第368話 つまりはみんなにとっての親戚のおじさんみたいなおじさん

「クソ……トレンチの野郎、さんざ渋りやがって……この俺様が来いっつってんだから、二つ返事で即応しろや……」


 ブツブツとぼやきつつも、救世主ジュナスの足はひとまず祓魔官エクソシストたちの寮へと向かう。

 ピリオドを追う必要があるのはわかっているが、無事を確認しておきたい相手がいるのだ。


 それでなくとも、原初にして最強の祓魔官エクソシストと呼ばれるジュナスにとって、すべての祓魔官エクソシストは後輩に該当する。

 ちょっと訪問していくくらいはいいだろう。といってもジュナス自身は、寮住まいだった時期はないのだが。


 正しい作法はこうだったかなと、内開きの玄関扉を思い切り蹴り開けた。

 中にいるお嬢さんたちをビビらせてしまったようだが、構わずジュナスは呼びかける。


「おぉい! ここに蚤の悪魔が来ただろ!? お前ら、大丈夫か!?」


 もっとも顕著な反応を示したのは、手前にいた黒髪黒眼にエプロンバンダナ、美形に痩躯の優男だった。

 眼帯に覆われていない左眼を見開き、手に持っていたボウルを取り落としそうになる。


「兄さん、危ない」

「あっ……す、すみません」


 彼によく似た妹らしきおちびちゃん(こっちの子はめちゃくちゃ見覚えがある)が見事キャッチしてくれたので、できたてのメレンゲちゃんは台無しにならずに済んだ。

 こいつらはあの、一部界隈で有名なリャルリャドネ兄妹に違いない。

 妹ちゃんの方もジュナスの容貌を認め、顔を指差して同定してくる。


「あなたは……わたしとデュロンが、三番街と四番街の住民たちから逃げているとき、助けてくれたおじさん」

「こらソネシエ、行儀が悪いですよ。そして、もしそうならお礼も言いなさいな」


 おちびのちっちゃいおててをやんわり押さえて注意する兄貴は、妹と一緒に自分の頭も下げてくる。


「その節は大変お世話になったようで、ありがとうございました」

「ありがとう、おじさん」

「いやいや、いいってことよ。なんか襲ってくる奴らを成り行きでシバいといたが、あんときお前ら、どうも色々大変だったみてぇだな」

「ええ、本当に。そして、御大おんたい……私のことは、覚えてらっしゃいませんか?」


 イリャヒが急に昔の女みたいなことを言ってくるので、転生して性別変えて出直してきな、と言いかけたジュナスだったが……そうだ。あれは確か、十五年くらい前だったか。こしゃまっくれた迷子のガキに、説教垂れたことがあったっけ。


