赦の宣告〉、その原理というか仕組み編〜

 一旦近くの屋根に着地したジュナスは、ひとまずピリオドの気配を探知する。


「東へ移動中、つーかもう市外へ出てやがる。こりゃ俺を誘ってるねぇ」


 ビビりの蚤野郎にしちゃ上等だ、お望み通り真っ向勝負に乗ってやる。

 …と言いたいところだが、ピリオドが無策で待ち構えているとは考えにくい。


 器用万能最強無敵のこのジュナス様といえど、もう少し手数が必要になるかもしれない。

 そんなときにちょうどよく、隣の屋根から跳び移ってくる姿があった。


「よう旦那、精が出るねぇ。俺で良ければ手を貸そうか?」


 真っ赤な髪に橙の眼、ホストハイドのガキはみんなこうですぐわかる。


「なんだ、誰かと思えばお坊ちゃんかよ」

「その呼び方はやめてくんねぇかな!?」

「イリャヒがぼうずなら、もっとボンボンなお前さんは、お坊ちゃんが相場だろう」

「ちっ……やっぱ家出て正解だったわ。てめぇ二度とそういうことが言えねぇよう、念入りにブチのめしてやるからな」

「そいつは自由だが、また今度にしてくれよ。猫の手でも借りてぇってのが現状だ。つーわけでその申し出、受ける。ただし、俺はいつでも全速全開だぜ。振り落とされんじゃねぇぞ」

「冗談。間近で見せてもらうぞ、本物の最強ってやつの戦闘を」


 それが目的らしい、結構だ。

 しばらく街中を無言で移動していると、いたたまれなくなってきたようで、ドラゴスラヴが口を開いた。


「前から思ってたんだが、あんたなんで伝承通りの姿をしてねぇんだ? 眼の色こそ合ってるが、白髪はどうした? 紫紺の外套とやらはなくしたのか?」

「そりゃ俺の老いた姿だ。この通り元は黒髪なのさ」

「依代って齢取んの?」

「そういうふうに設計してあるわけよ。そこは小鉱精ドワーフクオリティだな」


 これも順序立てて説明すべきだなと思い直し、ジュナスは教導の才を発揮した。本当に我ながらなんでもできて困ってしまう。


「あー、つまりお前さんが言ってんのは、俺が1558年前……俺暦元年まで使ってた、俺の初代依代のことだな。依代にも耐用年数ってのがあってね、一般的に言う寿命ってやつか。

 そっから俺は天上の存在へと戻り、人間さんたちに力だけちょいちょい貸し与えるおじさんになるわけだが、別に人間さんたちのことが格別好きだったわけじゃねぇ。

 おめぇら魔族は変なプライドっつーか固定観念があったせいで、俺様神様に頼るって発想が、俺暦1358年まで出てこなかったってだけだ。

 あんとき勇気出した、とある長森精エルフの一族と、とある小鉱精ドワーフの一族に感謝しなよ。あいつらは言ってみりゃ現行体制の始祖みてぇなもんだからな」

「それが俺たち魔族の言う〈恩赦の宣告〉……人間たちにとっての聖性消失現象か」

「あぁ。もうわかってると思うが、人間時代に言われてた聖なる属性とかいうの、俺は持ってねぇんだよ。俺はただ人間さんたちの能力値を満遍なく、一段階くらいずつ底上げしていただけ。でもそれで魔族や魔物に対抗できるもんだから、魔を滅する特別なスーパーパワーなんだろうってことに、あいつらの頭ん中ではなってたみてぇだな」

「あんたが連中の武器とかをいい感じに光らせてたせいだろ?」

「ありゃ単なるオーラだよ、魔力を帯びるときああなるっていう普通の魔術現象。勘違いってのは困りもんだね。単純なこった。

 ジュナスさんっていうカリスマ美容師は、元から別に人間さんたち専属ってわけじゃなかったんだ。そこへとある長森精エルフたちや小鉱精ドワーフたちが来て、マジの専属契約を予約しちまったもんだから、期間中は人間さんたちの髪切りに出張できなくなっちゃった、ただそれだけ」

「不憫なもんだな。で、その予約した契約期間ってのは?」

「人類が絶滅した暁に、こうして受肉する形で降臨してくださいっていうのが内容なんだが、それが予約されている期間も、人間さんたちは俺を呼べなくなってました」

「人間が絶滅するまで、人間はあんたの力を借りられねぇ……完全なデッドロックかよ」

「そりゃあ覆せねぇようにって整えられた条件だもんよ。その人類殲滅戦の、終盤あたりから作られ始めて、最後の一人が死んだ瞬間にパッチリ眼を開けたのが、今お前さんの前で動いている二代目の依代って寸法よ」

「歴史の教科書には載せらんねぇな、特にガキ向けのには」

「ガハハ、だろ? で・も……その裏にはさらにもう一つ、嫌〜な事実が眠ってる。お前ら魔族の間では今、『狩り尽くされた人間たちの屍の上に立って生きてる』って表現が一般的に使われてるようだが……実際にあいつらの死は、今この瞬間も無駄なく役に立ち続けてる。お前も知ってるようにな」

「だからそれを踏まえて言ってんだ、ガキどもには聞かせらんねぇってよ」


 嫌悪感丸出しの視線を向けてくるドラゴスラヴだが、ジュナスはどこ吹く風と先行して街を駆る。


「ん? なんだありゃ?」


 祓魔官エクソシストたちの間でもそうだったようだが、今夜は仮装している市民たちがたくさんいる。

 その中の一つが外され放置されているようで、長い白髪のウィッグが道端に転がっていた。


「お、ちょうどいいじゃねぇの」

「おいおっさん、そんなん拾うなよ……」

「大丈夫、なんか猫みてぇな匂いがするから。たぶん美少女が被ってたものとする。よって超セーフ」

「なんだその基準……まぁあんたより汚ぇ奴もそういねぇか」


 不届きな暴言を無視していると、今度はいい感じのダークパープルのローブが風に靡いているのを発見した。


「いいね! あっでもこっちはちょっと臭ぇな。まいっか」

「オエッ! 信じらんねぇ。衛生観念ってもんがねぇのか、まずなんで嗅ぐんだ」

「そういうとこがお坊ちゃんだってんだよな。つーかお前が出した要望なんですけど」

「別に要望出したわけじゃねぇよ、なんで黒髪なんですかって訊いただけだろうが」


 それは知らん、もう装備してしまっている。

 ちょっと俺らしくなったんじゃねぇの? と、ジュナスは気分が上がりつつあった。


 眉と髭は黒いままだが、これでほとんど伝承通りの姿に仕上がった。

 ピリオドを威圧するのにも役に立つだろう。いざ決戦の地へゴーだ。


 ミレインの東には荒野が広がっていて、南に迂回する街道沿いに進むと、ラグロウル族の住む山がそびえ立ち、そこを超えると隣国イノリアルとの大雑把な境界がある。

 そして南に逸れずにまっすぐ進んだ場合は、魔物どもの棲む霧深い森が佇んでいるのに出くわす。

 どうやらピリオドが逃げ込んだのは、その〈東の森〉であるようだ。


 半年前、デュロンとウォルコがヒメキアを巡り争ったのも、そこだという。

 そういやあいつらは今なにしてんのかなと、ジュナスは思いを馳せてみた。

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