「あっ!? お前もしかして、サーカスで会ったぼうず!?」

「ふふ……そうです。その節も大変お世話になり、本当にありがとうございました。あのときあなたがくださった助言がなければ、今の私はないと言っても過言でなく……」


 礼儀正しく畏まる姿を改めてまじまじと眺め、ジュナスは感心のため息を吐いた。


「はー、でっかくなったもんだな! そして……なるほどね。立派にピエロやってるみてぇじゃねぇの」

「そう言っていただけると、嬉しい限りです」


 二人の間だけで通じる符丁を交わしてニヤリと笑い合っていると、ソネシエが不思議そうに見上げてくる。

 まったく、たまにこういうことがあるから、長く生きるのも悪くはない。


 一通りの挨拶が終わった後、イリャヒの後ろから甲高い声が上がった。


「わー、すごいよ! おじさんの中に、同じおじさんがみっちり詰まってるおじさんだよ!」


 またもや不躾に顔を指差してくるのはいいとしても、かなり素っ頓狂なことを言ってくるのは、騎士風の仮装をした赤紫色の髪の女の子だった。

 こいつはヒメキア、見ての通りひよこみたいなちんちくりんだ。

 急に騒ぎ出した彼女を、イリャヒが諌めつつ戸惑っている。


「こらヒメキア、あなたもお行儀……というか、どういう意味ですかそれ?」

「おじさんがいっぱいいるということなの……つまりおじさんという名の群体レギオン

「ううん、違うの! おじさんは一人だよ! おじさんの中に、おじさんにぴったりのおじさんがいて、形が一緒だから隙間とかはなくて、みっちりなんだー」

「ヒメキアがなにを言っているのかわたしにはまったくわからない」

「私もです。オノリーヌ、あなたは?」

「さっぱりなのだよ。というか表現が気持ち悪いのであるからして」


 やはり会いにきてみた甲斐があったと、ジュナスはヒメキアを興味深く観察した。

 不死鳥人ワーフェニックスの持つ絶対的な治癒権能の副次能力として、彼女は相手の霊魂というか、存在そのものを捉える特殊な眼を持っているのだ。

 そして類似する能力を持つ者が今、彼女の隣にもう一人いる。


「良かったー! やっぱりわたしの気のせいじゃなかったんだ! だよねだよね! エリカ様に報告しても『そのこと他者ひと前で言っちゃダメよ』とか釘刺されちゃうし、モヤモヤして困ってたんだー!」


 パルテノイ・パチェラーは、わざわざ目隠しを外して魔眼を晒し、金色の光で改めてジュナスをじっと捉えてくる。

 この子とも例の〈三番街の悪霊〉事件を通して、街中で一度面識があった。

 ギデオンやメリクリーゼはわりと鈍感タイプなので、そのこと自体を忘れているかもしれない。


 さっきからこの子らが言っているのは要するに、ジュナスがぴったりの「神の依代」に入っているということなのだが、表現がトンチキすぎてまったく伝わっている様子がない。

 まぁこのくらいは明かしてもいい……というか、彼らの神が受肉して地上を歩いているということを、もう少し多くの信者や関係者たちに知っておいてほしいものだ。

 もじゃもじゃの髪をモッサァァと掻き上げ、おっさんは大胆に告白した。


「ガハハ、お嬢ちゃんたちの見立ては間違ってねぇぞ! なぜならぁ! この俺様こそがぁ!? 他ならぬ救世主ジュナス様なのだからぁ!!」


 渾身のキメ台詞が寮内に木霊こだまし、しばらくしてイリャヒがおずおずと申し出る。


「あの、御大……あなたのことは心から尊敬していますが、そういうことおっしゃるのはちょっとやめておいた方がよろしいかと……」

「ちくしょァァァァ、結局この反応かよォォォ!? お前らちょっと疑り深すぎるんじゃねぇの!?」


 もしかしたら経緯を説明しないと理解しにくいのでは? と言ってしまった後で気づいたが、もう遅かった。

 デカい鍋を組み合わせたような奇怪な甲冑を来た小鉱精ドワーフの少女が、ガランガランと鳴り物入りでキッチンからやって来る。


「救世主ジュナスを自称する、変なおじさんがいるの! ネモネモ警備隊出動なの! 拘束して、猊下に報告するの!」

「ダメだよネモネモちゃん、エリカ様に知らせても、『その人は気にしなくていいわよ』って言われるだけだから」

「そうだ、アクエリカだよ! あいつもちょっと悪いと思うんだよ! なんでかわいそうな奴みてぇに扱ってくんだよ、酷くねぇ!?」


 これ以上は押し問答にしかならなさそうなため、本格的に通報される前に渋々退散するジュナスは、背中越しに苦笑して捨て台詞を言い置く。


「まぁいい、とにかく蚤の悪魔は俺に任せな。って、アクエリカにも言っといてくれや」


 明らかに不安そうな一同に対し、二言三言付け足した。


「俺が本当は何者だろうと、そんなこたぁどうだっていいだろ? 重要なのは実力だ。チャチャっと片付けてくるから、おめぇらは甘いもんでも食って待ってな」


 足先から発生させた竜巻を纏い、ジュナスはミレインの街へ飛び立っていく。

 今夜も月は美しい。そうでなくっちゃ始まらない。俄然やる気が湧いてくる。

 終わりかけの今日は人類絶滅記念日であると同時に、ジュナスの再受肉記念日でもあるのだから。

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